伝説の人
【前回までのあらすじ】
・エドとナナ → エキィーンキングと決死の戦闘中
・主人公・マキ・サリー・ウォーリー → 遺跡に侵入 ← 今回ここ
・ハル・ランス・クロ・その他チーム → 遺跡の入口で防衛 ハル死にそう
「ああ、みんなは無事かなぁ・・・。」
作戦開始から1時間。俺たちは今、暗い通路をひたすら走り続けている。俺の呟きに答えたのは、サリーだ。長い黒髪を暗闇に溶け込ませ、ときどき現れるナマモノをこともなげに両断しながら走っている。
「人に任せたら、余計な心配をせずに任せきるものよ。心配したり、アレコレ口を出すのは良くないわ。」
「そっか・・・そうだね。」
マキちゃんもサリーの意見に賛成らしい。俺を見て、優しく微笑んだ。
「ご主人様、私たちは私たちにできることをいたしましょう。1秒でも早く終わらせることが、皆様を救うことになります。」
しんがりを務めるウォーリーも、赤い目を光らせて話に加わる。
「そうデス。急ぎまショウ。・・・となると、アレのチャンスですネ。」
「・・・アレ?なにかスゴイこと?」
ウォーリーは神妙にうなづく。
「めっちゃスゴイことデス。普通に生きていたら、まずチャンスはありまセン。」
「・・・なんだろ。なに?」
「『ここはオレに任せて先に行け』っていう、あれデス。」
「・・・聞いて損した。」
「1回は言ってみたいデスよネ〜?」
オレもサリーもウォーリーも、どんなに走っても息切れすることはない。俺たちは驚くべき速度で、停止することも休憩することもなく、複雑な地下通路を最短距離で駆けていく。目指すは第072研究所、コピーの本体だ。
さらに30分ほど進んだところで、突然壁の一角が割れた。いや、何かのフタが、内側から乱暴に開けられた感じだ。
もうもうと立ち上るホコリの中から出てきたのは、体長3メートルほどの鋼鉄の獣。人型に近いが、もっとゴツゴツしたフォルムをしている。
オレとサリーとマキちゃんは、そいつのことを知っていた。
これは鋼鉄のゴリラ。凶悪な戦闘能力を持った、危険な戦闘用ロボットだ。マキちゃんはあくまで冷静な声で、その名前をアナウンスしてくれた。
「敵の出現を確認。『グレイブキーパー』です。高い身体能力に加え、口から吐くレーザーと背中のチェーンガンに注意してください。」
懐かしいな。前はマキちゃんが中に入っていたせいかちょっと可愛く見えたが、今のコイツはぜんぜん可愛くない。
それにしても注意しろ、か・・・注意?
瞬間、俺は考える。いま走ってきた通路は、どこまでも真っ直ぐだ。背後には100メートル以上直線の通路が伸びていて、前方も同じような感じだ。隠れられそうなところはなく、敵はだいたい50メートルぐらい先に立っていて、ゆっくりと口を開いている。
注意・・・しようがなくない?
だが先頭を走るサリーはまったく躊躇することなく、敵に向かって走り続ける。俺はただ、彼女の引き締まったお尻を眺めながら後をついていくだけだ。
「攻撃、来ます!」
そして、閃光があたりを包んだ。俺はセントラルステーション遺跡で見た光景を思い出す。通路を塞ぐ無数のエキィーンを一撃で消滅させた、悪夢のような破壊力のレーザー。
この距離でまともに食らえば、俺やサリーでも再生不能なレベルで消滅するだろう。
目の前が真っ白になり、全身を高熱が包む。
目の前のサリーは瞬間的に蒸発して・・・して・・・して、ない?
見れば、サリーの目前でレーザーが縦に割れていた。まるで海を割ったという聖者のように。
そうか、これが伝説か。俺は今、伝説を目撃しているのだ。これは本にして語り継がないとバチが当たるぞ。
レーザーが消えると、サリーは素晴らしい跳躍でゴリラに切りかかる。しかしゴリラも巨体に似合わぬ俊敏さで斬撃をかわすと、その豪腕を振ってサリーを叩き潰そうと試みる。ゴリラと刀を持った美女の、流れるような超接近戦。俺は今、伝説を(以下略)
サリーはしかし、闇雲に攻撃していたわけではない。流れるような連撃のあと、ゴリラは自然と壁際に後退し、前方への通路が確保されていた。彼女はニヤリと笑って俺とウォーリーを見た。
「ここは私に任せて、先に行きなさい!」
ウォーリーがペシンと自分の頭を叩く。
「あちゃー・・・先に言われてしまいまシタ。」
「はいはい、いいから早く行きますわよ。サリー様、先に行ってお待ちしておりますわ。」
「ええ、マキさんも気をつけて。」
俺はなんと言ったものか分からず、走り出しながら彼女の名前を呼ぶ。
「サリー!」
「5人よ。」
「・・・は?」
言葉の意味が分からず、足が止まりそうになる俺をウォーリーが引きずっていく。すでに遠くなりつつあるサリーの方から、激しい戦闘音にとともに彼女の声が響いた。
「ハルさんが3人産むなら、私は5人よ!」
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「いやぁー、モテモテですネェ・・・ご主人サマは。」
ウォーリーは俺を小脇に抱えながら走っている。最初からこうすればよかったんじゃ?と思う程度に早い。格好はつかないけど。
「・・・ところで、あれなんなの?なんでレーザーが斬れるわけ?サリーが伝説だから?それとも新しい刀のせい?」
「エエ、両方デスね。刀の方は、我もサリーサマが持ち込んだ素材を言われたとおりに加工したダケなので、詳しくは分からないのデスが。」
「素材?」
「なんでも、元は遺跡で見つかった研究中の武器だったとか・・・。サリーサマいわく、『あらゆる事象に対して、斬れたという結果と斬れなかったという結果のうち、常に斬れたという結果のみを観測して確定させることであらゆる物体や事象そのものを切断するという、量子力学を応用した全く新しい原理の』・・・」
「ウォーリー。」
「ハイ?」
「何言ってるのかわかんない。」
「我もデス。」
沈黙。ただただ、ウォーリーが俺を抱えて駆けている。しばらくの後、ウォーリーは何かを思いついて言った。
「・・・ああそう、こうも言っていまシタ。」
「ん、なに?」
「『なんでも斬れる刀』だそうデス。」
「最初からそう言ってよ。」
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なんとか距離を取ろうとするゴリラに対し、しかしサリーはぴったりとくっついて刀を振るい続ける。完全に懐に入られたゴリラの巨体はむしろ足かせとなり、その豪腕を活用できずに防戦一方となる。
「グオオオオオオッ!」
「大きな声ね。実力が伴っていないと怖くないわよ。」
彼の名誉のために言っておくが、グレイブキーパーは決して弱くない。それどころか、強烈なレーザーにチェーンガン、そして強固なボディ。この狭い空間においては、ほとんど最強といってもいいスペックを持っている。
しかし、今回ばかりは完全に相手とシチュエーションが悪かった。もっと遠距離から戦闘を開始できていれば、あるいは共闘できる味方さえいれば、勝てないまでも善戦できたに違いない。
「グオオオオオオッ!」
「はいはい。うるさいから、終わりにするわよ。」
振り上げたゴリラの太い腕が、根本から切断された。すぐに反対側の腕を振りかざそうとすると、それもまたいつの間にか切断されていた。やぶれかぶれでレーザーを吐き出そうとすると、口を開けた瞬間に首が落とされていた。
文字通り手も足も出ず、グレイブキーパーは撃破されてしまった。
サリーは刀を鞘に収めると、ひとつ息をついた。
「なんだか、大したことなかったわね。これなら、わざわざ先に行ってもらう必要もなかったわ・・・。もっとも、この刀がなければ最初のレーザーで終わっていたけど・・・。」
そう言って、新しい愛刀の柄を撫でる。
完成したばかりのこの刀は、満足にテストもしていなければ、名前すら付いていない。だがその性能を十全に発揮し、最強の防御力と攻撃力をサリーに与えてくれた。満足である。このゴリラ程度の相手であれば、5体ぐらい同時に相手をしても勝てるだろう。
「ふふ・・・私を倒したかったら、あなたが10体は必要よ?」
サリーがゴリラの残骸に呟くと、それは起きた。
通路の壁が次々と吹き飛び、もうもうとホコリが立ち上り、その中に大きな人影がいくつも現れる。
鋼鉄のゴリラの群れ。
まさかサリーの呟きを聞いていたわけではあるまい。それは通路を埋め尽くし、サリーをして気圧されるほどの圧力を放っていた。
その数、実に20体。
ただしサリーから見えるのは最前列の数体のみで、まるで無限に通路を埋め尽くしているかのように見える。
ひとつ息を吐き、サリーは再び刀を抜いた。その表情からはいかなる感情も読み取れないが、しかし漏れた言葉が彼女の心情を物語っていた。
「・・・はぁ・・・これ、余計なフラグを立てちゃったわね。」




