防衛ラインにて
【前回までのあらすじ】
・エドとナナ → エキィーンキングと決死の戦闘中
・主人公・マキ・サリー・ウォーリー → 遺跡に侵入開始
・ハル・ランス・クロ・その他チーム → 遺跡の入口で防衛 ← 今回ここ
「96、97、98・・・」
照準を合わせて、呼吸を止め、引き金を絞るように引く。発射された弾丸は、はるか地平線の彼方から迫る敵の弱点に吸い込まれるように、次々と命中していく。
「99、100、・・・もう数えなくていっか。」
ハルは、倒した敵の数をカウントするのをやめた。どうせ、すぐに数なんてわからなくなると思ったからだ。すでに100の敵を葬ったにもかかわらず、地平線の向こうからは続々と新手が出現してくる。
敵のほとんどは、自分の町を襲ったのと同じ「地獄の門番カニベロス」である。その装甲は厚く、生半可な攻撃ではビクともしない。特にカニの甲羅部分が強固で、ここには(ナナなどを例外として)ほとんどの攻撃が通用しないのだ。
ハルは正確に、甲羅の下、カニの目と口の間のあたりにある、もっとも装甲の薄い部分を撃ち抜いていく。
カニはキャタピラや車輪ではなく6本の足で移動している上に、地面は決して平らではないので、常に身体が上下している。にもかかわらず、ハルの弾丸は決して狙いを外さない。圧倒的な正確さで、カニの弱点に風穴を開けていくのだ。
「やれやれ、なんて狙いにくい的だ!ストレスが溜まるぜ!」
どこかから、父のぼやく声が聞こえる。彼女の父であるランス氏も、伝説的な銃職人であると同時に射撃の達人である。そんなランス氏をもってして、この的は決して簡単に撃ち抜けるものではなかった。敵はまだ遠く、その命中率はせいぜい30%といったところか。
「♫~」
ハルは鼻歌交じりに、そんな射撃を成功させつづける。彼女の心はどこまでも穏やかで、その射撃は機械のように・・・いや、機械よりも正確だ。
戦闘開始から約1時間、まるで出番のないファイアーアントのメンバー30名も、ハルのあまりの能力に開いた口が塞がらない。
「・・・あの娘、スゴイね。」
「うん。本当に人間かな?アンドロイドかロボットじゃない?」
「ああ、たしかに。あのお兄さんの彼女でしょ?前に会ったナナちゃんも人間じゃないって言ってたし。」
「そっか、それなら納得だわ・・・顔の若さに比べて胸が大きすぎると思ったのよね。作りモノかぁ。」
そんな失礼なことを言われているとはつゆしらず、ハルさんはご機嫌に敵の残骸を築き上げていく。どうでもいいが、腹ばいの姿勢になってなお射撃の度に揺れる大きな胸は、もちろん天然100%だ。
そんな娘の横顔を、ランス氏も誇らしげに眺めていた。
「とんでもねぇ射撃だ。全盛期の俺のような・・・いや、それ以上か。ついに脳の機能を全て混じりっけなしで射撃に使う、そんな境地・・・【射撃の神域】に辿り着いたんだな・・・ハル。」
射撃の神域。
それは、銃を愛する者にとっての境地。その境地に達したものが引き金を引けば、弾丸は必ず狙った場所を撃ち抜くことになる。弾丸に、標的に必ず命中するという運命を授けるその射手は、さながら神のようである。
ランス氏の感動をぶち壊すようで申し訳ないのだが、ハルの脳内には射撃のことなどこれっぽっちも存在していなかった。冷静に弾丸を叩き込み続ける真剣な表情と裏腹に、ただただピンク色の妄想が彼女の脳を支配していたのだ。
(言っちゃった!にーさんに、子ども産みたいとか!言っちゃった!)
(にーさん、楽しみにしてるって・・・いったい、あたし、何をされちゃうのかしら!きゃー!)
(にーさんって、ナノマシンのせいで疲れないし寝なくても平気なんだよね。じゃあ、もう、一晩中・・・ひゃあああああ!)
(あ、でも、やっぱり聖霊様が、先かなぁ・・・きっと、聖霊様もまだ、だもんね・・・)
(なんなら、あたしは聖霊様と一緒でも・・・やだ、3人でなんて、あらやだもぉぉぉぉー!)
彼女はまだ、15歳の少女。恋に恋するお年頃である。いいではないか、脳内がピンクでも。
なんだっていいじゃあないか。ハッピーな感情が彼女の筋肉を適度にリラックスさせ、正確無比な射撃を次々と成功させているのだから。残骸の山と化していくカニたちが少々哀れになるが、いいじゃあないか。射撃のしんいき・・・なにそれおいしいの?
戦闘開始から1時間半、敵の動きに変化が現れた。
それまでまるで無策に、ただ集まった順に突撃してきていたカニが遠方で隊列を整え、一斉に進行してくるようになったのだ。小刻みに隊列を変更しつつ、固まったり、時にバラけたりしながら接近してくる。さらにカニ以外にも小型のナマモノを交え、速度に任せて突撃してくるものも現れた。
しかしまだ、余裕があった。
あらかじめファイアーアントのメンバーが設置していた爆薬やトラップ、落とし穴などの足止め策に加えてクロの弾幕。敵は多少接近してきているものの、まだまだ余裕を持って撃退できている。
さらに奥の手として、ハルのすぐ近く、岩陰に大きな「箱」も設置してある。
人間が楽々ひとり入りそうなそれは、エドから受け取った切り札だ。少々準備が必要とのことで、いまだ動きがない「箱」だが、これがひとたび動き出せば、状況はさらに優位になるだろう。
戦闘開始から2時間。さらに敵の動きに変化が現れた。
敵の進行が止まったのだ。だが、敵が全滅したわけではない。ファイアーアントの斥候部隊が、ハルたちの射程外に集結している敵の群れを確認している。だが、敵は攻撃の手をピタリと止めた。戦場を束の間の静寂が支配している。
「・・・なんだ。なんで攻めて来ねえ。」
ランス氏の、猛獣のような重低音の呟きが漏れた。だが、それに答えるものはいない。誰もその答えを知らないからだ。
何かがおかしい。不安が人間たちの心を支配していく。だが、敵の狙いは分からない。
ハルはチラリと「箱」を見た。まだ準備はできないらしい。すでにピンクの妄想は止まっており、漠然とした黒い不安がのしかかってくる。
そして、それは来た。
突然、地面が割れた。それも一箇所ではなく、戦場のあちこちで土煙が上がり、爆音とともに巨大な何かが地面から飛び出してきた。
超大型のドリルが大地を食い破り、凶悪なカギ爪を備えた四肢が太陽の光をギラギラと反射する。
それは見覚えのあるナマモノだ。
ネコの町に住むものなら、誰でも知っているナマモノだ。
強い光を受けると行動不能になるというのが唯一の弱点で、ドリルに触れたものはみな平等に消滅させられる。親しみ深い、凶悪な獣。
「ツチモグラ!」
20を超えるツチモグラが、戦場に出現していた。
「まずいぞ、ヤツらは正面から攻撃しても効かねえ!」
「仕掛けた地雷も、ほとんど使い切りました!突撃されたら、防ぎきれません!」
瞬間、ハルは高台に向けて駆け出した。ツチモグラは正面から攻撃しても通用しない。ネコの町に住む人間の常識である。しかし、上からならどうか。可能な限り高い位置から撃ち下ろせば、あるいはその背中を攻撃できるかもしれない。
ネコのような俊敏さで高い位置にポジションを取ったハルは、すぐにスコープを覗いて射撃姿勢に入った。
焦るあまり、ランス氏の叫びは彼女の耳には届いていなかった。
「ハル!そこはダメだ!逃げろ!」
次の瞬間、スコープが真っ暗になった。岩山を驚くべき速度で駆け上ってきたツチモグラが自分の眼前に飛び出してきたのだと理解した時、すでにハルはバランスを崩し、身体を投げ出されていた。
眼下にはただ、固い岩と乾いた土が広がっている。このまま落ちればケガでは済まないだろう。
ハルはただ、ぼんやりと思った。
(にーさん、ごめん。アタシのほうが・・・約束、守れないみたい。)




