ラスボス
「ビルの管理情報を取得しています・・・6階オフィスフロアにて、床下の埋設ケーブルに工作している不審人物を発見しました。」
管理システム用の大きなディスプレイに、監視カメラのものと思われる映像が表示される。そこに映っているのは、もちろんガイだ。同じビルに入っていたとは知らなかった。床材を剥がして、その下に埋設されているケーブルを引き出している・・・いや、正確にはケーブルを引っ張った姿勢のまま、キョロキョロとあたりを見回している。突然ビルの電源が入り、明かりが点いたので驚いているのだろう。
「おお・・・ホントにケーブル剥がしてる。さすが『ケーブル剥がしのガイ(笑)』だな。」
「あっ、にーさん、ガイのところになにか来てるよ?」
見ればガイは慌てて画面外に逃げ出し、それを追いかける警備ロボットが1体、画面を横切った。ビルの電源が復活したために警備システムも復活したのだろう。がんばれケーブル剥がし。
「ご主人様、すでに複数の警備ロボットがガイ氏を包囲しつつありますわ。このままだと捕縛されるのも時間の問題です。止めますか?」
「・・・おもしろいからほっとこう。」
一般的な警備ロボットなら、ケーブル剥がしたぐらいで命に関わるような攻撃はしないだろう・・・たぶん。そんなことより時間もないし、発掘しなければ。それともガイが帰ってこなくて不戦勝という可能性もあるか。・・・それはさすがにかわいそうだから、帰りに様子を見てやろうかな。
「管理情報の取得を完了しました。10階に貴重品専用の、大きな倉庫区画を発見しました。」
「そんなことまでわかるの⁉︎聖霊様、すごいですね!」
「ハル様、お褒めにあずかり大変光栄ですわ。このままクソご主人様と、主人の座を交代していただきたいぐらいです。」
「マキちゃんすごいよすごいよホントにすごいよー」
「ハル様、お手数ですが、現ご主人様を溶鉱炉か何かに叩き落として消滅させていただけますか?割と早めに。」
いつものようにじゃれ合いながら、俺たちはすっかり明るくなった地下通路を通ってエレベーターに乗り、10階に向かう。マキちゃんが安全を確認しているので、もう警戒して進む必要はない。ついでに俺たち全員をビルの最高管理者に登録したので、警備システムは敵どころか味方だ。もし何かあっても俺たちを全力で守ってくれるだろう。
「すごいねー!こんなにスムーズにお宝にたどり着く発掘、初めて!」
「まー俺にかかればざっとこんなもんさ。」
「・・・にーさん、何かしたっけ?」
「皆様、少々よろしいでしょうか?」
マキちゃんが改まって言った。ものすごく悪い予感がする。狭いエレベーターの空気に緊張感が漂う。
「実は10階には、ちょっとした障害がございます。」
「障害?」
「こちらをご覧ください。」
目の前に、見たことのないロボットのホログラムが表示される。天井から人間の上半身が逆さまにぶら下がったような姿で、下半身は見当たらない。両腕と体、それから1つ目がついた頭部だけで構成されたロボットのようだ。天井からぶら下がっているとこをみると、移動することが不可能な、固定砲台のようなロボットなんだろう。全体的に重厚で、両手は人間のような手ではなく、重火器が装備されている。
「この拠点防衛型ロボット、通称『グレートウォール』が倉庫の入り口を守っております。」
「え?だってビル全体を掌握したじゃん?こいつも停止してスルーできないの?」
「残念ですが、グレートウォールは独自AIを搭載、電源も倉庫内の小型核融合炉から引いているようです。ネットワーク的にも完全に独立しており、ハッキングを試みることはできません。」
なんと。お宝を守るための番人ってとこか。
「聖霊様、クロちゃんに戦ってもらえばいいんじゃないですか?こないだの野盗をやっつけたみたいに!」
「それも不可能です。グレートウォールには極めて高度な重力操作機能が搭載されており、あらゆる攻撃を捻じ曲げてしまいます。計算上、たとえクロが1メートルの距離から攻撃しても、すべての弾丸が軌道を逸らされてしまいますのでダメージが与えられません。」
「重力フィールドか・・・移動できない代わりに、最強の盾を持たせてるってことだな。」
「そういうことです。さらに火力も充実しており、両腕に11ミリ電磁加速砲、20インチ光学レーザー砲を装備しています。仮にこちらが重力フィールドを持っていても、あちらの火力なら貫けるほどの威力です。」
「電磁加速砲ってレールガン?それって戦艦とかに積むやつじゃないのか?火力が高すぎてビルが倒壊するんじゃない?」
「いいえ、このフロアは何十層もの自己修復機能を備えた複合装甲で構成されておりますので、まず破壊されることはありません。よって、隣接する上下階の11階または9階から穴を掘って倉庫区画に侵入するような作戦も不可能です。」
説明を聞けば聞くほど無理ゲーな気がしてきた。最強の盾と最強の矛を両方持ってるとか、無理じゃん。ラスボスだよコイツ。
「そんな危険なところ、無理していかなくてもよくない?どうせガイも大したもの発掘できないだろうし・・・」
「いいえ、行く必要があるのです。絶対に行かなければなりません。」
「なんで?」
「搬入記録がありました。・・・詳細は不明ですが、フルカスタム済み、納品直前のアンドロイドボディが、あの倉庫にあるのです!」
「ええー・・・それって完全にマキちゃんの私欲じゃ」
「なにかおっしゃいまして⁉︎」
「なんでもありません。」
これホントにメイド型AIなのかな。今までに感じたことのないレベルで殺気を放ってるんだけど。
「確かに、ハル様とクロを巻き込んでしまうのは申し訳なく思っておりますが・・・しかし・・・。」
「聖霊様!あたしにできることなら、なんだって協力するよ!だから気にしないで!」
クロもシッポを振って、当たり前だと言わんばかりにワフッと吠える。
「ハ・・・ハル様・・・!クロ・・・!」
マキちゃんが両手で口を押さえ、泣きそうになっている。俺のことは気にしてほしい。
「わかった、わかったよ・・・。わかったけど、実際、どうするんだ?どうしようもなくない?」
相手が最強の門番であることはマキちゃんが自分で説明してくれた通りだ。いくら俺が不死身でも、戦艦にぶち込むような火力で撃たれたらこの世から消滅できる気がする。
するとマキちゃんは、今までに見たこともないような美しい笑顔で俺を見た。思わず膝をついて手にキスしたくなるような眩しい笑顔である。そして・・・
「そこで、ご主人様の出番でございますわ!」
ああこれ、ヤバイやつだな。