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また、きみの手をとって

【前回までのあらすじ】


・ナナとエド、ドラちゃん

→ 各町にあるプラズマライフルの林を潰して回り中

「次で19個目だよ、ナナ。」


エドからの通信。エドとナナはすでに18の林を消滅させていた。そのうちの攻撃のほとんどはナナの電撃作戦で実行されたが、いくつかは彼女の休憩のため、ドラちゃんの凶悪なミサイルを叩き込んで行われた。


困難な作戦のはずであったが、いずれもナナとドラちゃんの高い能力により、まるで苦戦することのなく遂行されている。


楽勝だ。


エドはその間なにをしていたのかというと、ずっと待機しているだけ。ただひたすらにナナの無事を祈り、無駄に神経をすり減らしていた。その何もしていない姿は、彼の師匠を彷彿とさせる。


「師匠はいつもこんな気持ちだったのか・・・スゴイな。ボクは耐えられない・・・。」


ナナを心配するあまり、よくわからない方向で師匠を尊敬し始めたエド。


そんな彼に、ナナはいつもと変わらない元気な声をかける。


「エド、早く終わらせて、おとーさんたちのところにいこうね?」


「え?あ、うん。そうだね。」


「よーし!じゃあはやくおわらせちゃうよー!」


「ナナ、油断しちゃだめだよ!無事に帰るのが最優先!わかった?」


「はーい!」


ナナは一層張り切り、高高度から飛び出した。目指すは遥か地上に豆粒のように見えているプラズマライフルの林だ。


すでに18回も行った作戦であるが、アンドロイドであるナナに油断はない。彼女は常に最大限の注意を払いつつ、最短の手順で作戦を遂行すべく、最適な行動を選択する。


これまでと同じ、楽勝な作戦。なんの心配もない。


しかし落ちていくナナを見ながら、ふいにエドの心を不安が満たした。


嫌な予感がする。


それは「ナナのすぐそば」という、ある意味、地上でもっとも危険な場所・・・ふいにマッハで駆け出したり、うっかり数トンもの破壊力でボディタッチしてしてくる美少女アンドロイドの近くで過ごし、命の危機に敏感になったエドだけが持つ感覚であった。


エドはそれをナナに伝えようかと思ったが、しかし口にするのをやめた。しょせんはカン、根拠もなければ対処法もない。伝えたところでナナの邪魔になるだけだろう。


彼にできることはそれまでと変わらない。ただ、ナナの無事を祈るだけだ。


「ナナ・・・無事に、帰ってきてね・・・。」


エドの呟きは通信機のマイクでも拾えないほど小さく、ドラちゃんのエンジン音にかき消されていった。



エドの心配をよそに、ナナの作戦は順調だった。


やることはそれまでとまったく同じ。それはまるで、動画をリピート再生しているかのようだ。プラズマの弾幕を避けながら林の真ん中に着地し、適当にカニをあしらいながら爆弾を生成して、すぐに離脱する。楽勝だ。いつものように傷ひとつ負うことなく、ナナは開けた場所でクーちゃんの迎えを待った。


「・・・?」


なにか違和感のようなものを感じて、ナナはほとんど無意識に、体を横にずらすように動いていた。なぜ自分でもそうしたのか分からない。ただ、体が勝手に反応した。おそらくそれは、カプセルで目覚めてから今まで、いくつもの戦闘を乗り越えてきた経験からくるものなのだろう。その経験がなければ、ナナは・・・この瞬間に終わっていただろう。


風が通り抜けた。


気がつくと、ナナの右腕が落ちていた。


肩のところですっぱりと切断されて、地面に落ちていた。


わずかに人工血液が飛び、むき出しの切断面から火花が散っている。


ナナはしかし、冷静だった。攻撃を受けたと判断するやいなや、その切り口から敵の方向を推定して敵を探す。


敵は、すぐに見つかった。


それは炎上するプラズマライフルの林の前に立ち、1本の刀を構えた4本腕の人型ナマモノだ。ナナからは数十メートルは離れた位置で、刀を振り下ろした姿勢で固まっている。


ナナは知るよしもないが、そのナマモノは数ヶ月前に彼女の父たちを苦しめたエキィーン・エリートと同タイプのナマモノだ。ただし、彼らが戦った四天王よりもさらに上位の、エキィーンというナマモノの頂点に立つ一体・・・エキィーン・キングである。


セントラルステーション遺跡でエキィーン・キングの情報を取得した【コピー】が、ナナとエドの存在を嗅ぎつけ、予めプラズマライフルの林で生成しておいたのだ。ナナを倒すために差し向けられた、最強の刺客である。


「・・・つよい。」


敵は強い。おそらく、自分より、ずっと。


ナナに搭載された戦力分析用プログラムが、敵の能力を正確に看過していた。わずか数秒の間に数千パターンの戦闘シミュレーションを行い、全てのパターンで、ナナは敵の刀に両断されていた。ナナの思考は自然と勝つことから、たとえ刺し違えても敵を無力化することにシフトする。


命をかけて、人間の・・・エドの命を守る。それはボディガード用アンドロイドとして生み出された彼女にとって、極めて自然な思考だった。


「・・・エドは、わたしが、まもる!」


だが彼女の決意も虚しく、轟音とともに大空から強烈な赤い閃光が降り注ぐ。鋼鉄の獣が、空気を震わす咆哮とともに、真っ赤なレーザーを吐き出しながらエキィーン・キングに突撃した。


それはナナのピンチに居ても立ってもいられなかったエドと、その忠実な部下であるドラちゃんだ。


「ナナになにをするだぁぁぁぁぁぁぁ!」


「エド、ドラちゃん、きちゃだめ!」


ナナの叫びが、虚しく荒野にこだまする。


キングはこともなげにドラちゃんのレーザーを横に飛んで避けると、再び超高速の斬撃を繰り出した。


数十メートル先の相手に届く、飛ぶ斬撃。


ナナに、その原理はわからない。しかし、弾丸を掴み取れるほど早いナナの反応速度でもかわせない斬撃が、今までのどんな攻撃でも耐えられたナナの身体を紙のように切り裂いた斬撃が、確実に空中のドラちゃんの機体を通過していた。


「いや・・・いやぁぁぁぁ!」


空中で炎を吹き上げたドラちゃんが、きり揉みしながら落ちていく。エドをコックピットに乗せたまま少し離れたところに墜落して、爆発した。ナナの悲痛な叫びは、爆発音にかき消された。


燃えている。


エドが、燃えている。


まだ間に合うかもしれない。


すぐにでも助けに行きたい。


しかし、ナナは動けなかった。


瞬きひとつでも無駄な動きをすれば、不可避の斬撃が飛んでくるのだ。ナナは動けなかった。


キングは悠然とした動作で刀を構え直す。その動作は緩慢で、スキだらけにさえ見える。それでも、ナナは動けなかった。


エドが死んだ。


だが、涙は出ない。


戦闘用に改修されているナナのAIは、戦闘中の感情の起伏に自動的な制限がかかるのだ。


ただ冷静に、刺し違えてでも敵を倒すことを考え続けていた。自分が失敗すれば、次に狙われるのは父と母だ。


それならば、自分の命と引き換えにしてでも、止めてみせる。自分の命をかけて、父の命を守った母のように。


「・・・。」


戦闘用に改修されているのナナのAIは、死を恐れない。


恐怖はなかった。ただ、さびしさだけを感じていた。


自分の右腕が地面に落ちている。


(もう、エドと、てをつなげないなぁ)


ナナはただ、そう思った。


エドが手をつなぐ時、いつもナナが右手で、エドが左手。約束したわけでもないのに、なぜかいつもそうだった。ふたりの暗黙のルール。ふたりしか知らない、決まりごと。


右手は、もうない。


エドも、もういない。


そう考えると、ただ、さびしかった。


ハルに教えてもらったことがある。人は死ぬと天国に行くという。エドはきっと、天国にいったのだろう。


機械である自分は天国に行けるのだろうか?


エドに、また会えるのだろうか?


ナナにはわからなかったが、ただ、知らぬ間に、溢れ出した彼女の願いが口からこぼれていた。


「エド、また、ナナと、てをつないでね・・・。」


次の瞬間、ナナは一足でキングに肉薄する。


キングは当然それを読んでおり、超高速で刀を突き出した。それはナナを牽制し、ナナが避けた方向に応じた二の太刀で彼女を両断するための突きであったが・・・


しかし、ナナは避けなかった。


刀はナナの小さな身体を、何の抵抗もなく貫通する。


そしてナナは身体を貫かれたまま、残った左手でしっかりと敵の腕を捉えた。キングは当然離れようと試みるが、ナナの怪力をすぐには振りほどくことができない。


ナナの身体が発光し、強烈な放電が彼女の小さな身体を包む。それは彼女の命を燃やす、自爆へのカウントダウン。


「さよなら。」


敵がもがき、ナナが微笑む。


そしてあたりを閃光が・・・包まなかった。


次の瞬間、なにかがものすごいスピードでキングに突っ込み、ナナとキングを分離したのだ。ナナは吹っ飛びながらどうにか自爆を押さえ込むと、自分が誰かに抱きかかえられていることを知った。


「ナナの・・・ばかっ!」


怒鳴られた。その人は、血まみれだった。


全身が傷だらけで、左腕は折れているのかブラブラしている。服もあちこちが焼け焦げ、頭から大量の血を流してながら怒っていた。


「無事に帰るのが最優先って言ったでしょ!なにしてんの!なにしようとしてたの!」


「・・・だって、ナナじゃ、かてないから・・・じばく・・・」


「・・・ばかっ!」


その人は、もう一度怒鳴ってから、ナナを優しく起こしてくれた。そして、折れていない方の右手を差し出した。


「ひとりで勝てない相手なら、ふたりで戦えばいいでしょう!」


その人は・・・エドは、そう言ってナナを見た。どうシミュレーションしても、2人がかりでも勝てる方法は見つからない。そもそもふたりとも満身創痍で、まともに戦える状態ですらないのだ。エドに至っては血まみれで、立っているのが不思議なほどの重症である。


でも、彼と2人なら、ぜったい負けないような気がした。


きっと、楽勝だ。


敵はのんびりと体制を立て直し、刀を構えた。それは第2ラウンドの合図だ。


勝率0%の戦いが、始まる。


きっと、楽勝だ。


「うん、ごめんね、エド。」


「わかればいいさ。」


エドが笑った。ナナは、エドの手を取った。


いつもと繋ぐ手は逆だけど、もう、さびしくなかった。

来年もよろしくお願いします。

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