電撃作戦
【前回までのあらすじ】
・ふた手に別れました
・ナナとエド、ドラちゃん
→ 各町にあるプラズマライフルの林を潰して回るチーム
・それ以外
→ コピーの本体を叩くチーム
「ナナ、見えてきたよ。」
エドはドラちゃんのコックピットからナナに通信した。コックピットから横を見れば、ドラちゃんのすぐ横を飛ぶ彼女の姿が見える。ラジコン飛行機のような子どものハリアードラゴン「クーちゃん」に乗り、長い髪を激しく風になびかせているナナ。時速はゆうに300kmを超え高高度のため空気も薄い。人間であればとっくに失神しているだろうし、そもそもゴーグルもなしに目など開けていられるはずがない。
しかしナナの機械の身体に、そんなことはまるで関係がなかった。大きな瞳を開いたまま、まっすぐに前を向いている。その姿はいっそ神々しく、さながらこの殺伐とした世界に舞い降りた天使だ。エドはいつものことながら、状況を忘れて見入ってしまう。
「エド、ナナはいってくるから、おそらでまっててね。」
はるか前方に見えるのは、あちこちから煙を上げている小さな町。名前も知らず馴染みもない町だが、数ヶ月前にナナとエドがプラズマライフルの林を作り、ネッコワークを普及された町のひとつである。
彼らの目的はただひとつ、彼らが作り出したプラズマライフルの林を、彼ら自身の手で破壊することだ。
「・・・気をつけてね、ナナ。本当に大丈夫?危なくなったらすぐに逃げるんだよ?」
「エド、しんぱいしょーう!」
心配そうなエドの声を適当に受け流し、ナナは小さな飛行機から飛び降りた。上空3000メートルから飛び出した彼女の小さな体は重力に従い、自由落下を開始する。
「本当に、気をつけてね・・・。」
エドとしては、自分も一緒に飛び降りていきたいところである。
しかし、生身の人間である彼に、この高度から飛び降りて無事に着地する能力はない。ましてや今回の作戦はスピードがものを言う。敵の真っ只中に飛び込み、弾丸飛び交う中で速やかに作戦を実行して撤退するというのは、エドといえども不可能なのは明らかだ。彼の力はすでに生身の人間を大きく逸脱しつつあるが、それでもナナの能力には根本的に及ばない。ただ唇を噛み締めて、地上に向けて落下していくナナを見ているしかない。
「ナナは、本当に可愛いからなぁ・・・。」
美少女に不可能はない。
それは彼の師匠の言葉であり、彼が師匠から受けた唯一ともいえる教えであった。
ナナは美少女だから高度3000メートルから着地できるし、ナナは美少女だからプラズマを展開してあらゆる攻撃を無効化することができる。
普通に考えればそんなわけはないのだが、この天才少年はなぜか素直にそれを信じていた。恋は盲目とはよく言ったものである。彼の師の周りにいる女性が軒並み美人ぞろいであり、その全員がそれぞれの分野で人類を超越しているのも、彼の誤解を助長したのかもしれない。
とにかく今、彼にできることはふたつしかなかった。
ひとつは上空に展開するドラちゃんとその子どもリク・カイ・クーが収集した地上の情報を監視し、ナナを可能な限り安全にナビゲートすること・・・もっともナナにはあまり必要ないだろうが。
もうひとつは、彼女の無事を祈ることだけだ。
「ナナ、どうか、無事で・・・。」
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上空から隕石のように落下してくるナナに向けて、地上から無数のプラズマ弾が飛んでいく。敵はネコの町を壊滅させたのと同じ、無数のカニのような姿の大きなナマモノ・・・暫定的に「地獄の門番カニベロス」と呼んでいる・・・だ。
ナナはプラズマ弾を避け、避けきれないものはプラズマ防壁を展開して防ぎつつ、減速せずに一気に地上へ向けてダイブする。プラズマライフルの林の中心目掛けて、まるで隕石か落雷そのもののような勢いで墜落した。着地地点にいた頑強なカニベロスを空き缶のようにグシャリと潰し、衝撃波が木々をなぎ倒してクレーターを作る。
「ちゃくち、だいせいこーう!」
周囲を確認すると、まだしっかりと地面に生えているプラズマライフルの木を見つけ、次々と木に繋がったケーブルを引き抜いていく。プラズマライフルの木は、それぞれのコネクタに有線のケーブルが接続されており、そのケーブルを経由してネッコワークに接続されている。昔ながらの堅実な有線接続だ。なのでこうしてケーブルを引き抜いてしまえば、簡単に敵のハッキングの影響から抜け出すことができる。
「ナナ、カニが集まってきたよ。気をつけて!」
「はーい。」
エドからの心配そうな通信を適当にあしらい、時々飛んでくるプラズマ弾を片手で払いのける。敵もプラズマライフルの林をなるべく攻撃しないように命令を受けているのか、飛んでくる弾丸はまばらで、ナナにしてみればよそ見をしながら回避できるレベルだ。
「えんかくハッキング、はじめるよー!」
ナナは母親・・・マキちゃんから事前に仕込まれたプログラムを実行し、コネクタがむき出しになった数本のプラズマライフルの木への遠隔ハッキングを開始する。木々は間もなく大きな「実」をつけ、この林をまるごと吹き飛ばしてくれるだろう。高性能の時限爆弾を生成しているのだ。
仕事を終えたナナはすぐに駆け出し、木の隙間をすり抜けるようにして町の外へ脱出した。着地からこの間、わずか30秒。まさに電撃作戦というべき早業である。開けた場所に出てきたナナを、地面スレスレの低空飛行でクーちゃんがお迎えにやってきた。
「ナー!」
「クーちゃん、ありがとー!」
ナナが減速することなく飛んでくるクーちゃんに軽々と飛び乗ると(普通の人間なら激突してバラバラになっているだろう)、背後で大きな爆発が起きた。カニを巻き込み、町の一部を巻き込み、プラズマライフルの林をまるごと綺麗に消滅させる爆発だ。ナナの大きな瞳に、もうもうと立ち上る煙が映った。彼女はしばし、無表情でその光景を見ていた。自分とエドが作った林が消滅する光景を。
しかし、すぐに前を向き、いつもの明るい表情を取り戻して、言った。
「・・・つぎ、いこっか!」
「クー!」
「ナナ・・・大丈夫?」
エドからの通信。彼は本当に心配症だ。この数分で、一体何度「大丈夫?」と口にしただろうか。ナナは苦笑しながら、しかしそんな彼を嬉しく思いながら、元気に答えた。
「エド、しんぱいしょーう!」




