胸元をガン見したい
【前回までのあらすじ】
・危うく岩陰に連れ込まれそうになる
「やあウォーリー。久しぶりだね。」
その人は相変わらずサバサバしていて男前で、無骨な迷彩服がとてもよく似合う美女だった。女性だけのハンターチーム「ファイヤーアント」のリーダー、ミリィさんである。かつてのウォーリーの想い人でもあるが、あれからずいぶん時間も経ち、2人は仲の良い友人といった関係に落ち着いているらしい。
「ミリィサマ、ご無事で何よりデス。」
「ありがと。私たちはずっと、サリーさんの依頼で町の外に出てたから。・・・あ、結婚したんだって?おめでと。」
「ぐふふ・・・ありがとうございマス。」
「そんな緩みきった顔しちゃって、まぁ・・・よっぽどいい奥さんをもらったんだね?」
こともなげに言うが、ウォーリーの顔に表情はない。彼の表情を自然に見分けられるあたりから、ふたりの関係の強さが伺える。
「ええ、そのとおり。こちらの超絶美少女が我が妻、イリスサマデス。イリスサマ、こちらが我が友人のミリィサマデスよ。」
「よ、よろしくお願いします。イリスです。」
「よろしくね、イリスさん。・・・あら、本当に可愛い奥さんだわ。おっとヨダレが・・・」
「あげまセンよ、ミリィサマ?」
「あっはっは・・・人のものには手は出さないって・・・じゅるり。」
とても人類が滅亡しかけていると思えない和やかなトークが行われているのは、ファイヤーアントが誇る移動式拠点「アリノス」内部の会議室だ。巨大な改造車両であるアリノスには、生活空間はもちろん、このような会議室や食堂なども完備されている。
「これが乗り物の中なんて、信じられないわ・・・。」
キョロキョロとあたりを見回すハル。俺は前に乗ったことがあるので、知ったかぶることにする。
「俺、前にも乗ったことあるよ。あの時はパーティーをしたんだ。緊張したけど楽しかったなぁ、パーティー。」
「ええ、ご主人様が色々な女性の胸元をガン見していたパーティーのことですわね。」
「胸元を・・・ガン見するパーティーだったの、にーさん?」
よし、余計なことを言ったぞ。救いを求めて視線を彷徨わせていると、腕を組みながら壁際に立っているサリーが言った。
「それでミリィさん、見つかった?」
彼女はコピーに出会った一件の後、俺たちの知らないうちに裏で色々と動いていたらしい。その一つが、ファイヤーアントへの調査依頼である。
「ええ、例の地下にある『第072研究所』。そこにつながっている地下の路線をしらみつぶしに調べてみたわ。その結果、無数に存在していたルートのうち、たったひとつだけがまだ地下深くまで伸びていることがわかった。」
「第072研究所まで、確実に到達しているのね?」
「実際に侵入したわけではないけど、音響ソナーであらゆる角度から調査したから間違いないわ。まだ使えるルートよ。」
サリーは、とにかくコピーの物理的な居所を突き止めることが必要だと考えた。マキちゃんに聞いた通りの相手ならば、ネットワーク越しに攻撃を仕掛けたところで勝ち目はない。
だが、物理的に敵のコピーの本体に接触してしまえばどうだ。相手はただのコンピュータに入ったデータに過ぎない。文字通り、手も足も出ない相手をハンマーかなにかでぶっ叩けば簡単に破壊できるだろう。
首都に残っているモリサワのあらゆるデータから第072研究所の場所を特定し、さらにモリサワが秘密裏に掘削した地下鉄の情報を探し出し、今も使える路線をファイヤーアントに確認させたのだ。
さすが伝説の女サリー、亀の甲より年の功とはよくいったもので・・・あれっ、なんか睨まれたぞ。声に出てないと思うんだけど。サリーさん怖い。
「それじゃあ、みんなで地下に乗り込んで敵をぶっ叩けば終わり、ってこと?」
「いいえ、まだ気になることがあります。」
マキちゃんの言葉に、みんなが注目する。
「ハッキングされたプラズマライフルの林ですが、小型のジェネレーターを大量に生成しているようですわ。」
「ジェネレーター?発電するやつ?」
「はい、そうです。」
発電機を大量に生み出して、何をするのだろうか。あいつ、ジェネレーターを暴走爆発させるの大好きだからな・・・地上をジェネレーターで吹き飛ばすつもりだろうか。それなら普通に爆弾を生み出した方が早いか。
「目的は不明ですが、彼の目的に必要なものでしょう。早めに手を打っておくべきかと。同時に各所にあるプラズマライフルの林を破壊できれば、敵の戦力増強もストップできますわ。」
マキちゃんの言葉にサリーも賛成する。
「そうね。おそらく、研究所に通じるルートの存在には、コピーも気づいていないはず。話に聞いた通りなら、コピーはネットワーク外の情報に疎いのよ。でも、私たちが侵入を始めれば、否が応でも気がついて戦力を送り込んでくるはずだわ。」
「なるほど。追撃を弱めるためにも、プラズマライフルの林は壊したほうがいい、か・・・。」
「ナナがやる!」
黙って話を聞いていたナナが、大きな声で手を上げた。
「ナナが、きをたくさんうえたの。だから、こわすならナナがやる。」
それを聞いたエドも、当然とばかりに手を上げた。
「ボクもやります。ナナがやるなら、当然です。ナナとドラちゃんがいれば、戦力的には十分でしょう。」
エドの言葉を聞いたナナは、嬉しそうに彼を見た。彼もまた、ナナを見て微笑んだ。めっちゃ通じ合うふたり。父としては嫉妬せざるを得ない。
「・・・わかったよ。ただ、無理はするなよ。無事に帰ることを最優先にして、危なそうなら逃げること。いい?」
「はーい!」
「ナナは、ボクが守ります!」
「えへへー!」
なんだかんだナナは俺たちの最強戦力だ。ドラちゃんやエドと力を合わせれば、そうそう遅れをとることはあるまい。
作戦は決まった。
ナナとエド、それからドラちゃんが地上を飛び回って、町々にある林を破壊する遊撃チーム。
それ以外のメンバーはコピーの本体を目指して突撃するアタックチーム。
作戦というかただの役割分担だな。あまりにも大雑把だが仕方がない。今から情報収集するような時間はたぶんないし、こちらの戦力もいろいろな作戦を考えられるほど豊富じゃあない。
いや、だいたい難しく考え過ぎなんだ、シンプルに考えよう。地下に入って、パソコンを一台壊して帰ってくるだけ。誰にでもできる簡単なお仕事です。
「ご主人様、皆様に言っておきたいことはありますか?」
「ん?」
マキちゃんが言うと、みんなの視線が俺に集まった。いや、そんなに注目してもらうほど言いたいことはないんだけど・・・。だが確かに、今回は状況が悪い。ここにいる全員がもう一度揃うことはないかもしれない。
なにか・・・なんか良いこと言おう。えっと、なんだ・・・。
しかし、良いことを言おうとすると逆に言葉は出てこないものだ。数秒の、しかし永遠のような沈黙の後、俺はようやく重い口を開いた。
「・・・えっと、あの・・・」
みんなが注目している。緊張して言葉が出ない。定まらない俺の視線は、あるところでピタリと止まった。豊かな膨らみをたたえ、いつも油断しているせいで気になって仕方がないハルのタンクトップの胸元だ。
「・・・胸元をガン見したい。ああ違う、そうじゃなくて・・・」
みんなが首をかしげて俺を見ている。どの顔にもはっきりと「何言ってんだこいつ」と書いてあるようだ。うん、ホントに何言ってんだ俺は。
俺はパシンと自分の頬を叩いて、大きな声で言い直した。
「みんな、早く終わらせてパーティーをしよう。あの・・・盛大な感じで。」
・・・沈黙が流れる。
・・・あれ、外した感じ?最後が尻すぼみになったせいかな?すごく死にたくなってきたぞ。
「・・・プッ」
「・・・ふふふ。」
「・・・アッハッハッハッハ!」
気がつけば、みんな笑っていた。爆笑の渦だ。何がそんなに面白かったのか、誰もがお腹を抱えて笑っている。俺はもう、なんだか知らないが顔が真っ赤だ。死にたい。いや、死ぬ。
マキちゃんも珍しく微笑みながら、よく通る声でみんなに言った。
「皆様、申し訳ありませんが、我がクソダサご主人様クソ野郎のしょうもないお願いを聞いていただけますか?」
みんな、爆笑しながら顔を見合わせ、そして練習でもしていたのかというほど息をぴったり合わせて、拳を天に突き上げた。
「「「「「おー!」」」」




