ネコの町の最後
「ご主人様、この町はもうダメかもしれません。逃げましょう。」
町が燃えていた。夜中だというのに昼間のように明るいのは、町のあらゆるとこで炎が上がり、爆発が起きているからだ。周りの空気に煙の匂いと、それから誰かの悲鳴が混じっている。
「逃げるって・・・どこに?」
俺は目の前の光景を信じることができず、途方に暮れていた。オレンジ色に染まる町を見ながらぼんやりとマキちゃんに返事をした。
「わかりませんが、ここにいるのは危険ですわ。」
「そっか・・・っていうか何なの?これ、何が起きてるの?」
自分でも混乱しているのがわかる。
昨日もいつも通り、のんびりと一日過ごして、マキちゃんを可愛がって(触手で可愛がられて)、それから気絶するようにベッドで横になって・・・気がついたらこうなっていたのだ。
とにかく寝ている場合ではなさそうだ。簡単に身支度をして玄関を出る。家の前の通りを、ノシノシと見覚えのないナマモノが歩いて行くのが見えた。それは全長3メートルはあろうかという巨大なカニのナマモノだ。大きなハサミで進路上の建物を破壊しつつ、ハサミの間からプラズマ弾を発射している。
「ギギギギギ・・・」
カニの無機質な目がこちらを見た。ゆっくりと、ハサミが、大口径のプラズマ弾の発射口が、俺の方に向けられる。
やばい、と思った次の瞬間、プラズマ弾の雨がカニを襲った。我らが番犬、イヌのクロの攻撃である。クロは俺にまったく興味がなさそうだが、ちゃんと番犬としての仕事はしてくれるらしい。
だが、カニの怪物はクロの攻撃などまるで気にした様子もなく、クロに向けて大きなプラズマ弾を発射した。クロはとっさにジャンプして回避するが、着弾時の爆風で大きく吹き飛ばされてしまう。割と近くにいた俺も、ついでに吹き飛ばされてしまう。土まみれになった身体をどうにか起こし、敵を見る。
「・・・マキちゃん、どうしよう。こいつ、ハッキングできる?」
「・・・コネクタが発見できません。無理ですわね。」
カニはのんびりとした動作で、地面に転がる俺にハサミを向けた。こいつ、俺のこと狙いすぎだろ・・・俺のこと好きなの?告白するの?俺、最近妙にモテるからな・・・。
だが次の瞬間、カニは愛の言葉を吐くことなくグシャリとひしゃげて地面にめり込み、そのまま動かなくなった。潰れたカニの残骸に乗っているのは、ピースサインをこちらに向けて満点の笑顔を見せる少女。長い髪をふわりとなびかせ、その姿はさながら戦場に舞い降りた天使・・・ナナだ。
「おとーさん、ナナ、カッコよかった?ヒーローっぽい?」
「うん。神々しすぎて、ついにお迎えがきたのかと思ったよ。」
「えへへー!」
いつの間にか、エドが当然といわんばかりにナナの横に立っている。
「師匠、町はこのカニみたいなナマモノで溢れています。もうボクたちの手に負えそうもありません。」
「マジでか。このカニ、どこから来たの?町の外壁が破られたってこと?」
「いいえご主人様、これは・・・」
マキちゃんが何か言いかけた時、ふいにカニの残骸から声がした。それは背筋が寒くなるような、でも聞き覚えのある声だ。
「マキちゃん・・・君は俺のものだ・・・・マキちゃん・・・」
マキちゃん、カニにまでモテるのか・・・!と言いたいところだが、この声は間違いなく俺の声だ。だが俺はこんなダークな喋り方はできないし、やった覚えもない。ならば当然、これは彼・・・コピーの声だろう。
っということは、コレはコピーの仕業か。なんとなくそんな気はしてたけど。
一体何人死んだのかわからないが、すでに10人とか100人じゃきかない人数が犠牲になっただろう。自分のコピーがやったんだと思うと、なんだか胸がムカムカして気分が悪くなってくる・・・前に会った時も思ったが、本当に俺のコピーなのか疑わしくなってくるな。
あいつは俺じゃあないのかもしれないけど、それでも俺のコピーがやっていることだというなら、ひとりでも犠牲を減らしたい。だから俺は、みんなに言った。
「・・・町の人たちを助けよう。ひとりでも多く、町の外に逃がすんだ。」
「それはやめた方がいいわね。」
声の方を見ると、縦に真っ二つにされたカニが崩れ落ち、その前を1人の女性が悠然と歩いてくるところだった。長い黒髪が闇夜に溶けて、白い肌を炎がオレンジ色に染めている。手に持った刀は新兵器だろうか、刀身がぼんやりと光っているように見える。
「サリー!」
「敵は強いし、刻々と増えているわ。すでに数が多すぎて、いくらあなた達でも他人を助けている余裕はないわ。早く逃げないとみんな死ぬわよ。」
「でも・・・」
「私も同意見です、ご主人様。」
マキちゃんが強い調子で言った。だがその声色に反して、その表情はとても悲しそうだ。いつものポーカーフェイスだから誰にもわからないだろうが俺にはわかる。彼女もこの町が好きなのだ。そのマキちゃんが逃げろというのだから、本当に危険なのは間違いない。
「・・・わかった。逃げよう。」
そして俺たちは逃げ出した。
エドとナナはドラゴンで、それ以外のメンバーはトラックで。サリーはバイクにまたがり、敵を牽制してトラックから注意を逸らしてくれた。燃え上がる町の中をトラックの荷台から見て、マキちゃんたちの言うことはすぐに理解できた。
無数のカニが、びっしりと町を覆い尽くしている。
ハリアードラゴンも、ナナが守ってやらなければ、飛び立ってすぐに撃墜されていたかもしれない。無数のカニがプラズマ弾をバラ撒き、文字通りネコの町を蹂躙している。
ネコの町は今日、消滅した。
どうにか町を抜け、数時間ほど走ったところでようやく俺たちは停車した。まるで何もなかったかのように朝日が昇り、茶色く乾いた荒野を照らしていく。
家族は全員、脱出できた。
だが、誰も喋らなかった。もう帰るところはない。その事実が、心に暗い影を落とした。
登っていく朝日を見ながら、俺は夢の中にいるようにぼんやりしている。
「マキちゃん、一体なにが起きたの?あのカニは何?」
俺の言葉にみんなが注目する。マキちゃんはみんなの方を見た。そしてしばらくうつむいてから、ようやく口を開いた。
「あれは、プラズマライフルの木から生成されたナマモノです。」
「・・・なんだって?」
「プラズマライフルの林から敵が生成されたのです。外壁の内側、町の内部から強力なナマモノが大量に現れたのです。町はひとたまりもなかったでしょう。」
「・・・え?」
「プラズマライフルの林がハッキングされ・・・乗っ取られてしまったのですわ。」
今日から最終章です。




