平和
【前回までのあらすじ】
・ハルさん、強引
「俺、何かいいことしたっけ?」
いつもの食卓で、しかしハルはいつもとは全然違う距離感で俺と接していた。
具体的にはしなだれかかるように俺に密着し、アツアツのおいしい料理をフーフーして冷ましてくれたりしながらあーんしてくれたりするのだ。ハルの料理はいつもとても美味しいのだけど、柔らかく押し当てられている豊かなものや耳元に感じる吐息、思わず顔をうずめてクンクンしたくなる彼女の匂いが気になってあんまり味がわからない。
「にーさん、はい、あーん。」
「あ、あーん。」
なんでこんなことになっているんだろうか。全然心当たりがない。強いて言えばハゲのサイボーグに誘拐されかけたぐらいだが、たぶん関係ない。っていうか絶対にない。
ちなみに誘拐騒動のあと、ハルとウォーリーの不倫は俺の勘違いだと、熱烈なキスとともに弁解された。俺もそんな気はしていたけど、もうそんなことは正直どうでもいい。俺は美人を見るのには慣れているが、触ったり触られたりするのには慣れていないのだ。ハルさんの熱烈な物理的アタックに、俺のプリッツ程度に固い自制心は崩壊寸前だ。
「ああああのハル、俺、一応これでも新婚だから・・・」
「え、嫌だった・・・?」
ハルは悲しそうに瞳をうるませ、上目遣いでこちらを見ながらますます身体を押し付けてくる。今日のハルさんはいつもの胸元が油断しているタンクトップだ。俺の薄い身体に潰されたふたつの大きな胸部装甲がムニュっと形を変えて、その儚くも瑞々しい弾力を惜しげもなく俺に伝えてくる。
「嫌じゃないです。」
「そっか、よかった!はい、はーん。」
「あ、あーん。」
そんな俺の膝の上では、一匹のネコが丸まって唸っている。長旅の間、ずっとこうして乗っかっていたのですっかり慣れた感触。レイのネコだ。今日は腕時計ではなく、ネコの気分らしい。
「・・・ぬぅ。レイにも巨乳のボディさえあれば・・・エド様、早く!早くしてくださいですぅ!」
ギリギリと歯ぎしりするレイを尻目に、マキちゃんは余裕の表情だ。
「レイ、私たちは他のことでご主人様のお役に立てばよいのですよ。それに、あと7人は増えるのですから・・・妻同士、ご主人様のために仲良くしなければなりませんわ。」
「マキちゃん、怒ってもいいんだよ・・・?っていうか7人も増えないし・・・」
弱々しく呟く俺に対し、マキちゃんはいつものポーカーフェイスだ。多少はイライラしているのかもしれないが、少なくとも態度からは読み取れない。
「ふふふ。ご主人様、妻は増えない、私一筋と言ってからわずか数日でレイとハル様がこの有様ですわよ?」
「・・・はい、すみません。」
返す言葉もございません。でも俺はなんにもしてなくない?
「怒っているわけではありませんわ。ただ、私のこともちゃんと可愛がってくださいね?夫の義務ですわ。」
「それはもう、もちろん・・・なんか、ごめんよ・・・。」
夜に可愛がられているのは俺の方な気がするけど。今夜も大変なことになりそうだ。
「はい、にーさん、野菜も食べてね。あーん。」
「あーん。」
「おいしい?」
「おっぱ・・・いや、おいしいよ。」
正直、味がわからない。ただただアレだ、おっぱいだ。俺は幸せだ。
「俺、何かいいことしたっけ?」
・
・
・
人生の楽園を謳歌した後、俺はエドとナナの様子を見に行った。ふたりとも、俺がいない間にあらゆる町という町にプラズマライフルの林を作り、大量のネコを生み出し、あらゆる問題を片っ端から解決してネッコワークの普及に努めてくれたと聞いた。
特に首都から離れた辺境の町々では、見たこともないようなナマモノと戦闘になったり、想定していなかった技術的な問題が次々と発生したのを、ふたりがことごとく片付けてくれたという。このコンビに不可能はないし、このコンビがいる限り俺の出番もなさそうな感じだ。そんな2人を頼もしく思うと同時に、なんか師匠らしくも父親らしくもない自分を申し訳なく思う。
「おーい、エド、ナナ。」
「あっ師匠!」
「おとーさん、おかーさん!」
2人はちょうど、ドラちゃんの子ども・・・子どものハリアードラゴンにエサをやっているところだった。3匹のドラゴンは体長1.5メートルぐらいで、さながらよく出来たラジコン飛行機のように見える。そんなラジコン飛行機に、プラズマライフルの林で生成したウサギを細かくして与えているようだ。ちなみにウサギはナナが素手で細かくしている・・・。
「おお・・・これが子どものドラゴンかぁ。」
「うん、かわいーでしょ!?ひだりからリク、カイ、クーちゃんだよ!」
「へぇ・・・こないだナナが乗ってたのは?」
「クーちゃん!いちばんナナのことがすきなの!」
クーちゃんと呼ばれたドラゴンは、自分が呼ばれたと思ったのか、ナナの方を向いてひと声「ナー」と鳴いた。なるほど、ラジコン飛行機も懐くと可愛い。ところでさっきから、ドラゴンより気になっていることがある。
「あの、なんだ、ふたりとも・・・すごく仲良くなってるね?」
「え・・・あっ!」
俺に指摘されて、エドが慌てて手を離した。そう、エドとナナはずっと手を繋いでいたのだ。そりゃもうギュッと。ギュッと繋いでいらっしゃった。ナナは振りほどかれた手を見て、今度は両手でエドの手を握った。エドは真っ赤になってされるがままだ。
「ナナね、エドとけっこんするの!」
「あ、あ、あ、あの・・・」
あっけらかんと宣言するナナと、真っ赤になって慌てふためくエド。そうか、俺が知らない間に、2人で力を合わせて色々な困難に立ち向かったんだな。そして距離がグッと縮まった、と。エドはまだまだ小さいが、頼れる男だ。ぶっちゃけ俺の1000倍ぐらい頼れると思う。彼になら、大事な娘を任せてもいいと、素直に思えた。ただ、これだけは言っておかねばならない。
「エド・・・ナナを大切にしろよ。他の女にうつつを抜かしたら許さんぞ。」
「は、はい!師匠!もちろんです!」
そんな俺を見て、マキちゃんが言った。
「ご主人様がそれを言っても説得力がありませんわね。」
よし、土下座か?全裸で土下座すればいいかな?
・
・
・
それからしばらく、とても平和な時間が過ぎていった。
この世界で目覚めてから、いちばん平和で楽しい時間だったかもしれない。
みんなが毎日笑顔で病気もケガもなく、争いもせず、のんびりとしていて、それでも充実した毎日だった。
まぁ、夜になると俺の部屋の前で触手VSネコVS刀を持った不死身美女VSハンドガンを所持した少女の壮絶なバトルが始まることが何度かあったが、基本的には平和だった。
この世界も悪くない。こんな日々がいつまでも続くのだと思っていたのだけど、そううまくはいかないのが人生だ。
ある日突然、日常は終わりを告げ、俺の人生最大の戦いが幕を開けることになる。
それは、俺の人生に終わりを告げる戦いでもあったんだ。
その日、ネコの町は滅亡した。




