ビルハック
「とりあえず、いちばん近い遺跡から行ってみようか。」
トラック運転手のおじさん(当たり前だが、ここまで運転してくれた人がいるのだ)に手を振って、俺たちは歩き出した。ガイは先に出発したらしくもう近くに姿はない。さすがに慣れている。
歩き始めて数分で、近くのビルの入り口までたどり着く。入り口脇の壁には、俺のよく知っている文字で社名が書いてあった。
「モリサワインダストリー・・・って、あの超大企業だよな?」
「にーさん、この字が読めるの?スゴイね!そんな人、初めてだよ!」
そう、ハルたちが使っている文字も言葉も、俺にとっては謎の言語である。マキちゃんの力でリアルタイム翻訳しているから読める、というだけだ(一応、マキちゃんなしでも大丈夫なように、夜な夜な勉強はしている)。俺がかつて使っていた言語を扱える人はいないようである。
・・・しかしここに俺も知ってるような大企業のビルがある、ということは、やはりここは地球の、俺が冷凍前に住んでいた国である可能性が高い。少なくとも凍っている間に知らない星に連れて行かれたとか、異次元にワープしたとかいうことではなさそうだ。ということは、冷凍中に・・・どれくらい冷凍されていたのかわからないが・・・世界が今のようになってしまった、ということなんだろうか。しかしいくらなんでも、たとえ何万年経ったって、自然にこんな変な世界に進化することはない気がする。謎は深まるばかりだ。
俺が物想いにふけっていると、珍しくマキちゃんのホログラムが目の前に出現した。明らかに興奮している。
「あっ聖霊様!」
「マキちゃん、どうした?」
「・・・ついに・・・ついに来ましたわ!!私の時代が!!わたしの!に!く!た!い!がーーー!!」
「・・・はい?」
言われて思い出したが、マキちゃんはモリサワインダストリー製のメイド型アンドロイドだった。なるほどここが本当にモリサワのビルだとすれば、マキちゃんが利用可能なアンドロイド用ボディがあるかもしれない。
「いや・・・うーん・・・あるかな?あったとしても、ボロくて動かないんじゃない?」
「いいえご主人様。もしお客様お届け用状態保全カプセルに梱包された新品のボディがあれば、何万年経っていようとも、モリサワ製品は劣化いたしません。」
「聖霊様の体があるの?・・・すごいですね!ぜったい見つけましょうね!」
「ハル様・・・!ありがとうございます!あなた様は私の大天使様でございますわ!私のボディに関してまるでやる気のないクソ極悪クソご主人様とは大違いです!」
とにかく俺たちは、堂々とビルの正面玄関から進入を開始した。建物の中は暗く静かで、またところどころ壁が崩れたり、穴が開いている。まさに廃墟といった雰囲気である。今のところ、動くものの気配はない。
「ご主人様、まずは地下に向かいましょう。MDF・・・主配電盤や補助電源装置が発見できれば、ビル全体を掌握できますわ。っと、ハッキングオタクのご主人様には釈迦に説法ですわね。」
いつものクールさはどこへやら、鼻息も荒くマキちゃんが言う。
オタクはともかくマキちゃんの言ってることは正しい。電源を入れてビル内のネットワークを起動できれば、ビルの管理システムを利用して内部の状態把握、貴重品の保管記録の閲覧、ドアの解錠やエレベーターの操作を行うことができる。そこまでできれば今回の発掘はほとんど成功したようなものだ。すでにビルの内部に物理的に侵入しているので、外部のネットワークから電子的なハッキング(この場合は攻撃なのでクラッキングと呼ぶべきだが)を仕掛けるのに比べてかなり難易度は低い。ネットワークに接続できさえすれば、後のことは俺とマキちゃんからすれば赤子の手を捻るより簡単である。
「地下かぁ。暗いねぇー。クロ、こっちだよ。」
ハルは俺たちがやろうとしていることをよくわかっていないようだが、しっかりと後をついてくる。ランスさんとよく発掘に行くらしく、足場の悪い廃墟を歩くのに慣れているのがわかる。ぜんぜん危なげがないし、足音も小さい。大したものだ。クロはさらに静かに、そこそこ重い金属製のボディのはずなのに、ほとんど無音と言っていいほど音を出さずについてきている。そういえばコイツは自立兵器だったんだった。そりゃ隠密行動ぐらいできるよな。もうすっかり普通の犬ぐらいの感覚だった。
10分ほど暗い地下通路を進むと、マキちゃんが言った。
「ご主人様、止まってください。音響ソナーによると、右の壁の奥に空間があります。クロ!」
クロが軽く助走をつけて体当たりすると、壁が倒れて奥に空間が現れた。重要な設備は容易に発見されないよう、このように隠されている場合がある。こんな事もあろうかと、腕時計になんとなく搭載した音響ソナーが役に立った。だってカッコいいじゃん、音響ソナー。マキちゃんに「永遠の中二病ですわね」とか罵られても付けておいてよかった。
隠し部屋は約10メートル四方の四角い空間で、壁にはネットワークケーブルが集約されたカギ付きの制御盤や、管理システムの操作用と思われる大きなディスプレイとコンソールがある。制御盤のカギをクロに優しく食い破ってもらい、フタを開ける。そこには俺たちを待っていたように、たくさんのコネクタが並んでいる。まだビル全体が停電している状態なので、当然ネットワークも起動していない。しかし物理的に補助電源装置が近い位置にあれば、ここからでもネットワークケーブルを介して補助電源装置を起動することができるかもしれない。ここは非常時も想定した隠し部屋のようなので、発見できる可能性は高い。探す手間が手間が省けるから、すんり見つかるといいのだけど。マキちゃんも当然、同じことを考えているので、すでに制御盤への遠隔ハッキングを開始している。
「付近の設備を探索中です・・・ご主人様、補助電源装置と推測される機器を、同セグメント内に検知しました。起動を試みてもよろしいでしょうか?」
「もちろん。」
「補助電源装置、起動しています。・・・補助電源装置の自己保全ルーチンが正常終了、電力供給を開始します。」
暗かった部屋に明かりが付き、管理システムのディスプレイに起動画面が表示される。空調からホコリっぽい空気が吐き出されて、ハルが軽く咳き込んだ。ビル全体が生き返ったような、長い眠りから覚めたような。そんな感じだ。
「なになに!?この遺跡、生き返った?これ、にーさんがやってるの!?すごい・・・すごすぎ!」
ハルがぴょんぴょん跳ねながら、俺に飛びついてくる。そんなに可愛らしい反応をしてくれると、俺としても嬉しい。俺もカッコいいところが見せられて満足だ。マキちゃんのホログラムが現れて、言った。
「99%私の手柄ですわね。」
はい調子に乗ってすみません。