ハルさん、学ぶ
【前回までのあらすじ】
・ハルさん、焦る
「いいデスか、ハルサマ・・・まずはこれに着替えていただきタイ。」
深夜。誰もいない空き部屋でウォーリーが差し出してきたのは・・・メイド服だった。彼を落とす作戦を教えてくれるという話だったのに、突然メイド服を渡されたハルは困惑する。
「な・・・なんでメイド服なのよ?」
当然の質問に、ウォーリーはやれやれといったポーズを取る。
「わかりまセンか・・・?ご主人サマの周りにいる女性は、みんなメイド服を着ていマス。ご主人サマは筋金入りのメイド萌えなのデス。さらに、いつも頼れる女なイメージのハルサマが従順なメイド姿に・・・これは素晴らしいギャップを産み出しマス。わかりマスか?」
ハルにはイマイチ意味がわからなかったが、ウォーリーの言葉には妙な説得力があった。
「もちロン、服だけではいけまセン。ハルサマには男性を落とすための知識を学んで頂きつつ、メイドらしい立ち振る舞いを完璧にマスターしていただきマス。」
「わかった・・・けど・・・なんでアンタ、こんな服持ってるのよ?」
「男はみんな持ってマス。」
「え?そ、そうなの・・・?」
「そうデス。ランスさんだって、エドサマだって持ってマスよ。常識デス。」
「そっか、そうなんだ・・・。ごめんね、アタシそういう・・・男の人の常識とか、全然知らなくて・・・。」
「イエイエ。せっかくの機会ですから、我がなんでも教えて差し上げマス。」
「ありがと、ウォーリー。」
「お役に立てて光栄デス。あ、あと太もものところにレッグホルスターを付けてくださいネ。」
「ふともも・・・?どうしてよ?銃を持つ必要なんてあるの?」
「スカートの中に銃を隠し持つメイドさんはロマンなのデス。わかりマスか?」
「・・・さっぱりわかんない。」
ウォーリーの修行が始まった。それはそれは厳しいものであった。
それはちょっとした仕草や言葉遣いの指導に始まり、
ハルの知らない男性の常識といった座学、
そして具体的なメイドとしての技術にまで及ぶ。
ハルは何度もくじけそうになった。男性はみんな女性の使用済み下着をうんぬんという話を聞いた時には男性不信に陥りそうになった。しかひ彼女は食らいつき、鉄の意志でウォーリーの教えを吸収していった。
「ご主人様のハートに三点バースト射撃☆ラブリー銃撃メイドのハルにゃんだゾ☆」
「まだ照れがありマス!殻を破ってくだサイ!そんなことでご主人様のハートを撃ち抜けると思っているのデスか!」
「くっ・・・だってこれ・・・意味わかんないし・・・銃撃メイドって何よ・・・?」
ハルは自分の服を見て頬を染めた。いつも適当なタンクトップか仕事用の制服ぐらいしか着ない自分が、フリフリがたくさんついた可愛らしいメイド服を着ている・・・その事実だけで充分に恥ずかしいのに、その上ウォーリーが要求するのは謎の掛け声とポーズである。顔から火が出そうだったし、実際に何度かウォーリーを撃ちそうになった。
「いいのデスか⁉︎ご主人サマに相手にされなくテモ⁉︎このまま『ハル・・・ハル・・・あ、なんかいたな、そんな人・・・』みたいな扱いになってもいいのデスか!」
「・・・!アタシ、やるわ!ご主人様のハートに三点バースト射撃☆ラブリー銃撃メイドのハルにゃんだゾ☆」
「その調子デス!」
そして長い長い、夜が明けた・・・。
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「はぁはぁ・・・これで・・・アタシ・・・ううん、わたくし・・・にーさんを落とせますのね・・・!」
ハルの顔には疲労が色濃く浮かび、息は荒く、髪は乱れ、メイド服はなぜか肩まで脱げてヨレヨレになっている。だがその瞳には達成感が浮かんでいた。そんなハルを見て、ウォーリーは満足げにうなずく。
「ハルサマ・・・よく、がんばりまシタ。明日はホームラン、デス。」
相変わらずウォーリーの言うことはイマイチ意味がわからなかったが、それでもハルはウォーリーに手を差し出す。ふたりは朝日が差し込む部屋で、しっかりと握手をした。特訓は終わった。謎の自信がハルを包み、ウォーリーは勝利を確信したように腕を組み、天を見上げた。
「さぁハルサマ、行ってくだサイ・・・ご主人サマの部屋に。」
「え!・・・今から⁉︎あ、あの・・・朝だよ⁉︎」
「善は急げデス。どうせご主人サマは起きてマス。」
「そ、そ、そ、そっか・・・。うん、わかった。」
ハルは両手で頬を叩き、気合を入れた。普段のハルなら承諾しないところだが、今は徹夜明けのテンションである。勢いだけでどこまでも突っ走ってしまうのもウォーリーの狙いであろう。ハルは部屋を出ようとドアに手をかけた。
「それにしても今夜は激しかったよね・・・。」
「ハルサマ、素晴らしい頑張りデシタ。」
「一晩中だったもんね・・・イリスさん、心配してない?髪の毛ボサボサかな?」
「イリス様なら大丈夫デス。髪の毛も、エロくて良いと思いマスよ・・・。」
ハルがドアを開いたところで、すぐ目の前に人がいたことに気がついた。トイレにでも行っていたところで、ハルが開けたドアに驚いて立ち止まったのだろう。それはまさに、これから部屋に突撃しようとしていた相手だった。
「に、に、に、にーさん。」
しかし彼の様子はどうにもおかしい。無理やり笑おうとして泣きそうな、はた目にもうろたえているのがよく分かる顔でこちらを見ている。彼は目を泳がせながら、わけのわからないことを口走る。
「あ・・・あの・・・ウォーリー・・・浮気はダメだよ・・・?」
「え?なに・・・?にーさん、何を言って・・・」
そこまでいいかけて、ハルはふと気がついて自分の姿を見た。
乱れた衣服と髪の毛、上気した頬。明け方に密室から出てきたふたり。さっき部屋から出るとき、自分はなんと言った?今夜は激しかったとか、一晩中だったとかなんとか言ったのではないか?誤解する要素が完璧に揃っている。冤罪のストレートフラッシュだ。
「ちがう、ちがうの・・・!そうじゃないの・・・!」
「いやいや、いいんだよ・・・いや、よくないけど・・・俺、黙ってるから・・・。」
ハルは驚いていた。ありきたりな犯罪者のような言葉しか出てこない自分に。窮地に陥った時、人は似たようなリアクションしか取れないということを身をもって学んだ。
「違うの!これは、あの・・・練習をしてたのよ!」
「れ、練習・・・?ふたりは本気じゃない、ってこと・・・?」
するとハルの後ろに控えていたウォーリーが、ズイッと進み出て言った。
「我もハルサマも本気デシタ。」
「アンタは黙ってなさいよ!」
話の途中で、彼はフラフラしながら去っていく。ハルは引き止めることもできず、その場に崩れ落ちた。
「ちがう・・・わたしはやってないの!」




