ハルさん、奮起する
「むむむ・・・。」
ハルは焦っていた。とても焦っていた。
つい先日、2ヶ月ほど行方不明になっていた彼が帰ってきた。それも、死んだと聞かされていた精霊様を連れて。
それはいい。
彼が普通ならあり得ないことをなんなく実現してしまうのはいつものことだ。だから彼がいなくなった時もきっと帰ってくると信じていたし、戻ってくる彼の横に当たり前のように精霊様がいるんだろうとも思っていた。だからそれはいい。問題は目の前の光景だ。
「ご主人さま、レイとオセロするです。」
「ん・・・いいけど、ネッコワークの計算能力をフル活用するのはナシだぞ。スパコン並みの演算能力を相手にオセロやって勝てるわけないだろ・・・。」
「ご主人様、レイとのオセロもいいですが、私とお部屋に行きませんか?」
「ぶー!姉さま、今日はレイがご主人さまと遊ぶんですぅー!」
「あらあら・・・では3人でオセロでもしましょうか。」
「ええ・・・マキちゃん相手にオセロとか・・・俺、勝ち目なくない?」
「じゃあご主人さまとレイが組むです!2人がかりでお姉さまと戦うですぅ!」
「うふふ・・・手加減しませんわよ?」
レイが、彼に懐いていた。
今まで精霊様にしか興味がなかったレイが、ウォーリーがYURIだYURIだと騒いでいたレイが、旅から帰ったらすっかり彼に懐いていた。しかもいつものネコの中に戻らず、彼の腕時計に入って四六時中べったりらしい。
その光景を見て、ハルは湧き上がる焦りを隠しきれない。
正直、まだまだ余裕を感じていたのだ。彼が精霊様にゾッコンというか、心の底から依存しているのは知っている。しかし現実的な問題として、精霊様には身体がない。だから、生身の人間である自分が入り込む余地はいくらでもあるはずだ。それに、1人の男性に複数の妻がいるのは、多くはないが珍しいわけでもない。
最悪、自分は第二夫人でもいい。第一夫人(電子担当)第二夫人(物理担当)というのもひとつの家族の形としてアリではないか。いざとなれば、この身体を使って無理やりにでも迫れば、ヘタレな彼は簡単に落とせると・・・そう思っていたのだ。男を誘惑したことなど1度もないが、自分が男性から好かれやすい見た目をしていることを、ハルは経験から知っていた。だから余裕があると思っていた。自分は物理担当だ、そう思っていたのだ・・・つい先日までは。
「ふふふー!ご主人さまぁ、なにかレイにして欲しいことはないですか?」
「ん・・・いや、特には・・・ないかな。オセロするんじゃないの?」
「じゃあレイとオセロしながらおしゃべりしてほしいですー!」
「おお・・・いいよ。っていうかさっきからずっと喋ってるじゃないか。」
「そうですよレイ。あまりご主人様のお邪魔をしてはいけませんわ。」
「マキ姉さまも一緒におしゃべりするです!」
「はいはい・・・仕方ありませんわね。ふふふ。」
なんだこれは。完全にハーレムだ。見れば分かる。第一夫人(電子)第二夫人(電子)が完成している。
なぜこんなことに・・・?思えば彼はモテる。
隣に越してきたサリーとかいう美人も明らかに彼を狙っているし、その前は女性のハンターチーム「ファイヤーアント」でもたくさんの女性から迫られたという。ガイが普段から彼のいいところばかり吹聴して回るので、実は店の女の子たちからも「無口で影のある若き天才大富豪オーナー」として密かな人気があるのだ。決してイケメンではないがスマート(というかガリガリ)な見た目に、本人はまるで気にしていないが、実は町で1番の金持ちであることは有名。しかも(人と喋らないから)偉そうなことを決して言わず、(本人は何もしてなくても)町を何度も救った英雄でもある。モテないはずがないのだ。今まで誰も言い寄ってこなかったのは、ひとえに彼が家を出ることが少ないからであろう。ナナとエドをよく連れているので、子持ちだと思われているのかもしれない。
「これはマズいデスね、ハルサマ。」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには豆腐のようなロボット頭。ウォーリーである。
「ななな・・・なにが?」
ごまかそうとするが、ウォーリーの大きな手がポンと自分の肩に置かれた。
「隠す必要はありまセン。あそこの一夫多妻制(電子)を見て焦っていらっしゃるのでショウ?」
お前はエスパーか!思わず叫びそうになるのをこらえる。ウォーリーは、黙っているハルをよそに話を続けた。
「さらに悪いニュースがありマス。・・・レイのボディ・・・大破寸前だったモノですが・・・エドサマが修復をしてマス。」
「それは知ってるけど・・・難しいんでしょ!?」
「確かに、並の人間では半生体アンドロイドの修復など不可能デスが・・・エドサマは順調に作業を進めていマス。ほとんど完成しているようデス。」
「そ、そ、そんな・・・。」
「第一夫人(電子)、第二夫人(物理)にレベルアップしてしまうのも、時間の問題なのデス・・・。」
ハルは思わずへたり込んでしまった。まだ時間がかかると思っていた危機が、もう目の前に・・・。どうすればいいのかわからず、途方に暮れる。
「いったい、アタシ・・・どうすれば・・・。」
するとウォーリーが膝をつき、ハルの顔をまじまじと見つめる。
「ハルサマ・・・ハルサマはとても魅力的デス。ご主人様もハルサマの魅力は良く知っていらっしゃいマスが、少し押しが必要かもしれまセン。」
「・・・押し?」
ウォーリーはそっと、ハルに向かって手を伸ばす。ハルはその手を虚ろな目で見ていた。
「我にお任せくだサイ。おちんちん様の忠実なしもべである我が、ご主人様をコロリと落とす方法をお教えいたしマス。」
「ウォーリー・・・。」
「オット、我に惚れてはいけまセンよ?我はもうイリス様のものデスからね。」
ハルはウォーリーの手をガシッと掴み、力を取り戻した瞳で彼のアイカメラを見返した。
「それはないわ。」




