そして日常へ
【前回までのあらすじ】
・え、誰?
「これが、今のネッコワークだよ。」
俺は今、ネコのカンパニー『ネコカン』本社の中を案内されている。ネコカン本社は思っていたよりずっと巨大なビルで、社員の数もすでに300名を超えているらしい。俺が姿を消してから1年も経っていないというのにこの拡大っぷりは凄まじい。急ごしらえすぎて組織として成り立たないのではないかと心配したのだが、見る限りはとてもちゃんとした会社である。きっとハルと、ダメ成金・・・いや、ガイがうまくやってくれているのだと思う。
「スゴイな・・・ユーザー数、50万?」
「そう、まだまだ伸びそうだけどね。僻地にある町の全部にはネッコワークを展開できてないし。」
ハルが見せてくれているのは、壁一面を覆う巨大なディスプレイに表示されたネッコワーク全体の図である。首都を中心とした放射状にネッコワークが伸び、周辺の町を繋いでいる。よく見れはもちろん町同士もネッコワークで繋がっており、またこれがある程度リアルタイムに最適化されていて、常に余裕のあるネットワークを実現しているのだ。これは俺が最初に思い描いていたネッコワークの完成図そのものであり、なにも言わずにこれを完成させてくれたことに素直に感動する。
「師匠、色々考えたんですけど、これが最適なネッコワークの形だと思ったんです・・・どうですか?」
いつの間にかエドが俺の隣に来て、心配そうに言った。そうだ、俺がやろうとしていたことを黙って理解できる人間がいるとすれば、エドしかいない。たった7歳・・・あれ、もう8歳?・・・なのにこの仕事・・・将来が心配だ。いい意味で。
「ああ、完璧だよ、エド。俺の理想通りだ。さすが、俺の自慢の弟子だよ。もう教えることは何もない。」
元からなにも教えてない気がするけど。しかし俺の言葉でエドは嬉しそうに笑い、さらに色々なことを教えてくれた。
「えっと、最近はですね・・・なんと、ハッキングを仕掛ける人が出てきたんですよ。」
「え、マジで?」
エドは自分が集めたハッキングや不正操作に関するログ(記録)を画面に表示して、説明を続けてくれる。
「例えばこれ・・・ネッコワークの特性を活かしたハッキングだと思うんですけど、特定のタイミングで同じネコ相手に特定のビット列を送信することで・・・」
「おお・・・なるほど・・・この手法は『ネコだまし』と名付けよう。」
「それからこれ・・・ハッキングというよりは、裏技みたいなものなんですが・・・」
「おお、そういうやり方があったか・・・そうだな、これは『ネコまっしぐら』だな。」
「別にネーミングを決めて欲しいわけじゃないんですけど・・・。ああそうだ、この、無線通信をわざと集中させることで、ネコを一箇所に集めるという技も一部で流行してて・・・」
「はぁ、おもしろいなぁ。これは『ネコの集会』だな。」
「いえ、だから、べつにネーミングを決めて欲しいわけじゃ・・・まぁいいですけど。」
エドからもたらされる情報は楽しいものばかりだった。
ハッキングの手法なんて3000年前の時点で出尽くしていると思っていたのたが、ネッコワークの利用者が行うそれの中には斬新で、俺でも唸ってしまうようなものがいくつもあった。
ネッコワークはM-NETのような、旧文明のネットワークとは構造が少し異なる。だから産まれてくるハッキング手法も新しい視点からもたらされるのかもしれない。特に「ネコだまし」なんかは色々と応用が効きそうだし、覚えていて損はない。
うん、ネッコワークが俺でも楽しめる広域ネットワークに成長する未来は、もうすぐそこまで来ている。今後が楽しみである。
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こうして数日を首都のネコカン本社で過ごした後、俺たちはネコの町に帰ることにした。ネッコワークの拡大もずいぶん進み、会社はガイに任せて、ハルたちも帰れるとのことだ。屋上ではドラちゃんが俺たちを待ち、社員の皆さんが見送りに来てくれた。俺まで偉くなった気分である。・・・誰の仕業かわからないが、俺の肖像画がネコカン本社に飾られていたので実際に偉いのかもしれないが・・・いや、俺はあんなにイケメンじゃないから、アレは俺じゃない。たぶん。
ドラちゃんのコックピットに乗り込もうとして、ふと気がついた。
「ん・・・座席がふたつしかないんだけど。俺とハルと、エドとナナ・・・足りなくない?」
俺の疑問に、前の座席に乗り込みながらハルが答える。
「エドはアタシのヒザの上に乗るから大丈夫よ。」
「ナナは?」
「ほら、あれ。」
ハルが指差す先にいたのは、すでに空を自由に飛び回っているナナだった。ナナは2本の足で、なにか三角形の空飛ぶ物体に乗り、自由自在に飛んでいる。まるで空飛ぶ座布団だ。・・・なんだアレ。3.0の視力でよくよくみると、ナナが乗っているのがとても小さな戦闘機・・・いや、ハリアードラゴンであることがわかった。
「え、アレ、ドラちゃんの子ども?もう飛べるの?」
俺の言葉に、ドラちゃんが野太い声で答えてくれる。
「はっ。小さすぎてコックピットに人は乗れませぬが、ナナ様がああして乗る分には問題ありませぬ。我が子もナナ様に懐いておるようで、自分から進んでナナ様をお乗せしたいと。」
「そうなんだ・・・。俺がやったら死にそうだな・・・。」
俺の言葉に、ドラちゃんは意外そうに言った。
「お戯れを・・・御身は我の全力飛行をも乗り切ったではありませぬか。人間離れした御業、素晴らしいものでした。敬服いたします。」
「え?あ、あれは金具が・・・いや、なんでもないです。」
なんかドラちゃんに尊敬されとる。金具が引っかかってたことは黙っておこう。
こうしてネコの町に帰還した俺たちは、ようやくいつもの生活を取り戻した。みんながいて、のんびりしていて、そして時々ネコの町が存亡の危機にさらされる・・・そんな生活だ。
だが、世の中に変わらないものなんてない。俺たちの生活も、ちょっとずつ確実に変化していくのだ。その変化は些細すぎて誰も気が付かないこともあれば、明確なサインを持ってやってくることもある。
今回は後者だった。
「ごめんください。お隣に越してきた者です。」
帰宅したその日、玄関から女性の声がした。いつもなら来客はハルに任せてしまうところだが、その声に聞き覚えがある気がして俺は急いで玄関に出た。
「・・・え、なにしてんの?」
「だから、お隣に越してきたのよ。これからよろしくお願いするわ。」
「・・・いや、だって、仕事は?」
「ネッコワークが普及したから問題ないわ。ユニオンの人材はみんな優秀よ。私がいなくても問題ないわ。」
「・・・マジで?」
「・・・マジよ。」
その人はいつものように綺麗な黒髪をなびかせ、悠然とした態度で佇んでいた。その顔はいたずらっぽく笑っていて、俺を驚かせようとしていたのは明らかだ。とにかく引っ越しのご挨拶に来てくれたのだから、俺としては歓迎する他ない。
「これからはお隣さんとしてよろしく、サリー。」
なんかここしばらくエピローグみたいになってしまいましたが、まだまだひと波乱あるのでそこんところよろしくお願いします。




