再会
【前回までのあらすじ】
・帰ってきました
「ご主人様・・・朝ですよ、起きてくださいな。」
耳元で、天使のように美しい声が聞こえる。
俺の身体は食べる必要もなければ眠る必要もない便利なものだけど、それでもたまにこうしてグッスリとベッドで眠ることがある。それは精神的にひどく疲れた時や、あるいは今回のように長旅から帰ってきた時だ。柔らかくて清潔なベッドで快適に眠るという行為には、何物にも代えがたい癒やし効果があるのだ。俺は今、久々の自宅のベッドを堪能していた。
「ご主人様・・・ご主人様。」
ナノマシンが完璧に体調を調整してくれるので、俺の目覚めはいつも快調だ。すでにぱっちりと目は覚めているが、柔らかい布団に包まれながら、天使の声で起こされるという状況をもう少し楽しんでいたい・・・そんな気持ちで、俺はグズグズと布団に顔を埋めている。
「ご主人様・・・ご・・・・あ、あなた?起きてください?」
「はっはい!」
突然の「あなた」呼びに驚いて、勢いよく起き上がる。目の前にはほんのりと頬を染めたマキちゃんが、朝日の中で微笑んでいた。今日も彼女は前髪の1本1本に至るまで完璧に艶やかで美しく、まさに天使か女神様といった風情であるが、珍しく照れている様子が人間らしさをプラスしてさらに魅力を加速させている。
「・・・おはよう、マキちゃん。」
「おはようございます。ご主人様。」
「ん・・・もう『あなた』って呼んでくれないの?」
「・・・もう少し、練習が必要ですわ。」
そう言ってプイッと顔を背けるマキちゃんに、俺のテンションは朝からオーバードライブ状態である。彼女にボディがなくてよかったと思う。もし物理的な接触が可能だったら、朝からそれはもう大変なことになっていたことは間違いない。
「今日もいい天気だねぇ・・・。」
「はい、そろそろ迎えが来る時間ですわ。お支度をなさってください。」
軽く身支度を整えて外に出ると、玄関先ではイヌのクロとネコのシロがいつも通りにのんびりと日向ぼっこしているところだった。俺をチラリと見ても、「なんだ、お前か・・・」という感じにすぐに興味を失って2人の世界に戻っていく。あれ、確か俺がクロの主人のはずなんだけどな・・・まぁいいけど・・・。
俺が長い旅から戻ってきた時、ネコの町にいたのはウォーリー夫妻とランスさんだけだった。ハルもナナもエドも姿はなく、昨日はガランとした自宅でひとり寂しく眠ったのだ。いや、厳密には寝る前に、マキちゃんによる白い触手による激しいアレがアレしたのだけど、そこはまぁアレなので割愛する。
ニックとリリィは遺跡の近くの町で別れ、サリーとはこのネコの町の入り口まで一緒にやってきた。うちに泊まっていってもらおうと思ったのだが、「お邪魔になるから、適当にそのあたりで宿を取るわ」というが早いか姿を消してしまった。実にあっさりとした別れだ。彼女はいつも唐突にやってきて、唐突に去っていく。
ちなみにレイもネコのボディに入り直した後、サリーについていった。完全に友達・・・いや、マブダチである。サリーには返しきれないほどの恩があるのだけど、しばらくこの町にいるのならそのうち返す機会もあるだろう。
プラズマライフルの林に向かうと、そこにはウォーリー夫妻と俺の迎え・・・ハリアードラゴンのドラちゃんが到着していた。
「ウォーリー、おはよう。」
「おはようございマス。ご主人サマ。昨夜はお楽しみでしたネ?」
「んなっ・・・なんでそんなこと知ってるんだお前!」
「フッフッフッ・・・適当にカマをかけてみただけデスよ。」
「や、やられた!」
そんな俺たちのやり取りを見ていたイリスさんが、少し頬を染めながら、汚れなど微塵もなさそうなキラキラした瞳で言った。
「あの、ウォーリー・・・?精霊様は触れられないんじゃないの・・・?」
「ん、そうデスよ?」
「じゃあ、その、どうやって、夜の、そういうの・・・するの・・・?」
「私がお答えしましょう。それにはまず、白いしょくし」
「「知らなくてもいいデス」」
静かな林の中に、俺とウォーリーの声がシンクロする。楽しそうに解説を始めようとしていたマキちゃんがちょっとむくれていた。
「それじゃ、行ってくるね。」
「行って参りますわね、ウォーリー、イリス様。」
「ハイ、お気をつけて。」
「いってらっしゃいませ、旦那様、奥様。」
ウォーリー夫妻に見送られて、俺たちはドラちゃんに乗り込む。さり気なく奥様と呼ばれたマキちゃんは、あからさまにご機嫌だ。
目的地は首都。昨日のうちにマキちゃんがハルに電話したところ、「首都まで来て欲しい」という話になったのだ。ドラちゃんに乗れば一時間もかからないため、移動は簡単だ。
・
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久しぶりに見た首都は相変わらず大きく、どこまでも街が広がっている。サリーの話では、これが全部モリサワに関連した建物なんだったか。すごいなモリサワインダストリー。地下にも怪しげな施設やネットワークを作ってたし、俺の想像を遥かに超えた大企業だったらしい。ドラちゃんは迷うことなく街の中心地にあるひとつのビルの屋上に降り立った。そこにはスーツ姿の大勢の人たちが並んでいたが、よく見ると見慣れた顔が混じっている。
「おとぉーーーーーーさぁーーーーーーーん!」
「ナナ!会いたかったよ、ナナゲフゥ」
人垣の中から飛び出してきたのは、人形のように美しく、しかしとても子どもらしい満面の笑みを浮かべた7歳ぐらいの少女・・・ナナだ。今日はパンツスーツのような格好をしていて、キャリアウーマンのコスプレをしている子ども、っていう感じだ。その後ろにはいつもの作業着に身を包んだエド、そして・・・
「おかえり、にーさん。精霊様。」
「ただいま・・・ハル。」
ナナのようなスーツに身を包んだハルが、風に長い髪を揺らしていた。その瞳はまっすぐに俺を見ていたが、次第に熱を帯び、そして涙が落ちた。彼女はただ黙って、静かに俺の胸に飛び込んできた。
「あの・・・なんだ・・・心配、かけたね、ハル。ごめんよ。」
「・・・んーん。帰ってくるって信じてたから。にーさんも、精霊様も。」
「ありがとう、ハル。」
ハルはしばらくそうしていたが、突然バッと身体を離した。その顔は涙で濡れているが、笑っている。そういえば、ここには沢山の人がいるな。みんなスーツ姿で、こちらを黙って見ているのだ。ひょっとして、これはみんなハルの部下なのだろうか。
「にーさん、ここはネコのカンパニー・・・『ネコカン』の本社だよ。周りにいる人達は、みんなうちの社員。」
「おお・・・ウォーリーからざっと聞いてたけど、スゴイな・・・。ハル、いつの間にか大企業の社長になったの・・・?」
俺の言葉に、ハルは首を振った。
「社長はアタシじゃないよ。アタシは現場から離れられないタイプだからね。社長はにーさんも知ってる人だけど。」
「・・・え、誰?」
すると、スーツの群れから1人の男性が颯爽と進み出てきた。趣味の悪いサングラスに葉巻をくわえ、指にはゴテゴテした指輪をいくつも付けている。典型的な成金って感じだが、まさかこれが社長か?
男は俺の前に進み出ると、深々とお辞儀をした。そしてニヤリと悪そうに笑うと、俺に右手を差し出す。俺は軽くビビりながら、その手を握り返した。こんな知り合い、いたっけ・・・?
彼は、言った。
「アニキ、絶対帰ってくるって信じてましたよ!だから、俺が社長になって、代わりにネッコワークを大きくしておいたッス!また、俺と一緒にネコで天下取りするッスよ!」
「・・・え、誰?」
「なに言ってんスか、ガイですよ。アニキの第一の子分、ガイッスよ。」
ガイ?ガイってあの、ケーブル剥がしのガイ?え?見た目は割と爽やかイケメン系だったガイくん?
俺の中のガイと、目の前の成金デビューに失敗したダメ成金みたいな男がどうしても結びつかず、俺の口からまた同じ言葉が漏れた。
「・・・え、誰?」




