友達
【前回までのあらすじ】
・なんかプロポーズしてしまった件
「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。」
マキちゃんはそう言って、深々と頭を下げた。頭を上げた時、彼女の瞳はまた涙で濡れていたけど、その顔は今までに見たことがないほど美しく微笑んでいた。ああ、どうして俺はマキちゃんに触れることができないんだろう。
プロポーズ自体はさすがの俺でもちょっとどうかと思う感じだったけど、彼女はとても幸せそうで、俺も幸せだ。俺は一体、500年も何をグズグズしていたのだろうか。細かいことばかり気にしないで、さっさとこうしておけばよかったんだ。ごめんよマキちゃん。
どれくらいそうやっていたのかわからないが、俺とマキちゃんは完全に2人の世界に入り込んでいたらしい。みんなが空気を読んで静かにしてくれている中、そいつの声が甘い空気をぶち壊した。
「なぜ・・・マキちゃん、俺の完璧なプロポーズは断ったのに・・・なぜ・・・!」
コピーは怒りのあまり蒼白になり、噛み締めた唇の端から血を流して俺の方を睨んでいる。もの凄く怖い表情だ。俺もあんな顔芸ができるのだろうか。アレが俺と同一人物だというのがちょっと信じられない。
「あの・・・なんだ、はじめまして・・・俺?」
俺はエリートの残骸に歩み寄った。コピーは俺を睨みつけている。
「貴様・・・オリジナル・・・やはり、お前はどうにかして殺しておくべきだった。うまく爆発に巻き込むか、解凍した時点ですぐに手を打つべきだった・・・俺のミスだ。」
「え?爆発?解凍?」
「お前は俺だ。もし電子の神になった俺を殺すことができるヤツがいるとすれば、それはこの世界でお前だけだ。だから俺は警戒した。地下深く存在しているM-NETを発見されないよう、お前が近づく度に施設を吹き飛ばして遠ざけた。俺はお前を恐れていたんだ。」
「・・・あ、遺跡に行く度に爆発してたのは、お前のせいだったの?危ないじゃん・・・。」
「だがそれは間違いだった。お前はどんな手を使ってでも、殺しておくべきだった。」
「ええ・・・お前は俺なんでしょ?なんていうか、自殺願望?そういうの良くないよ・・・?」
「この状況を招いたのは俺だ。恐怖心に負けた俺のミスだ。」
「え、ちょっとなに?ちゃんと会話しよ?言葉のキャッチボールしよ?」
「マキちゃんは俺のものだ。まだ間に合う。お前を消せば、俺のところに帰ってくるはずだ。」
「もしもーし?なんか怖いこと言ってない?大丈夫?そうだ、俺が作った地上のネットワーク見てよ。ネッコワークっていうんだけどさ。いいネーミングでしょ?」
「もう俺は逃げも隠れもしないぞ。世界を今度こそ、完璧に作り変えてみせる。お前たち生身の存在は俺の世界には不要だ。」
「なに、怒ってるの?ああ、いや、いきなりマキちゃんにプロポーズしたのは悪かったけどさ・・・でもほら、そこはほら、お互い様っていうか・・・俺もお前なんだし、いいじゃん?だめ?ダメか。」
「そうだ、もう一度・・・もう一度テラフォーミングする。今度は、完璧に。それで終わりだ。みんな消えてしまえばいい。」
「おーい。なんだ、動画サイトも作ったからさ、見ると落ち着くよ?まだウチの変態ロボットが踊ってる動画しかないけど・・・。そうだ、今度、娘も紹介するよ。やたら強くて超かわいいんだよ。」
「消す・・・みんな・・・消す・・・マキちゃんは、俺のものだ・・・。」
「ああそうだ、こういうのはどうだ?マキちゃんを頂点とした逆ハーレムを作るんだ・・・うん、ちょっと受け入れがたい気もするけど、そこは俺も努力するよ。俺、物理的夫、お前、電子的夫。一妻多夫制だな。まぁ多夫っていっても同じ人間だし、仲良くできるかもよ?・・・マキちゃんが嫌がるかな?」
「・・・きえろ。」
「え?大きな声で言ってよ。言葉のキャッチボールしよう?」
「うるさい、消えろ。」
エキィーンの身体がバチバチと音を立てて放電し始める。胴体の中心が輝き始め、近くに立つ俺の頬を熱い空気がなでた。
「こいつ、自爆する気ね。巻き込まれる前に逃げるわよ。」
サリーの合図で、俺たちはすぐに走り出す。マキちゃんが一度、心配そうに彼を見たが、何も言うことはなかった。上り階段を駆け上がり、とにかく地上を目指して駆けていく。マキちゃんが手元にいる以上、俺たちを巻き込むような爆発はしないだろうと思っていたが、やはり爆発は小規模なものだったようだ。遠くで爆発音が聞こえた後、わずかに通路が揺れて天井から土が落ちてきたが、それだけだった。
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「・・・あいつ、ホントに俺なの?ぜんぜん会話が成り立たないんだけど。」
敵らしい敵も出現しない中、俺たちは出口を探して遺跡の中を歩いている。マキちゃんは黙って物憂げな表情を浮かべていた。
「ええ、それは間違いありません。ただ、3000年も孤独に過ごしていらっしゃいましたから、パーソナリティに大きな変化が見られます。もうほとんど別人と考えてもいいのかもしれませんわね。」
「そっか・・・ハッキング友達になれるかと思ったのに・・・。」
「ご主人様・・・。」
マキちゃんは思う。
冷凍から目覚めてまだ1年ほどしか経っていないにもかかわらず、こちらの主人もずいぶん変わったものだと。引きこもってひたすら愉快犯的なハッキングを繰り返していた頃の彼なら、こんなに自然に「友達」という言葉を使うこともなかっただろう。彼もまた、この短期間で成長したのだ。その成長は彼女にとって、とても好ましいように思える。コピーとは全く違う方向への成長だ。
しげしげと彼の横顔を見つめていると、彼はふと気がついたようにマキちゃんの方を見た。
「そうだ、それ。」
「はい?なんでしょうか、ご主人様?」
「そのご主人様っていうの、やめない?ほら、あの、その、ほら・・・俺たち、けけけけ結婚、するわけですし・・・?」
「!」
マキちゃんはまた、耳まで顔を赤く染めた。ボンッ!と効果音が聞こえそうなほどの反応である。
彼は思った。
ああ、そうだ、たしかに・・・このひとは、相手が自分のコピーでも、絶対に取られたくないなぁ。
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そんな2人を、少し離れた後方から見守る人物が2人。
1人は油断なく刀を構えて歩く黒髪の美少女サリー。その腕には腕時計が巻かれ、レイがそこにインストールされている。マキちゃんとその主人を、少しでもふたりっきりのようにしてあげようという配慮である。
「サリー・・・ご主人さまがあっさりと取られてしまったですよ。なんでそんなに普通なんです?」
レイは寂しげに、しかし諦めたような表情でサリーを見た。サリーはどこまでもいつも通りで、それどころか鼻歌交じりで歩いている。
「ふふ・・・何を言ってるのよ。マキさんが帰ってきたら、こうなるに決まってるじゃない。最初からわかっていたことよ。いきなりプロポーズは驚いたけどね。」
「むう・・・まぁ、そう、ですけど・・・。」
「あの彼の顔を見なさいな。やっぱり、マキさんがいてこその彼なのね。」
「・・・。」
彼の表情はいつもと変わらないように見えるが、しかしどこか柔らかいというか、心からの安心感がにじみ出ているようだ。そんな彼を見ると、レイの心も自然と明るくなる。
「サリーは、すごいですね。レイは、嬉しいですけど、やっぱり、ちょっとさびしいです。もうレイの相手はしてもらえないのでしょうか・・・。」
そんなレイに、しかしサリーは余裕の笑みを見せた。その態度にレイは戸惑いを隠せない。
「サリー?」
「レイ・・・あなた、この世界に一夫多妻を禁じる法律やルールがあると思っているの?」
「え?」
「あなたがそんな調子なら、第二夫人の座は私で決まりね。いえ、それこそ彼のコピーとかいう存在にマキさんが乗り換えるという可能性もあり得るわ。そうしたら私が第一夫人に昇格よ。」
「え?ええ?」
「彼も私もあなたも、基本的に不死身で、不老不死よ。不慮の事故で死んだりしなければ、いくらでもチャンスはあるわ。諦めなければね。」
「・・・!」
「もちろん、諦めるなら好きにしたらいいわ。ライバルが減るのは歓迎よ。」
いたずらっぽく笑うサリー。どこまで本気なのかはわからないが、その言葉でレイは自分の心に光が差したように感じた。
「サリー!」
「なによ。」
「なんなら、サリーと結婚してあげてもいいですよ!」
「ふふっ。私は嫌よ。お友達でいましょう?」
「レイとしたことが、またフラれてしまったのです!ふふふ!」
暗い遺跡の中、2人の笑い声が響いた。出口はもうすぐだ。




