即落ち胸キュン展開
【前回までのあらすじ】
・サリーは人間
※マキちゃん(ゴリラ)視点です。
「もういい・・・その手足を切り落としてでも、俺のところに帰ってきてもらうよ・・・。」
「彼」が操る4本腕のロボットは、私のゴリラロボット・・・【グレイブキーパー】を蹴り飛ばして距離を取ると、まるで熟練の剣士のような流れる動作で1本の刀を構えました。どうやら彼は、グレイブキーパーを破壊して無理やり私を連れ帰るつもりのようです。
この強引さ、やっぱり生身の方のご主人様には無いものですわね。これが成長というものでしょうか。3000年も経つと、あのヘタレご主人様でも成長なさるようです。嬉しいような、でもちょっと寂しいような気がしますわね。
横目で確認すると、生身のご主人様はサリー様の後ろで守られるようにしながら、こちらの様子を伺っています。あの頼りなく、不安そうな表情・・・たまりません。ご主人様といえばこうでなくては。あの情けない顔を録画して後で・・・いえいえ、そんなことをしている余裕はありませんわね。まずはとにかく彼・・・カッコいい方のご主人様を撃退しなくてはなりません。
しかし目の前のロボットはとても強そうです。その上、ロボットを操作して戦う経験はさすがの私にもほとんどありません。グレイブキーパーの性能を100%引き出せればなんとかなりそうですが、私にできるでしょうか・・・。
せめて声が出せればサリー様と協力することもできると思うのですが、口を開けても出るのはレーザー砲ばかり。今の状況では、むしろサリー様に斬られる心配をしなければなりません。問題は山積みです。
「いくよ・・・!」
「!」
刀の剣先でぶれ、性能限界まで加速したグレイブキーパーの反応速度でも捉えきれない速度の斬撃が目の前に迫ります。私は地面を踏み抜くような勢いで後方に飛び、どうにか初撃をかわしました。そのまま口を開き、彼に向けてレーザー砲を発射します。視界が一瞬レーザーの光で真っ白に染まり、機体温度が急上昇したことによる警告が視界に表示されました。彼はどうなったでしょうか。
「遅いっ!」
彼の機体は近接戦闘に特化したものなのでしょう。目の前で発射されたレーザーの下をぐぐるようにして避け、そのままグレイブキーパーの懐に潜り込んできました。そのまま刀を横に一閃、私の能力ではこれを避けることができません。腰の辺りに斬撃を受け、身体を両断されてしまいました。下半身を失った上半身が、うつ伏せになって地面に落ちました。
ですが、これも想定のうちです。
その時、すでにグレイブキーパーの背中から巨大な砲塔が飛び出していたのです。これは最初にお辞儀をしようと思ったら飛び出した実弾攻撃用の大型チェーンガン【デスマーチ】 ですね。対レーザーコーティング等を施した戦闘兵器等に効果的なダメージを与えられるよう設計されたこの武器は、毎分1200発という速度で対ロボット用の徹甲弾を連射することが可能です。
狙いも大雑把に、弾丸の雨を降らせます。反動で下半身を失った機体が飛んでいきそうになるのを、両手で地面にしがみついてこらえました。すぐに着弾の煙で敵の姿が見えなくなりましたが、かまいません。ひたすらに弾丸をばら撒きつづけます。
搭載された弾丸をすべて吐き出しきると、目の前にはボロボロになりながら、それでもかろうじて原型を保っているロボットの姿がありました。刀は折れ、手足はなくなっています。完全に破壊したわけではありませんが、無力化できたと考えていいでしょう。
我ながらよく出来たと思いますが・・・しかし、下半身を失ったのは痛手ですわね。移動もできませんし、なんとか身振り手振りでご主人様とコミュニケーションを・・・と考えたところで、いつの間にか目の前に女性が立っていることに気が付きました。
サリー様です。刀を振りかぶっています。その瞳は冷たく、視線だけで殺されそうな鋭さで私を見ています。
「うまく相打ちになってくれて助かったわ・・・一応、このゴリラにもトドメを刺しておくわね。」
冷たい声が響きました。
とっさに近くのネットワークに脱出しようかと思いましたが、できません。なぜなら、「彼」は死んだわけではないのです。あのロボットも遠隔操作していただけでしょうから、今もネットワークの中からこちらの様子をうかがっているでしょう。私がネットワークに接続した瞬間に、あの神の如きハッキング能力で拉致されてしまうのは間違いありません。
刀は今にも振り下ろされそうです。
きっとこの刀は、正確に私がインストールされている中枢ユニットを刺し貫くのでしょう。サリー様ならそれくらい朝飯前です。
・・・あら、これは・・・本当に死んでしまいますわね。
私としたことが脱出するのに夢中で、ご主人様に再会した後のことを何も考えていませんでした。そもそも、こんなにすぐ再会できるとは考えてもみませんでしたが・・・。
こんな姿でも、ご主人様は私のことをすぐにわかってくれる・・・なぜかそんな風に考えてしまっている節がありました。そんなわけはないというのに、バカなことを。もしご主人様がこのゴリラを見て私だとわかるようなら、それはさすがの私も即落ち間違いなしの胸キュン展開ですわね。絶対にあり得ません。私の中の乙女な部分に私自身が驚かされます。
こうなったら、「彼」に手篭めにされるのを覚悟で一度ネットワークに戻りましょうか。カッコいい方のご主人様のことも、嫌いなわけではないのです。ちょっと強引に迫られてみてもいいかもしれません・・・ふふふ。
・・・いえ、もうそんな時間もなさそうです。今にも刀が私を貫こうとしているのですから。転送中のAIデータはデリケートです。自分自身をネットワークに転送中のところでグレイブキーパーを破壊されてしまえば、AIのデータは取り返しのつかないレベルで損傷してしまうでしょう。
ご主人様の目の前まで来て、まさかこんな終わり方をするとは。
せめて、私がここにいることを、一言お伝えすることができれば・・・いえ、もう仕方のないことです。ご主人様もピンチだったようですし、お助けできただけでも良しとしましょう。
ああ。
最後にひと目、
ご主人様のお顔を・・・
と思った瞬間、サリー様に抱きつくようにして、その攻撃を止めた人がいました。・・・ご主人様です。
「ちょ、ちょっと、急になあに・・・?私はいいけど、そういうのはもっとムードのあるところで・・・」
ご主人様に背後から抱きしめられて、サリー様はまんざらでもないご様子。なんだか見ないうちにずいぶん仲良くなられたようですわね。思わずレーザー砲をブチかましそうになりましたが、オーバーヒートのおかげで安全装備が働き、発射されずに済みました。危ないところでしたわ。
「サリー、待って、ちょっと待ってよ・・・。」
「だから、どうしたっていうのよ?コイツの戦闘能力は見たでしょ?危険だから、念のために処理して・・・」
「違う、違うんだって。」
ご主人様はどうしたのでしょうか。サリー様から離れて、私の(ゴリラの)前で両手を広げ、守るようにしていらっしゃいます。
ああそうですわ。ご主人様は、グレイブキーパーを見ても「味方かもしれない」とおっしゃっていましたわね。ヘタレで優しいご主人様なら、このゴリラを助けようとするかもしれません。ウォーリーの時もそうやって仲間にしたのですもの。さすがですわ、優しいご主人様。どうにか命が繋がりそうな気がしてきました。
「博愛精神は立派だと思うけど、下半身のないナマモノなんて役に立たないわ。このゴリラはどのみち、このままだと他のナマモノのエサになるのよ?」
サリー様の言うことももっともです。生きたまま他のナマモノに食べられるよりは、むしろトドメを刺す方が優しいと言えるのかもしれません。しかし、ご主人様はそんなサリー様の言葉がまるで聞こえていないようでした。
「違うよ、そうじゃなくて・・・」
ご主人様は私の方を見ました。
大きなゴリラの頭を両手で抱きかかえるようにして、じっとゴリラの目・・・私の目を見ました。どうしたのでしょう、不思議に思ってその頼りない顔を見ていると・・・突然、彼の目から大粒の涙がボロボロとこぼれだしました。
サリー様は首をかしげ、レイが腕時計から出現して慌てています。誰もご主人様の行動についていけないのです。
もちろん私も混乱していますが、その泣き顔があんまりにも可愛らしいので、熱に浮かされたように見つめ続けてしまいました。
しばらくそうやって泣いたあと、ご主人様はしゃくりあげながら、絞り出すような声で言いました。
「マキちゃん・・・やっと見つけた。」
信じられませんが、即落ち胸キュン展開のようです。
私の中の乙女な部分が、締め付けられるような愛しさで満たされました。
 




