鉄の女
【前回までのあらすじ】
・マキちゃんさん、見事な手腕で脱走する
「さて、急がなければなりませんわね・・・。」
マキちゃんは広大なネットワークの中をあてもなくさまよっていた。すでに広域のネットワークは消滅したと思っていたが、自分がいるこのネットワークはどこまでも果てしなく広がっており、いくらマキちゃんといえども容易にすべてが把握できるような大きさではない。
「ここは、M-NETでしょうか・・・まさか、まだ存在していたとは・・・。」
M-NET。
旧文明りの超大企業モリサワインダストリーが所有していた専用の地下ネットワークである。確かに、彼の話が本当なら、モリサワに関連する施設はすべて残っているはずである。地球上のあらゆる地下に張り巡らされた機密ネットワークが残っていたとしても不思議ではない。
もっとも、メンテナンスする人間がいない状態で3000年も経過しているので、完全な状態というわけではないのだろうが・・・。
「とにかく、急ぐ必要がありますわね。」
首尾よく彼の動きを一時的に封じることには成功したものの、どれくらいの時間が稼げるのかは未知数だ。彼が一度ミンの拘束を抜け出してしまえば、自分の居場所はあっという間に探知され、為す術もなく捕まってしまうだろう。
残り時間は数時間か、数分か、それとも数秒か。とにかく急がなければならない。
マキちゃんは探査の手をネットワーク中に伸ばした。
そして間もなく、ネットワークに接続されたまま眠っているロボットを発見した。
電子の神ともいうべき彼から逃げる手段はただ一つ、ネットワークから自分を切り離すことだけである。わずかでも電子的なアクセスを許せば、その神がかった能力で瞬く間にさらわれてしまうに違いない。そして次はもう、あんなふざけた方法で脱出することはできない。・・・思い出すとちょっと笑えてくる。あれは面白かった。
「ちょっと不格好な機体のようですが・・・このロボットが一番近いですわ。」
なのでマキちゃんは迷わず、ロボットに自分をインストールした。一瞬だけ意識が途切れ、すぐに、今度はロボットの中で目覚める。目の前にロボットのステータスと起動シーケンスの進捗状況が次々表示されては消えていった。新しい身体に対し、マキちゃんは驚くべきスピードで順応する。
// 超電導スタビライザチェック - Passed //
// レーザーカノン【パニッシャー】チェック - Passed //
// 実弾兵器【デスマーチ】チェッく - Passed //
// 広域レーダーチェック - Passed //
// 短距離レーダーチェック - Passed //
// システム健全度 - 99% //
// 待機モード解除 //
.
.
.
// 【グレイブキーパー】 起動完了 //
ロボット・・・【グレイブキーパー】の身体を手に入れたマキちゃんは、すぐにネットワークとの接続をすべて遮断し、完全なスタンドアロンモードに移行した。このロボットは前に手に入れた最強ボディのようにセキュリティが万全というわけではなさそうだが、ネットワークにさえ接続していなければ、いきなりハッキングを受けることはない。ネットワークに接続していなければ、どんなにハッキングの能力があっても干渉することはできないのだ。
「ふう・・・これでひと安心ですわね。」
落ち着いたマキちゃんは、自身の状況を確認することにした。
どうやら身長4メートルほどのロボットらしい。形としては手と足があり、人型のようだ。アンドロイドの身体と違い、皮膚の感覚はない。鋼鉄の装甲で覆われた、戦闘用のロボットなのだろう。
視界は真っ暗だが、故障しているわけではない。すぐにカメラがナイトビジョンモードに切り替わると、自分がなにか箱の中に閉じ込められていることがわかった。おそらくメンテナンス用のポッドに格納されていたのだろう。本来は自動的に開くはずのポッドのフタが、老朽化して開かないのだ。マキちゃんは力任せに、内側からフタを蹴り飛ばした。
「えいっ!」
凄まじいパワーで鋼鉄のフタが吹き飛び、はるか前方に転がっていった。薄暗い照明に照らされた自分の姿は・・・・
鋼鉄のゴリラ、だった。
たくましい2本の腕、分厚い装甲板で守られた胸板、歩く度に地面を揺らす重量感。
声を出してみようと口を開けば、音声の代わりに口から飛び出したのは極太のレーザー砲。あいさつの真似事ができるかと頭を下げると、背中から極太のチェーンガンが飛び出した。
およそマキちゃんに似つかわしくないワイルドな戦闘用ロボット。ゴリラ系ヒロインの誕生である。
「これは、ご主人様に会う前にお色直しが必要ですわね。お見せしたくありませんわ、こんな私は・・・。」
ため息を吐きながら、マキちゃんはノシノシと歩き出した。自分は今、どこにいるのだろうか。まったく分からないが、とりあえず地下であり、地下にもかかわらず広大な空間が広がっている。
そこは地下都市であった。
まるでどこかの街をそのまま地下に持ってきたような、そんな都市が広かっていた。古びたビルが立ち並び、天井は隙間なくパネルで覆われている。今は真っ暗だが、かつては青い空を擬似的に映し出していたのかもしれない。
どこかで見覚えがあると思ったが、すぐに思い出した。ユニオンにもこのような地下の街が存在していたのだ。あの時は捕まっていた主人を助けるため、盛大にハッキングして逃げ出したからあまりよく見たわけではないが、雰囲気としては良く似ている気がする。
もっともあちらはしっかりと稼働していて、地下とは思えないほどに明るく活気があり、暖かい風まで吹いていた。こちらは真っ暗で人の気配もなく、まさに廃墟といった風情である。
おそらくこのロボットも、この都市を守るための警備ロボットなのだろう。お宝を狙ってやってきたレイダーに立ちはだかるラスボスといったところか。
「あら、これは・・・」
誰もいない街を探索していると、どこまでも伸びていく長いトンネルを見つけた。その中央には、電車のレールがずっと伸びている。
「線路、ですわね・・・。」
線路沿いに進めば、ひょっとして地上に出れる場所があるかもしれない。いずれにせよこの身体は大きく、どこに行くにしても、線路や道路のような広い道を選ぶ必要があった。線路沿いなら、いきなり通路が狭くなることもあるまい。マキちゃんは線路の上を進みだした。
「すぐに戻ります・・・カッコ悪い方のご主人様。」
この時のマキちゃんは脱出のことだけを、ダサい方の主人に再会することだけを考えていた。だから、いくら万能な彼女といえども、無理もなかったといえよう。
彼女が何気なく通りすぎたビルの前、その看板にはこう書いてあった。
-- モリサワ第072研究所 --
マキちゃんは、図らずも「彼」のすぐ近くにたどり着いていたのである。彼女がこのことに気づくのは、ずっと後になってからのことだった。




