違和感
【前回までのあらすじ】
・マキちゃん、研究所と一緒に爆死する
・主人公、マキちゃんを諦めきれずその残骸を探す旅に出る
・主人公、レイに全裸で土下座する
・主人公、ついにマキちゃんの身体を発見するも中身がいなくてがっかりする
・マキちゃん、実は中身は脱出していたので爆死してなかった ← いまここ
「本当に・・・ご主人様ですの?」
マキちゃんは訝しげに目の前の人物を見た。ここはどこか彼女の知らないネットワーク上であり、電子空間といってもAIである彼女が仮想的に空間を認識しているに過ぎない、いわばかりそめの場所である。だから「見た目」といっても簡単に偽装できるし、見た目がそっくりだからといって必ずしも本人であるとは限らないのだが・・・。
しかし目の前に存在しているのは彼女の愛する「主人」そのものであった。
じっくりと観察すると、先ほどまで一緒にいた生身の主人とは少しだけ違うような、どこか違和感のようなものを感じる。そう、マキちゃんの視線に照れながらポリポリと頬をかいているその姿は、しかし不思議と「自信」のようなもの・・・彼女の主人には1ミリもなかったはずのもの・・・を感じるのだ。
いつも頼りなく自信なさげでオドオドしているのがマキちゃんの主人であるはずなのだが・・・目の前の人物は姿勢良く、またその視線はまっすぐにマキちゃんの方を見ていた。
平たくいえばキョドっていない。そのまっすぐな瞳に、むしろマキちゃんの方が頬を染めてしまうほどだ。
彼は言った。
「ああ、俺だよ。」
その声、その仕草、全てが本物の彼だと訴えかけてくる。彼を見分けさせたら地球で、いや、銀河系で並ぶもののいないマキちゃんの目をもってして、これは本人に違いないと確信させるものがあった。
「でも・・・ご主人様は先ほどまで私と一緒にいたはず。それにその身体・・・生身の人間がAIのように『ここ』にいるなんてあり得ませんわ。」
「ああ、でも俺なんだ。・・・ちょっと、ごめんよ。」
「きゃっ・・・あ・・・あ・・・」
彼はそういうと、自然な動作でマキちゃんの前に移動し・・・そのままそっと、抱きしめた。
「ごしゅ・・・ごしゅじん・・・さま・・・あ・・・」
「マキちゃん・・・会いたかった・・・」
マキちゃんに伝わる彼の体温、優しく包む腕の感触、ふわりとした匂い。もちろん全て仮想的なもので、本物の刺激ではない。しかしマキちゃんの思考回路をショート寸前に追い込むに十分なものだった。
自分が物理的なボディを手に入れられないのなら、彼に電子的空間に入ってきてもらえばいい。そうすれば彼に触れることができる。触れてもらうことができる。何度も何度も妄想したシチュエーションである。
脳内シミュレーションは一部の隙もなく完璧。妄想と違うのは、言葉を失っているのがマキちゃんの方だということぐらいだ。妄想の中ではいつも、マキちゃんが主人をヒィヒィ言わせるのだが・・・実際には逆だった。
現実問題として、生身の人間がAIになり変わることはできない。だから彼女は物理的なボディを求め続けた。それが彼女の望みを叶える、唯一の方法だったからだ。
だが実際にはどうだ。彼は今、ここにいる。そして自分を抱きしめている。
マキちゃんは幸せに包まれていた。AIのアバターが分解しそうになるほどの歓喜が全身を駆け巡り、かりそめの心臓がバクバクと飛び跳ねている。些細な疑問なんて、もうどうでもいいではないか。彼がここにいて、自分は愛されている。他に必要なものなんて何もない。
彼はそっと身体を離すと、マキちゃんの瞳をじっと見つめた。マキちゃんは誘われるように自然と目を閉じる。
そこに言葉は必要なかった。ただ、ふたりの唇がゆっくりと近づいていく・・・
「マキちゃん、愛してるよ。」
ささやくように甘く、しかしはっきりと、彼は言った。
そしてマキちゃんは我に返った。
これは・・・やっぱり、何かおかしいですわね。
「・・・まって、待ってくださいな・・・ご主人様。」
「・・・?」
「どういうことなのか、説明していただきたいですわ。・・・お楽しみはその後でも良いでしょう?」
マキちゃんのさり気ない、しかし明確な拒絶に、彼は少しばかりショックを受けた様子を見せた。しかしすぐに気を取り直してすまし顔に戻る。
やはりおかしいですわ。
「う、うん、そうだよね。ごめんよ。マキちゃんに会えたのが嬉しくて、ちょっと・・・あの、本当にごめん。」
「・・・いいえ、私も混乱しているのですわ。」
こうしてペコペコしている姿は主人そのものなのだが・・・しかしおかしい。
そう、男らしすぎるのだ。
マキちゃんの愛する主人はもっとヘタレでキョドっているものだ。急に抱きしめてきたり、はっきりと愛の言葉を囁いたり、拒絶されてもすぐに立ち直ってくるのはおかしい。
一度産まれた違和感は消えず、マキちゃんの中で少しずつ大きくなっていく。
間違いなく本人に見える。だが、なにかが違う。ヘタレてない。
彼は指をパチンと鳴らした。するとどこからか椅子とテーブル、お茶のセットが出現する。そのまま腰掛け、マキちゃんにも座るように促すと、彼は大きく息を吐いた。
「それじゃあ最初から話そうか。話は3,057年前に遡るんだ。」




