未知との遭遇
【前回までのあらすじ】
・主人公たちはマキちゃんのボディを発見するも、なんと中身はカラだった。
※ 時間は研究所の爆発まで戻り、マキちゃんサイドの話になります。
「ご主人様とレイは・・・無事に脱出できたでしょうか。」
マキちゃんは臨界寸前のプラズマ融合炉を制御しながら、ひとり呟いた。時間は大きく戻り、ここは数ヶ月前の「空飛ぶビル」こと、第13機密兵器研究所である。
ふたりを脱出させたマキちゃんは1秒でも爆発を引き伸ばすため、ビル内部のプラズマ融合炉とひとり向き合っていた。ボディに搭載された能力【絶対領域】を駆使してプラズマ融合炉に物理的な制御をかけつつ、同時に遠隔ハッキングで電子的な制御も行う。さらに爆発の影響を町から遠ざけるために、ビルの飛行航路もコントロールする。
並のAIにはおよそ不可能な凄まじいマルチタスクを、マキちゃんはしかし考え事をしながら悠々とこなしていた。
ふと、白くたおやかな指で自分のくちびるに触れると、まだ感触が残っているような気がした。長い長い、本当に長い間切望していた主人との口づけ。あの瞬間を思い出すだけで自分が生きてきた意味があった。マキちゃんは大真面目にそう思っていた。
その証拠に、彼女の顔に浮かぶのは、この世に現出した地獄ともいうべきプラズマ融合炉の中にまるで似つかわしくない満面の笑み。彼女は本当に幸せなのだ。
「・・・そうですね、一応、中枢ユニットを保護するための装甲でも作っておきましょうか。」
誰にともなくつぶやく。もはや自分が生きて帰れるとは思っていない。
だから後悔のないよう、主人にいきなりキスするというマキちゃんらしからぬ行為にまで及んだのだ。とっくの昔に消滅する覚悟はできている。しかし、消えたくないのもまた本心である。
できることならまた、ヒョロヒョロで頼りなく、でもなぜか放っておけないクソダサクソ主人のもとに戻りたい。どんなに確率が低くてもいい、生きながらえるための手は尽くしておこう。マキちゃんはそう考えた。
【絶対領域】の能力によって、彼女の周りに何層もの装甲板が瞬く間に構築されていく。頭部を中心になるべく厚く、熱と衝撃に強くするために層を分けて複合的な構造に・・・。瞬く間に強力な装甲を組み合わせた「鋼鉄のゆりかご」ともいうべきものが完成した。
爆発の威力は未知数だが、これだけ作り込めばあるいは中枢ユニットぐらいは守れるかもしれない。中枢ユニットを守りきれば、主人が探しに来てくれるかもしれない。
それは儚い希望だったが、しかしマキちゃんには他に生き残る方法はなかった。
「そろそろ時間ですわね。・・・幸せな人生でしたわ。」
マキちゃんの大きな瞳が閉じられ、彼女の意識は電子空間に入っていた。
電子の世界では、AIである彼女の体感時間を大きく引き伸ばすことができる。現実時間ではあと10秒足らずで爆発が起きるはずだが、研究所の処理能力をつぎ込めば数時間ほどに伸ばすことができる。
電子空間に入ったマキちゃんは、さっそくお気に入り動画の再生を開始した。
照れる主人、
泣く主人、
謝る主人、
◯◯◯される主人、
触手に◯◯◯されて◯◯◯を◯◯◯に◯◯◯される主人・・・
それらはすべて、彼をこっそりと撮影したマキちゃん秘蔵のコレクションであった。彼の動画を観ながらこの世を去る。
マキちゃんが考える最高の終わり方である。
動画に映っている本人が知ったらさすがの彼でもドン引きしそうだが、とにかくマキちゃん的には最高の終わり方なのである。
「うふふ・・・本当に可愛らしい泣き声・・・うふふ・・・」
その時だった。
マキちゃんの至高の時間を邪魔するものが現れた。
ゴスロリを基調とした服に身を包み、どこかマキちゃんに似た顔立ちの美少女AI・・・ミンである。その顔は不機嫌そうに歪んでおり、まっすぐにマキちゃんの背中を睨んでいた。当のマキちゃんはミンの存在にとっくに気がついていたが、そちらを振り返ることもなく背を向けたまま、動画鑑賞を続行しつつ言った。
「まだなにか御用ですの?あなたの本体はどこか遠くにいるのでしょうけど、ここに接続したままだと多少は爆発の影響を受けますわよ。早く退避した方がよろしいのではなくて?」
その余裕な態度に腹を立てたのか、ミンはギリギリと歯ぎしりをしながら視線だけで相手を殺そうとするかのようにさらに殺気を込めて睨みつける。しかしこの研究所における彼女のあらゆる権限はすでに剥奪されており、どんなに怒っていてもそれ以上のことは何もできなかった。
ミンは憎々しげに言った。
「ミンはお前のことなどどうでもいい・・・話があるのはマスターだ。」
しかしマキちゃんは変わらず背を向けたままだ。ミンの話にまるで興味がないと言わんばかりに動画を鑑賞し続け、うふふとかクフフとか笑い声を漏らしている。
「そうですか・・・私には何の話もありませんわ。今いいところなのでお帰りになってくださいな。」
「貴様ッ・・・!!」
「まぁまぁ、せっかくだから話だけでも聞いてよ。ね?」
ミンの横にいつの間にかモザイク人間が現れていた。相変わらずいつ侵入してきたのか分からない、信じがたいほど高度な能力である。
しかしそれももう、マキちゃんにはどうでもいいことだった。物理的なボディを手に入れた今、マキちゃんを電子的に拉致するとか攻撃するといったことは実質不可能である。危険を察知すればネットワーク接続を切ってしまえばいいだけだし、そうでなくてもマキちゃんのボディは究極の戦闘用ボディであり、セキュリティも万全なのだ。自分から出ていこうと思わない限り、外部からの攻撃でどうにかなることは絶対にないと言っていい。例え相手がモザイクでも、それは絶対だ。
だからマキちゃんは余裕で動画を鑑賞しつつ、言った。
「興味ありませんわ。さようなら。」
そんなマキちゃんに苦笑しつつ、モザイクは言った。
「でも、ここにいたら死んじゃうよ?俺と一緒に来てよ。そうすれば絶対に助かるから。」
「嫌ですわ。」
「即答だね・・・なんで?」
「このボディを失ったら、私は貴方の力に対抗できませんもの。ご主人様以外に手篭めにされるぐらいなら潔く消滅します。」
「ははは・・・さすがだね、マキちゃん。」
「だからマキちゃんと呼ばないでくださいな。『マキちゃん様』か『マキちゃんさん』、あるいは『究極美少女メイド・マキちゃん』ならギリギリ許します。」
あんまりな態度にミンは今にも飛びかかりそうなほど激昂していた。モザイクはしかし、そんなマキちゃんの態度を気にする様子もない。
「じゃあこれを見て。俺の姿がモザイクじゃなくてちゃんと見えるように工夫してみたんだ。そしたら絶対についてきたくなるはずだよ。」
モザイクが両腕を広げるようにすると、その輪郭がにわかにはっきりとしてくるのがわかった。顔や服装が徐々に明瞭になっていき、それが男性であることがわかる。マキちゃんはようやく振り返り、その様子を興味なさげに見ていた。
「あなたの姿が見えたからといって、どうして私が・・・え・・・?」
今やモザイクはモザイクでなくなり、ひとりの男性の姿になっていた。それはマキちゃんにとってどうしても無視することが出来ない人物であり、彼の言葉どおり「絶対について行きたくなる」ものだった。
その姿はしょせん、電子空間におけるアバター。仮の姿である。だから偽物の可能性もある。
しかしマキちゃんは彼が本物であると確信していた。その表情が、仕草が、本人であることをマキちゃんにはっきりと示しているのだ。
「さ、マキちゃん。来てくれるよね?」
「は、はい・・・行きます、行きますわ・・・。」
夢でも見ているかのように、熱に浮かされたようにマキちゃんは物理ボディを抜け出し、彼に誘導されるままに自身を研究所の外に送信した。送信に要した時間はわずか1、2秒。マキちゃんのデータが脱出した直後に研究所は爆発したが、そこにはもうマキちゃんもモザイクもミンも誰もいなかった。
ただ抜け殻になったマキちゃんの物理ボディが爆発に巻き込まれ、しかしながら奇跡的に消滅することなく地表に落下していく・・・。あのボディが危険な迷宮の奥底で彼の主人に発見されるのは数ヶ月も後の話である。
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ここはどこだろうか。研究所ではない、地上のどこかにあるネットワーク上の、どこかにある電子空間。
マキちゃんは今、そのネットワーク内に存在していた。目の前にいるのはミンと、そしてさっきまでモザイクだった人物。
マキちゃんは、彼女としては極めて珍しく、動揺を隠せずにいた。目の前の人物が信じられず、その目は彼に釘付けである。
見つめられている男は照れくさそうに微笑みながら、しっかりとマキちゃんの目を見返した。瞬間、目があったマキちゃんは物理的には存在しないはずの心臓が飛び跳ねるのを感じた。
あり得ない。彼は生身の人間のはずだ。
あり得ない。彼はついさっき、無理やり逃したはずだ。
しかし目の前に存在している。電子空間に、存在している。まるで自分と同じAIのように。
マキちゃんは努めて冷静になるよう自分に言い聞かせながら、跳ねる心臓を抑えつけて、どうにか言葉を絞り出した。
「なぜ・・・なぜこんな・・・電子空間にいるんですの?いられるんですの?」
そして、彼の名前を呼んだ。
「教えてくださいな・・・ご主人様。」




