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【前回までのあらすじ】
・ウンがついてる
「レイ、ここはどこ?どのあたり?」
落ち着いてあたりを見回すと、先ほどまでとずいぶん雰囲気が変わっていることに気がついた。さっきまではまだ旧文明の駅構内という感じだったのだが、今はかなり殺風景で、どこかの地下研究所といった風情である。駅で働く人たち用の通路ならこんなものだろうか?俺自身、働いたことがないのでよくわからない。えへへ。
「レイ?」
しかしレイはムムムとうなるばかりでなかなか答えない。しばらく待っていると、ポツリとつぶやいた。
「こんな場所、地図にはないのです。」
「え?」
「サリーからもらった地図には書いていない通路なのです。」
そういうと、レイは空中に地図を投影した。周囲を警戒しつつじっと眺める。
「・・・なるほど、ないわね。」
サリーが生えてきた左腕を曲げたり伸ばしたりしながら言った。肩のところから服がスッパリと切れているので、再生したばかりの白い腕が露わになっている。
袖がないので、腕を上げるとツルツルの脇が見える。
特に脇の下フェチというわけではないが、思わずチラチラと見てしまうのは俺のせいじゃあないだろう。ニックもチラ見してはリリィさんに睨まれている。これは男の習性だ、仕方ない。だからレイさん、噛まないでください。
「とにかく、上の階層に行ける階段を探すしかないな。」
ニックの言葉に全員がうなづく。装備を軽く点検し、暗い通路を進み始めた。敵は出ず、追いかけてくる気配もない。静かなものである。
しかし進めども進めども、上層に向かう階段は発見できない。いくつか脇道を発見したが、詳しく調べることなく直進してきた。戻って調べてみた方がいいだろうか。
しかし、うーん。道が分からない状態で進むというのは中々にストレスだ。サリーやニックはそういう状態に慣れているのか、特に気にした様子はない。そりゃそうだ、マップがある状態で遺跡を探索するほうが珍しいだろう。
しばらく進むと、行き止まりになった。いや、これは隔壁だ。来た時にレイがハッキングして開けたのと同じタイプの隔壁が道を塞いでいた。
「おっレイの出番ですね!」
当たり前と言わんばかりにレイがコンソールの前に立ち、ハッキングを始めた。あっこれ俺の数少ない出番・・・いや、もういいか。
今回は急ぐ必要もなさそうなので、レイにのんびりとハッキングしてもらうことにする。
みんなそれほど警戒していないのか、それぞれ武器の手入れをしたり、地面に座り込んで一休みを始めた。
「レイ、どんな調子?・・・レイ?」
「これがこれで・・・ブツブツ・・・」
レイはまた難しい顔でウンウン唸っている。これも時間がかかりそうだ。マキちゃんがいれば一瞬で開けてくれるんだけどな。
ん、マキちゃん?
ふと思いついて、マキちゃんの中枢ユニットを取り出した。そうだ、マキちゃんはいるのだ。しかも中枢ユニットもむき出しである。これならそう時間もかからずにAIデータを取り出すことができるだろう。いつもの腕時計も、もちろん全身のいろいろなところに巻いてある。マキちゃんがいつでも帰ってこられるように、俺は常にスタンバっているのだ。
サリーに相談すると、そうね、マキさんに助けてもらえれば心強いわ、とのことだったので、この場でデータの回収をすることに決めた。
「よし、やるぞ!」
といっても大したことをするわけではない。持参したデータサルベージ用のピンを中枢ユニットにブスブスと刺し、端末に入っているデータサルベージ用の自作プログラムを走らせるだけだ。邪魔が入ることもなく、わずか数分でプログラムが起動する。
// データ検索開始・・・ //
// Unit-ID 983290723947//
// セル状態チェック OK//
// 深層領域の検索中・・・ //
・
・
・
プログラムは順調に動作している。このまま問題がなければ、10分ほどでデータの回収が完了するだろう。あとは腕時計上でマキちゃんを起こせば感動の再会だ。
しかしなんだかあまり劇的な再会じゃないな。
もっとこう、ロマンチックというかドラマチックというか・・・そういう感じのシチュエーションで再会したかったような。
いやいや、そもそも無事に再会できるだけでもすごいことなんだ。ワガママは言うまい。
それにしても久しぶりだ。なんか緊張する。マキちゃん的にはずっと眠っていただけだから一瞬なんだろうけど。最初の一言はなんて言おう。
会いたかったよ!
おはよう!マキちゃん!
オウ、マイスウィートハート!
・・・うーん、違うな。まぁなんでもいいか。別にいい感じのことを言っても言わなくてもマキちゃんの反応は変わるまい。そもそも俺にそういうことを期待してるはずがないしな。
ん、プログラムが止まっている。作業が完了したようだ。早かったな。
・・・ん?
// AIデータがインストールされていません //
// 新規インストールしますか? //
・・・なんだって?
エーアイデータガインストールサレテイマセン?
言葉の意味が理解できず、俺の思考は完全に停止した。
AIデータがインストールされていません。
簡単だ。マキちゃんはここにいません、と。そう言ってる。
何ヶ月も旅をして、
マキちゃんの身体を見つけて、
しかもかなり無事な状態で見つけて、
そこから中枢ユニットを取り出して、
ようやくデータを回収しようとしたら、
マキちゃんはここにいません?
意味が分からない。
まったく意味が分からない。
あのボディはマキちゃんのものではなかったのか?
いやいや、そんなはずはない。あれは確かにマキちゃんだった。レイも確認した。俺とレイが見間違うはずはない。バリィのウンコとカレーを見間違えても、マキちゃんを見間違うことなどあり得ない。
あれは確かにマキちゃんのボディだった。
しかしマキちゃんのデータは入っていなかった。
なぜ?
わからない。
なにもわからない。
この時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
気がつけば、サリーが俺をガクガクと揺さぶって何かを言っていた。だが何も聞こえなかった。俺は抜け殻のようになり、ただ端末に表示されているメッセージを見ていた。
その時、唐突にレイの声が響いた。
「やった!開いたですぅ!」
ゆっくりと開いていく隔壁。その向こう側の景色を見て、俺は呆然としながらもなんとか立ち上がった。
ニックは銃を構えた。
リリィも銃を構えた。
サリーは刀を握った。
開けたばかりの扉を、レイは慌てて閉じようとした。しかし、閉じなかった。無数のエキィーンが入り込み、閉じようとする隔壁をがっしりと押さえ込んでいるからだ。
隔壁の向こうは広い空間だった。暗く、広々とした空間がどこまでも奥に伸びている。そしてその空間を、びっしりと隙間なくエキィーンが埋め尽くしていた。前に取り囲まれた時の比ではない、果てしない数のエキィーンの群れ。
来た道を戻るべきか?いや、戻っても脱出できる見込みは薄い。それどころか、エリートと再会してしまう可能性が高い。
前に進むこともできない。敵の数は100とか200ではない、1000か、10000か、それとももっとか。
それはどこからどうみても完全な詰みだった。宝物庫の状況が優しく見えるほどの、完全な詰みだ。
ニックがボソリと呟いた。
「みんな、一緒に戦えて光栄だったぜ。」
・・・またフラグ増えた。今度こそ死んだな。




