発見
【前回までのあらすじ】
・主人公が少し役に立つ
「さぁ、準備はいい?」
俺たちは散発的な戦闘を繰り返しつつ、ついに目的地に到着した。目の前には両開きの大きな扉。その扉の上には旧文明の文字でこう書いてある。
-- お忘れ物預かり所 --
サリーのカンが正しければ、ここがトキオステーション遺跡の宝物庫のはずだ。
そして俺とレイの計算が正しければ、ここにマキちゃんの残骸が運び込まれたはずだ。
さらに運が良ければ、マキちゃんの残骸からAIデータが無事に取り出せるはずだ。
はずだはずだはずだ。はずだ、がいくつも並んでいる。改めて考えれば、いや考えなくても仮定の部分が多すぎる気がする。ここにマキちゃんがいる可能性をちゃんと数字で計算すれば、小数点の下にゼロがいくつも並ぶのかもしれない。
わかっていたことだが、実際にここまでやってくると急に不安になってきた。胸の奥がモヤモヤして、いつもナノマシンが万全に保っているはずの胃袋から酸っぱいものが込み上げてくる。
なかなか踏み込むことができず古ぼけた扉を見つめていると、ふいに手を握られて驚いた。横を見るとサリーが優しく微笑んでいる。
「きっと大丈夫よ。あのマキさんよ?無事に決まってるわ。」
ボスッとあたまに柔らかいものが乗っかってきた。レイだ。
「そうですよ、それより早く行くです。マキ姉さまに早く会いたいです~!」
手と頭に感じる暖かさ。とても安心して、なんだか本当に大丈夫な気がしてきた。
そうだ、あのマキちゃんだ。俺が地上で一番信頼している最強の女性、マキちゃんだぞ。
無事に決まってる。
「うん、そうだ、そうだね・・・。」
ふと横を見ると、ニックも呆けたような表情で扉を見ていた。いつも油断なく銃を構え、咥えタバコで難しい顔をしている渋いおっさんが初めて見せる表情。
彼は俺の視線に気づくと、黙って手を差し出してきた。
「ああ、あんたの目的がまだ達成されてないのはわかってるんだが・・・礼を言わせてくれ。」
「礼?」
「俺は数年前に婚約者・・・リリィの姉のカレンを・・・ここで亡くしたんだ。俺が調子に乗ったせいで敵に囲まれて・・・足を怪我したカレンが、俺を逃がすために残ったのさ。情けない話だ。」
ニックは遠い目で虚空を見ながら話を続ける。リリィは何も言わず、黙って聞いていた。
「俺の魂はあの時に死んだんだ。あいつの敵討ちってわけじゃあないが、ここにたどり着かなけばいけないと、そうしないと俺の人生は取り戻せないような気がしていた。カレンがまでここにいるわけでもないのに、バカみたいな話だが・・・。あんたのおかげだ。俺はまた、自分の人生を始められる。ずいぶんと時間がかかっちまったが・・・。」
「そうでしたか・・・。」
俺たちは固い握手を交わす。ゴツくて固い手が、わずかに震えているのがわかった。
「さぁ、まだ仕事は終わっちゃいない。あんたの大切な人は、まだ間に合う可能性が残ってるんだろう?早く行こうじゃないか。女性は待たせるもんじゃあないぜ。」
「ニックさん・・・。」
「心配するな、あんたは背後を気にせず彼女を探しな。どんな邪魔が入っても、俺が命を賭けて守ってやる。」
「このタイミングで命を賭けるとか言うとフラグっぽいからやめてくださいよ・・・。」
「はっはっは・・・まぁおとぎ話じゃないんだ。遺跡の一番重要な場所に怪物が待ってるってわけでもないし、そんなに危険なこともないだろうよ。」
「そ、それもフラグの匂いが・・・。」
「ああ、そうだ。」
ニックさんがふいに何かを思い付いたように振り向き、リリィさんと向き合った。そして彼女の前に膝をつくと、その手を優しく握る。
・・・おい、まさか。何をする気だ。それ以上いけない。
「リリィ、待たせて済まなかった。俺は俺の人生を取り戻すことができたんだ。お前が俺を見捨てないでくれたからだ。」
「う、うん。」
リリィさんも唐突な事態にうろたえているが、この後の言葉を察したのか、顔を真っ赤に染めている。待て、このタイミングでそれは良くない。良くないと思います。
「ここから無事に出れたら、俺と・・・俺と結婚してくれ。」
「は、はい!」
嘘だろ。頭痛くなってきた。
コレ絶対ダメなヤツだよ。このタイミングでそれはないよ。他になにをしてもいいけどそれだけはダメだよ。そうでしょ?
横を見るとサリーは微笑ましそうに2人を見ており、レイもポーッと熱に浮かされたようになっている。あれ、なにこれそういう感じなの?この世界にフラグという考え方はないの?
なんかニックを放置していると、危険なフラグがガンガン増えていきそうな気がする。グズグズしていると良くなさそうだ。俺は桃色の空間を振り切るべく深呼吸をひとつしてから、思い切って扉を開けた。
カビ臭い匂いが鼻をつく。俺たちは目の前の光景に息を呑んだ。
扉の先は、想像したよりずっと広い空間が広がっている。少なくとも「お忘れ物預かり所」と聞いて思い浮かべるようなサイズではない。
体育館のように広大で天井の高い空間の中に、規則正しく高さ2メートルほどの金属製の棚が無数に並んでいる。棚の中には雑多な物品が収められていて雑然とした感じを受けるが、よく見るとなるほど確かに貴重な物品ばかりが集められているようだ。
「これは・・・超小型のリアクターね。このサイズで、半永久的に膨大な電力を生み出せる代物よ。」
サリーがスーパーボールのような球を手にとっている。リアクター?胸に埋め込んだらコミックのヒーローのようになれるのだろうか。
「こっちには歩兵用近接兵器『ハンディ・バンカー』があるぜ・・・ロマンだな!」
ニックが興奮しているのは俺には持ち上げられそうもないサイズの杭打ち機・・・パイルバンカーというヤツか。歩兵用って・・・50キロぐらいありそうだけど、どうやって持ち運ぶんだ。あれを持って戦場を走り回って戦車とかに密着して攻撃するんだろうか。絶対無理。
「姉さま・・・どこですか・・・」
多種多様なお宝に目を奪われる俺たちを尻目に、レイは棚の上をぴょんぴょんと跳ねながら目的のものを探している。そうだ、ロマン溢れるアイテムに興奮している場合ではない。俺もレイに続くように、棚の間を慎重に見回っていく。
棚は無限に広がる迷宮のように、どこまでもどこまでも並んでいる。そのひとつひとつを上から下まで見逃しのないように、急ぎながらも丁寧に見ていく。
ない、
ない、
ここでもない・・・
しかし、すぐにその時は来た。時間にしてわずか10分ほどか。
俺を探し出すために上空からの捜索を繰り返したおかげか、レイの探索能力は高い。赤と白の縞々模様の服を来たメガネ男を探させたら右に出るものはいないだろう。彼女の声が、広い空間に響き渡った。
「ご主人さま!ここです!ここですよ!」
俺は走った。声の方に向かって、棚の間を縫うように全力で走った。この時ほど自分の足の遅さが嫌になったことはない。
俺が着いた時には、すでにみんなが到着し、ひとつの棚の前を囲むようにして立っていた。
「ど・・・どこ?どこだ、レイ!?」
みんなが俺に気づき、さっと道を開けるように横にどいてくれる。そしてそれは、ついに俺の目に入った。
「・・・マキちゃん!」
マキちゃんだった。
それは間違いなくマキちゃんだった。
下半身はなかった。
両腕もなかった。
上半身も酷く傷んでいるように見えた。
しかし、頭部は綺麗なものだ。
胴体はボロボロで、スクラップ状態の内部機構がむき出しである。しかし、鎖骨から上はほとんど無傷といっていい状態で残っている。
長かった髪も肩の辺りで焼き切れ、白い肌は黒いススで汚れているが、瞳を閉じたその美しい顔はマキちゃんそのもの。
さすがはマキちゃん。思った通り、彼女は生き残るために最後まで諦めず、わずかな可能性に賭けたのだ。
そして生き残った。頭部を守りきったのだ。
これなら。
これなら、間違いなく中枢ユニットは健在だ。マキちゃんは無事だった。無事だったのだ。
「ご主人さま・・・これなら・・・きっと・・・」
「ああレイ、これなら大丈夫だよ。マキちゃんは、無事だった!」
俺の目からボロボロと、大粒の涙がこぼれた。レイのホログラムもボロボロと涙をこぼした。俺とレイのネコは抱き合い、その場でおいおいと泣いた。
さぁ帰ろう、みんなで帰ろう。
しかしその時、ズシンと大きな地響きが地面を揺らした。何か大きな、とても大きな金属の固まりが落ちてきたような、そんな音。
俺は直感した。フラグがひとつ、回収されたのだと。
棚をいくつか踏み潰したそれは、身長が5メートルはあろうかという巨大なエキィーンだった。腕が4本生えており、そのすぺてに巨大なブレードを握っている。
誰が見てもひと目で分かる。ボスキャラである。
呆然とする俺の前に、ニックとバリィ、そしてリリィが飛び出した。
「さぁ、彼女を連れて逃げろ!ここは俺たちが食い止める!」
ああ、これは良くない。
ふたつ目のフラグが回収されようとしている。




