初戦
【前回までのあらすじ】
・新メンバー、ニック・バリィとリリィさん加入
【用語解説】
・EMP
電磁パルスを発生して、近くの電子機器を破壊もしくは停止させる武器。ナマモノによく効く。
「レイ、落盤地点までどれくらいかしら?」
暗い通路を進みながら、サリーが聞いた。道幅は広く、道の両側にはかつてオシャレなお店だったと思われる廃墟が並んでいる。
マルノーチ口から侵入したトキオステーション駅は、入ってすぐに旧文明のショッピング街だったエリアになっている。当然、途中にはいくつも横道があるがすでにマップを入手済みなので迷うことはない。レイが読み込んだ地図をリアルタイムに確認しながら進んでいるので、地図を見ていたら物陰から襲われました!という事態も避けられて便利である。
「このまま直進、あと100メートルです!」
そんなレイの周りを新メンバーの2人と1匹が囲む。今のところ、目立った脅威には遭遇していない。
「このナマモノが聖霊様なのか・・・信じられないが本当なんだな。」
「かわいいねぇ・・・撫で回したいよ。」
「ワフッ」
迷彩服にワイルドなヒゲ、油断なくアサルトライフルを構えているのは「ランチャー使いのニック」。このあたりでは有名なレイダーらしいが、たしかに身のこなしがただ者ではない感じである。といっても身のこなしゼロの俺にはよくわからないが。
ニックの足元にはランチャードッグのバリィ。見た目はコーギー犬を機械にしたようなナマモノだが、なんとこいつはその名の通りのすごい能力が秘められているらしい。できればその能力を発揮しなくて済んで欲しいものだ。無理だね、知ってる。
めっちゃ気が強そうな金髪ツインテールの女の子はリリィ。ニックの相棒で、「爆弾娘」と呼ばれているらしい。大きめのジャケットを着ていて、小型のマシンガンを一丁持っている。しかし、特に爆弾を持っているようには見えない。さっきからチラチラとレイのネコを見ているが、変なところを撫でると腕をぶった切られるので注意して欲しい。
間もなく、暗闇の先からドスドスという足音が聞こえてきた。暗闇にリリィの声が響く。
「クリーンハウンドだよ、数は3体!」
「任せろ。バリィ!」
闇の中から走ってきたものは、駅の床を掃除する業務用お掃除ロボットの群れだった。俺が知っている床磨きロボットは人間ぐらいの大きさでゆっくりと床を磨きながら移動するヤツだが、目の前に迫っているのは固い地面に亀裂をいれながら、ものすごい速度で跳ねてくる3体の怪物だ。まったくお掃除なんてしそうもない。
あ、俺たちがお掃除されそうなのか。
「バウバウ!」
ニックに呼ばれたバリィは彼の懐にジャンプして飛び込むと、身体をまっすぐに伸ばして口を開いた。その姿はまるで・・・グレネードランチャー・・・に、見えなくもない。
ニックはバリィを腰だめに構え、敵の群れに狙いをつける。その姿はふざけているようにしか見えないが、本人たちは大真面目である。
「バリィ、【ノーマルグレネード】!」
ニックの号令とともに、バリィの口からまっすぐに砲弾が飛び出し、離れた地点の地面に着弾して爆発する。爆風と破片がクリーンハウンドの群れを吹き飛ばし、転がったところをリリィがマシンガンで追撃した。あっという間に2体の怪物が仕留められる。フラフラと起き上がった最後の一匹は、歩きだす前にサリーの一撃を受けて両断された。
「うん、なかなか良い手際ね。」
「サリーさん、あんたもな。」
サリーとニック、そしてリリィはニヤリと笑いあっただけで、すぐにまた前進を再開した。どうやら今の戦闘は、お互いの実力を確かめ合う意味があったらしい。なにあれカッコいい。俺も混ざりたい。
「ご主人さま・・・人には向き不向きというものがあるですよ。」
「レイ、心を読んだ上に優しくするのやめて?」
いつの間にかバリィは地面に降り、また普通のイヌのように鼻を鳴らしながら歩いていた。なんだろうこれ、口からグレネード吐いてたよな。俺の視線に気がついたのか、ニックが得意げに説明してくれた。
「こいつは『グレネードッグ』だ。しっかり訓練したから、何種類もグレネードを吐き分けられるんだぜ。俺の相棒さ。」
いやいや『グレネードッグだニヤリ』とか言われても・・・初めて聞いたよ。まぁこの世界の生き物にいちいち驚いていたらキリがない。
「すごいですね・・・。他にはどんなグレネードが出せるんですか?」
「そうだな、スモークとか、EMPとか・・・まぁ色々だ。お前さんの相棒も、道案内しかできないわけじゃないんだろう?」
相棒・・・ああ、レイのことか。レイにできることっていえば、なんだろうな・・・
「そうですね・・・物音ひとつ立てずに、数十名からなるキャンプの野盗を皆殺しにしたことがありますね。」
「なんだそれ・・・。」
「あとは・・・なんだろ、レイ、なんか吐ける?」
「ご主人さまのクソ貧弱ドMクソ野郎ですぅ。」
「ああ、この通り毒が吐けますね。」
「なんだそれ・・・。」
そんな会話を繰り広げつつ、俺たちは落盤している地点までたどり着いた。サリーの情報通り、天井が崩落して通路を完全に塞いでいる。ここを抜けることができれば、宝物庫は目と鼻の先だ。
「それじゃ、あたしの出番だね。」
リリィがおもむろに進み出て、積み上がった土砂に向かって作業を始めた。遺跡の発掘において、爆弾で道を開かなくてはいけないケースは少なくないらしく、リリィのような爆発物に長けた人材は重宝されるそうだ。俺は(マキちゃんが)ハッキングしてドアも開けちゃうけど、普通は爆破して吹き飛ばしたりするものなんだろう。こういう土砂はハッキングの出番もないし。
「それにしても、ぜんぜん邪魔なんか入らないみたいだね?」
俺ののんきな言葉に、しかしレイが反応した。
「いいえご主人さま、無数の足音が接近しているです!おそらくは先ほどと同じクリーンハウンド、数はおよそ100!」
「ひゃ、ひゃく!?」
俺たちが進んできた通路はずっとまっすぐだ。レイがネコの目に内蔵されたフラッシュライトを通路に向けると、はるか前方の闇の中から無数のナマモノが走ってくるのが見えた。先ほどの戦闘音を聞きつけて、遺跡中から集まってきたに違いない。
「ひゃ、ひゃくってやばくない?サリー?」
どういうわけか、慌てているのは俺だけだ。リリィは変わらず作業をしているし、ニックはタバコに火を付けて銃を構えることすらしていない。
サリーは苦笑しながら俺を見た。
「ふふふ・・・怖がらなくていいのよ、私が守ってあげるわ。」
「ちょっと、サリー!さり気なくご主人さまのポイントを稼ごうとするのやめるです!」
「え、え、なんなのこれ?なんでみんな落ち着いてるわけ?」
いよいよクリーンハウンドの群れが近づいてきた。通路を横いっぱいに埋め尽くしながら、かなりの速度で走ってくる。グレネードランチャーで吹き飛ばす?それにしたって100は多すぎる気がする。お掃除されちゃうよ?
「はい、ポチッとね。」
声の主はリリィだ。
彼女は作業を続けながら、どこからか取り出したスイッチを押した。通路に青白い光が走ったかと思うと、接近していたクリーンハウンドが次々と転倒していく。目の光を失ったクリーンハウンドが勢いのままに転がり、折り重なり、積み上がっていった。
「これは・・・EMP?」
「あー頭が痛かったですぅ。」
「ぐるるるる・・・。」
足元では両耳を抑えて地面に転がっているレイのネコとバリィ。お前ら、そんなのでEMPが防げるのか。いや単純に影響範囲外にいただけか。
呆然する俺に、サリーが答えた。
「そ、リリィさんが歩きながら仕掛けてたのよ。気づかなかった?・・・最小の爆弾で最大限の効果を産む、見事な設置術だったわね。」
俺以外はみんな気づいていたらしい。ニックとサリーはまだ動き出しそうなクリーンハウンドにトドメを刺すべく、残骸の山に歩いていった。バリィは足元に転がってきた残骸にかじりついて、束の間のおやつタイムを楽しんでいる。
俺?俺は・・・俺もトドメを刺すぐらいはできるかな。
歩き出そうとしたところで、レイのネコにズボンのスソを噛んで止められた。
「ご主人さまはクソ不器用で邪魔になるだけですから、ここで待ってる方がいいです。」
うん、うちのレイは毒が吐けます。
割と強めの毒です。




