腐る
「・・・」
あれから約24時間。
俺は死んでいた。いや、正確には死んだように、自室の机に突っ伏したまま動けなくなっていた。
マキちゃんが死んでしまった。
その事実は時間とともに重くのしかかり、やる気とか元気とか気力とか、とにかく前向きなニュアンスを含むすべてのものを俺から奪っていく。腕時計を見ても、そこには変わらず同じメッセージが表示されている。
// No bootable operation system was found. //
// 起動可能なオペレーションシステムが見つかりません。 //
空飛ぶ研究所から脱出した後、俺は全身をミイラのようにダクトテープでぐるぐる巻きにされたまま、ドラちゃんのコックピットから巨大な爆発を見た。それは冷凍施設の爆発よりさらに大きく、何キロも離れていたにも関わらず衝撃波がドラちゃんの機体を大きく揺らすほどだった。
「どうしてマキちゃんを行かせたんだ!」
「・・・。」
ぐるぐる巻きから開放された後、俺はレイを責めた。肝心な時にモガモガ言う事しかできなかった憤りを、ただレイにぶつけたのだ。あの時、マキちゃんが残らなければ俺たちは確実に全滅していただろう。そんなことは俺にもよくわかっていた。わかっていたが、行き場のない感情を吐き出さずにはいられなかった。レイは何も言わず、ただ悲しい目をして俺を見ていた。
「ご主人様・・・首都へのレーダーウサギ配置を再開するです。」
机に突っ伏したままチラリと目をやると、いつの間にかレイのネコとホログラムがいる。彼女のアンドロイドボディはほとんど大破寸前だったので、元のネコに戻ったのだろう。俺は返事もせずにまた目を閉じた。
あんなに実現したかったネッコワークの普及さえ、もはや興味を持つことができない。このまま何もせず飢えて死にたいところだが、俺の身体は何万年でもこのまま健康な身体を維持してしまう。マキちゃんと一緒に消滅できなかったことを思うと、さらに憂鬱な気分が俺の胸にのしかかった。
「あれ・・・えっと・・・うう・・・プラズマライフルの木のコントロール、難しいです・・・姉さまはあんなに簡単にやってたのに・・・」
帰ってきてから、レイは俺の側をほとんど離れない。返事もしない俺にあれこれと話しかけ、世話を焼こうとしていた。
わかっている。レイなりに、マキちゃんの代わりを努めようとしているのだ。その気持ちを嬉しく思うべきなのはわかっているが、今の俺にはただ「邪魔」としか思えなかった。
「レイ・・・あっちにいって・・・ひとりにしてくれ。」
「・・・はい・・・です。」
レイは何かを言おうとしたが、結局なにも言わずに部屋を出ていった。何時間・・・それとも何日か経ったのだろうか。時間は深夜になり、部屋の小さな窓から月の明かりが差し込んでいる。
人の気配を感じて目を開けると、そこにはハルが立っていた。月の明かりで照らされるハルは、いつもより大人に・・・少しだけマキちゃんのように見えて、俺はまた悲しくなった。
「ハル・・・う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛」
ハルは何も言わず、俺の頭をその胸に抱いてくれた。柔らかく温かいハルの胸。いつもなら俺のオス端子が接続許可を求めて暴れだすところだが、とてもそんな気分にはなれない。ハルはいつまでも泣いている俺を、いつまでも抱きしめてくれた。
気がつくと朝になり、俺は部屋のベッドで横になっていた。知らないうちに寝てしまったらしい。相変わらず気分は沈んでいたが、ほんの少しだけ気力が湧いてきたような気がする。ぼーっとベッドに座っていると、あるものが目に入った。ボロボロで、真っ黒で、誰がどうみても役に立ちそうもない壊れた機械の部品。
「・・・初めて会った時の・・・レイの中枢ユニット・・・そうか・・・まだ、可能性は・・・ある。」
俺は立ち上がると机の上から高性能端末を引っ掴み、部屋を出た。
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「おとーさんがいない!」
最初に気づいたのはナナだった。
マキちゃんが消滅したという知らせを受けたナナはとても悲しい気持ちになったが、それでも彼女はボディガード用に作られたのアンドロイドである。どんなに感情を揺さぶる出来事でも冷静さを保てるよう、AIには独自の改修が行われている。押しつぶされるような悲しみはあっても、ナナの心はいつも誰かを守ることに向けられていた。
次は父親だ。おとーさんが自暴自棄になってヤケを起こさないよう見守るのが自分の仕事だと考えた。なので注意して父親を監視していた・・・はずだったが、彼はいつの間にか姿を消した。誰にも気づかれず、ひっそりと。
「ネッコワークに、ご主人さまが部屋を出た痕跡はないです・・・。」
「そんなバカな。町はネコだらけデスよ?ご主人サマの部屋の前だってネコがいたでショウ?痕跡を一切残さずに町を出るナンテ・・・。」
レイとウォーリーに相談したが、彼はネッコワークの監視網をかいくぐって消えたという。このような事態を想定して、光学迷彩を使われないように彼を着替えさせ、いつもの戦闘服も隠してある。にも関わらず、彼は姿を消した。こんなことができるのはマキちゃんだけだと全員が思っていた。ネッコワークに残る膨大な痕跡をすべて消し、違和感すら残さずカモフラージュする。完璧なハッカーの仕事である。
「師匠・・・本当にハッカーだったんですね・・・。」
エドがボソリとつぶやくのを聞いて、ナナも思わずうなずいた。




