リカバリ
【前回までのあらすじ】
・レイさん、空気を読まない
「どうしたですか!?レイですよ?」
レイの元気なあいさつに、ふたりのアンドロイドはこれ以上ないほど困惑した表情で顔を見合わせた。いきなりプラズマをぶち込まれなくてよかった。ほら、元気なあいさつは大事って言うしね。
「お前・・・行方不明だったNo.01433・・・レイか。ボディはどうした。その人間は?・・・お前、そんなしゃべり方だったか?」
「ぬふふふふふふ!レイは成長したのですよ!」
レイの発言に、ふたりのアンドロイドはまた顔を見合わせる。大船に乗った気でいろ、とか言ってたけどこれ泥船じゃないかな。脇汗をダラッダラ流している俺の心配をよそに、レイはドヤ顔で話を続けた。
「こちらの方をどなたと心得るぅ!なんと、モリサワインダストリーの役員様であらせられられられられますですぅ!」
おいおい、られられ言ってるけど大丈夫なのか?お前にその嘘を見破られて走馬灯体験した覚えがあるんだけど。俺がタマヒュンしながらアンドロイドとレイのやり取りを眺めていると、しかしアンドロイドたちはスッと左右に道を開けて鋼鉄の扉を開いてくれた。識別信号とレイの紹介、2つの証明は受け入れるのに十分な証拠となったようだ。
「大変失礼いたしました・・・役員様のご来訪を歓迎いたします。」
なんかあっさりとうまくいったな。俺は平静を装い、とりあえず偉い人っぽく喋ることにする。
「ううううううむ、くるしゅうない。フォッフォッフォッ・・・」
『ご主人様、もう少しハッカーらしいところを見せてくださいな。せっかくレイがうまくやったのに、ご主人様の挙動が怪しすぎて走馬灯しそうですわ。』
マキちゃんに怒られながら進むと、そこにあったのは広大な、奥に伸びている空間だった。全体的に薄暗いが、少ないながらも照明が配置されているので空間全体が見渡せる。奥行きが数百メートルはあり、幅も100メートルはありそうだ。左右の壁には見覚えのある大きなカプセルがずらりと並んでいて壮観である。・・・これは、ナナが眠っていた「商品保全カプセル」と同じものだろう。左右にそれぞれ100以上は並んでいるが、これに全てアンドロイドが入っているのだろうか?
『ふふふ・・・うふふふふ・・・』
マキちゃんの笑い声が俺の脳内に響く。・・・うん、ボディが選び放題だもんね。でも、まずはこのビルをなんとかするんだよ?マキちゃんの喜びっぷりにちょっと不安になっていると、レイのネコが空間の中心に進み出た。
「ご主人さま、ここはこのビルの中心で、一番奥にあるのが管理AIが入っている中央演算装置です。アレをハッキングできれば終わりです。」
俺が空間の奥に目をやると、なるほど大きな機械装置が見える。なんとなく空間が歪んで見えるのは、強力なプラズマか重力の防壁で守られているのか。外側にコネクタさえあればハッキングに防壁は関係ないが。
「そしてこれが・・・レイがお姉さまにプレゼントしたいものです。」
「プレゼント?」
レイが言うと、空間の中心の地面が割れて、巨大なガラス管のようなものがせり上がってきた。ガラス管の中は液体で満たされており、その液体の中に真っ白い人形・・・継ぎ目のないマネキンのようなものが浮かんでいる。
「なにこれ?マネキン?」
俺の疑問に、レイはプルプルと首を振る。
「これはこの研究所が生み出した最新の成果物です。この研究所は最強のアンドロイドボディを作り出す、そのたったひとつの目標のために生み出され、何千年も淡々と研究を続けてきたのです。これは成果物の最新バージョン『Ver.3723』です。」
「これが・・・最強のボディ?」
俺にはツルッツルの白いマネキンにしか見えない。顔もなければ髪の毛もない。こんなんもう・・・白い触手さんと変わらないじゃん?正直、マキちゃんがコレになったらけっこうガッカリするよ?
「ご主人様、心配無用です!見た目はAIをインストールするときに自由に変更できるです!」
「ぇ・・・いや、あの・・・んん・・・」
「さわり心地もバツグンですよ!」
「お、おう・・・。」
レイに心を読まれてしまった。ドヤ顔のレイを、マキちゃんが抱きしめる。
「ありがとうございます・・・レイ。」
「うふふふふ・・・姉さまが喜んでくれるなら安いもの・・・で・・・で・・・?」
その時、唐突にマキちゃんの腕の中からレイのホログラムが消えた。レイのネコが生気を失ったように硬直し、倒れる。マキちゃんも驚いた様子を見せ、それから白い顔をいっそう白くして言った。
「ご主人様・・・レイがハッキングされました。いえ、ハッキングではなく・・・リカバリされているようです。」
「リカバリ?データを修復されているってこと?」
マキちゃんが返事をする前に、壁に並んだカプセルの一つが白い煙を吐き出して開いた。中から出てきたのは、マキちゃんによく似た顔立ちで、ピチピチのボディスーツに身を包んだ女性のアンドロイド。その身体には、失ったはずの大きな膨らみが復活しており、見事なスタイルを惜しげもなく披露している。背中まで髪が伸び、どこまでも感情を感じさせない人形のような顔。その印象はどこまでも冷たく、美しく、不思議なことに、見た目は人間なのにあくまでそれが「兵器である」ことを感じさせた。
その女性は・・・紛れもなくレイだった。
レイはカプセルから飛び降り、離れた位置こちらを見た。その目はゴミでも見るかのようにまったく感情がこもっておらず、先ほどまでの明るくクルクルと表情が変わるレイとのギャップに背筋が寒くなる。レイはゆっくりとこちらに向かって歩きだした。それは間違いなく、出会った頃の凶悪な戦闘兵器の姿だった。
「・・・よくもレイを好き勝手に使ってくれたな・・・消えろ、人間。」




