潜入
【前回までのあらすじ】
・空飛ぶ研究所に侵入するための、識別信号データを手に入れた
「見えてきたです・・・あれがモリサワ第13機密兵器研究所です!」
狭いコックピットの後ろでレイが言った。俺たちはドラちゃんに乗り、まっすぐに空飛ぶビル・・・第13機密兵器研究所を目指している。研究所の周りには無数の光が飛び回っていて幻想的だが、あのひとつひとつがかつてのレイと同じ戦闘能力を有している。あれが一つでも敵意をむき出しにして襲いかかってくれば、ドラちゃんといえども羽虫のように叩き落とされて終わりだろう。純粋な飛行能力だけならドラちゃんの方が上だろうから、逃げるくらいはできるだろうか・・・?
「ご主人様、本当にレイと私だけでよろしいのですか?」
「うん・・・誰が来ても、失敗したら死ぬのは一緒だからね。」
「レイがいるから大丈夫ですぅ!」
マキちゃんと比べるといささか起伏に欠けた胸をドンと叩いて、レイが言った。今回のメンバーは移動手段のドラちゃん以外はレイと俺、それとマキちゃんだけである。ウォーリーやナナを連れて来てもよかったが、100以上の戦闘用アンドロイドが相手となれば誰が来ても一緒だ。ならば危険な目にあう人間は少ないほうがいい。マキちゃんは絶対に必要として、あとは研究所のことを知っているレイがいれば十分だろう。この中で一番いらない人間がいるとすれば・・・俺だね、うん。
「識別信号の発信を開始します。」
マキちゃんの合図で、ドラちゃんに搭載されたアンテナから識別信号が発信される。そもそもこの識別信号が有効でなければ研究所にだどり付く前に消し炭となるが・・・ビルの周りの光たちはこちらに反応することなく、気ままに飛び回っている。
「うまくいきそうだね・・・。」
「ご主人さま、そんなにチキらなくても大丈夫って言ってるです!ドーンと大船に乗った気でレイにお任せくださいです!」
「レイにドーンとやられたことがあるから心配してるんだよ・・・。」
ボディがあった頃のレイの戦闘力は圧倒的で、しかも冷淡かつ残酷なアンドロイドだった。俺たちが勝利できたのは、ひとえに運と彼女の油断によるところが大きい。ウォーリーは友情パワーと言い張っていたが。
我々は特に邪魔されることなく、空飛ぶ研究所の屋上に着陸した。屋上に設置されたなんの変哲もないドアを押すと、抵抗なくすんなりと開いて暗い下り階段が現れる。ここまで来る人間もいないのか、施錠するという考えはないらしい。
「じゃあドラちゃん、留守番よろしく。」
「はっ・・・お気をつけて。」
ドラちゃんと分かれ、俺とレイのネコは研究所への侵入を開始した。ビルの中は暗く、明かりは少ない。空を飛んでいるにもかかわらず、揺れや振動は一切感じない。人やロボットの気配もなく、静かすぎて不気味なぐらいだ。
「ご主人さま、こっちですよ。」
「レイ、研究所の構造は完全に覚えているのですか?」
マキちゃんが問いかけると、レイは待ってましたと言わんばかりにドヤ顔を全開にする。
「ご安心くださいです!レイの記憶は完璧なのです!ウォーリーのクソに頭をぶち抜かれたことから、水着を着た姉さまのセクシーなホクロの位置まで完璧に覚えています!」
「・・・レイ、本当に記憶は確かなんだろうね?確認のために、マキちゃんのホクロの位置を言ってもらおうか。」
「ご主人様は私のホクロの位置なんてご存知ないでしょう。聞いてどうするおつもりですか、もう・・・うふふ。」
今日のマキちゃんのツッコミは、かなり優しい。ここ数年間でもぶっちぎりで機嫌がいい。他の誰にもわからなくても、彼女の無表情な顔を見れば俺には一発で分かる。そりゃそうだ、ビルの周りにはマキちゃん好みのアンドロイドボディが無数に飛び回っているのだから。ビルの中を探せばいくらでも空いているボディが転がっているに違いない。
今はボディよりもこの研究所を町から遠ざけるか、できれば破壊しておきたいところだが・・・そのついでにマキちゃんのボディが手に入るなら・・・まぁそれはそれでいいか。400年もひっぱったけど、今日こそ年貢の納め時ってやつだ。しかしマキちゃんにボディができたら、1週間ぐらいベッドの上から逃してくれないかもしれない・・・怖いぜ、怖すぎるぜ・・・ぐへへ、いかんヨダレが。レイが怪訝な表情でこちらを見ているが、マキちゃんは上機嫌すぎて気づいていないようだ。顔を叩いて気合を入れ直す。ゲヘヘ。
「それにしても静かだな・・・多少はトラップとかロボットとかいるかと思ったけど。」
俺の質問に、レイが答える。
「ビルの中には特別な警備システムはないです。そもそも侵入されることがないのです。アンドロイドはいるですけど、レイが識別信号を出しているので安心ですぅ。」
「そっか。このまますんなり行けるといいなぁ。」
俺の言葉に、レイがビシッと親指を立てた。
「ご主人さまは、レイが守ってあげるです!」
「はいはい、頼りにしてるよ。」
「むー!なんですかその反応は!頼れるレイちゃんに惚れてしまってもいいんですよ!?」
「へいへい。」
「むぅー!」
レイのネコに先導されて、暗い廊下を進んでいく。それにしても、こうやって進んでいくとどこからどう見ても普通のビルだ。鉄筋コンクリートのビルを空中に浮かせて、バラバラになったりしないのだろうか。壁や床にもヒビひとつない。不思議だ。
曲がりくねった廊下を進み、階段を下り、どんどん進む。10分ほど歩いたところで、ひときわ重厚で巨大な金属の扉の前にやってきた。扉の左右にひとりずつ人間・・・いや、当然アンドロイドだろう・・・が立っている。アンドロイドはどちらも女性で、見事なスタイルの身体をピチピチの白いボディスーツで包んでいる。初めて会った時のレイとそっくりだ。ウォーリーがいたら高画質で撮影しマスとか言い出すところだろう。俺もしたい。
「止まれ。何者だ。」
するどく投げかけられた言葉と突き刺さるような視線。さぁ、いよいよ正念場か。適当な会話でちょろまかすのは俺の得意技だが、事前の打ち合わせではレイがなんとかすることになっている。さぁレイ、頼むぞ。いつもみたいに「おひさです!レイが来たですぅ!」みたいな軽いノリを封印して、ここのアンドロイドのようなクールな喋りを見せてくれ。じゃないと最初の一言でぶっ飛ばされかねないぞ。俺の期待を察したのか、レイがこちらを見て軽くうなづき、そして2体のアンドロイドに言った。
「おひさです!レイが来たですぅ!」




