無敵と天才
【前回までのあらすじ】
・グレートウォールさん(2回目)
「侵入者を確認。排除スル。」
その声はまさにウォーリーそのもの。ただし極めて無機質で感情を感じさせず、ウチの愛すべき変態ロボットと別人であることがはっきりとわかる。声の主は天井からぶら下がる黒いウォーリー・・・いや、「グレートウォール」だ。
グレートウォールはヤバい。超巨大企業モリサワインダストリーが開発した究極の防衛兵器であるそれは、レールガンと大型レーザー砲、それから専用の重力フィールド装置という究極の矛と盾を装備しており、唯一の弱点である「その場から動けないこと」を補って余りある戦闘能力を持っている。閉鎖空間に設置されているという状況を含めて考えれば、実質ほぼ無敵と言っていい。「ほぼ」というのは、実際に俺がウォーリーをどうにかしたという実績があるから「ほぼ」なのだが・・・あれはほとんど博打に近い方法で眠ってもらっただけなので、こうして戦闘状態に入ってしまったグレートウォールと正面切ってやりあうのは下策中の下策である。まずは撤退して作戦を練ろう。なにせ俺たちの背後には今下りてきたばかりの階段があるのだから、逃げるだけならそう難しくないだろう。
「エド、ナナ、いったん退却・・・え?」
俺が言い終わるより早く、ナナはグレートウォールに向かって飛び出していた。立て続けに極太のレーザー砲で攻撃してくるグレートウォールに対し、しかしナナはまったく動じることなくまっすぐに突き進む。プラズマ防壁を正面に展開し、次々と発射されるレーザーを拡散させて防ぎながらものすごい速度で走っていく。敵までの距離は30メートル程度だが、その間には遮蔽物も安全地帯も一切存在しない、ただまっすぐな通路が伸びている。
「ナナ・・・っておい、エド!?」
とりあえずうろたえる俺を尻目に、我が自慢の弟子の行動は早かった。まったく迷うことなく駆け出し、ナナの後ろをぴったりと追いかける。レーザーに混じって時々レールガンが発射されると、ナナはその場に踏ん張り、防壁をさらに強固にすることで極超音速の弾丸を弾いた。衝撃波でコンクリートの壁に亀裂が入り、ナナの髪が揺れ、すでにずっと後ろにいる俺のところにまで強烈な風が吹き付ける。しかしエドはまったく動じることなく、ナナの背後に張り付いていた。
「正面カラ我に接近スルとは・・・愚かナ。」
ナナは瞬く間にグレートウォールの目の前に到達し、プラズマをまとわせた凶悪なパンチを放つ。しかし拳がグレートウォールに命中する直前に、ナナはヒザを折って地面にしゃがみこんでしまった。
「・・・からだ、おもいっ!」
これはグレートウォールに装備された強力な重力フィールド装置のしわざだ。目の前で発射された弾丸すら捻じ曲げる強力な重力で、ナナを地面に押さえつけたのである。自動車程度なら簡単に押しつぶす重力でも壊れないナナの頑丈さは素晴らしいが、しかし動きは完全に封じられて地面にへたり込んでしまった。ただ、その目だけは変わらずグレートウォールを冷静に見つめており、焦る様子はまったくない。
「悪く思うナ・・・排除スル。」
動けないナナを、グレートウォールの強力なレーザー砲が狙った。だがナナは変わらず、何事も起きていないかのように静かな目でグレートウォールを見ている。その目はまるで、自分を守ってくれる何かを絶対的に信頼しているようだ。そしてグレートウォール不審に思いながらも構わずレーザーを発射しようとした瞬間、突如として空間が真っ白に染まった。白一色の世界に、少年の声が響く。
「スモークグレネードだよ。」
ナナのすぐ後ろにいたエドが、煙幕を展開したのだ。グレートウォールは一瞬驚くが、取り乱すようなことはない。なぜなら彼には多様なセンサーが搭載されており、煙幕程度で完全に視界が塞がることがないからだ。すぐに視界を熱探査に切り替え、敵の姿を探す。だが不思議なことに、さっきまでそこにいたはずの少年の姿が見つからない。視界が塞がれたのは1秒にも満たない短時間のはず。いったいどこに消えてしまったというのか。
「ふーんなるほど・・・このあたりを壊したら、重力フィールド装置は使えなくなるね。」
グレートウォールは驚愕した。3000年以上エラーのひとつも起こさなかった彼の演算装置に大量のエラーが発生し、思考が乱れて停止しかける・・・要するにパニック状態である。少年の声は自分のすぐ上・・・あり得ないことに、頭の上から聞こえたのだ。そう、いつの間にかエドは、グレートウォールの頭の上に乗っていた。
「エド、だいじょうぶそう?」
「もちろんだよ、ナナ。ちょっと待っててね。」
「うん!」
こんなことはあり得ない。混乱するグレートウォールを尻目に、地面に抑え込まれた少女と頭の上の少年があまりにも自然に日常会話をしていた。グレートウォールはいつも全方位、360度を囲むように重力フィールドを展開している。今は幼女型アンドロイドにある程度の出力を集中しているが、そんな状態でも背後までフィールドは存在しているのだ。確かにわずかに隙間はあるはずだが、目視不可能な重力フィールドの隙間をかいくぐることなどできるはずがなく、わずかでもフィールドに触れれば生身の人間はすぐ地面にキスすることになる。ましてや相手は小さな子どもだ。
「ナ・・・ナ・・・どうやって・・・ナゼ・・・?」
「あれ、意外とパニック起こしやすいんだね。ウォーリーの方が君よりずっと賢いのかも・・・ちょっと変だけとね。ねぇ、ナナ?」
「うん、ウォーリー、ときどきなにいってるのかわかんない。」
「それは・・・分からないままでいいんじゃないかな。」
だが現実に、頭上からは少年の声が響いている。混乱するグレートウォールだが、すぐにそのトリックに気がついた。煙幕だ。あの煙幕は目くらましではない。重力はあらゆる物体に作用する。それは煙幕も例外ではない。重力フィールドが存在する空間の煙は重力に押されて地面に消え、フィールドがかかっていない部分には煙が残っている。少年はフィールドの隙間を目視するために煙幕を展開したのだ。そして瞬きほどの時間でフィールドをすり抜け、自分の頭に飛び乗った。センサーによれば彼は完全に生身の人間であり、目の前でへたり込む少女のようにアンドロイドではない。しかしこの少年は貧弱で壊れやすい生身の身体でありながら、人間離れした技で重力フィールドをかいくぐったのだ。
「ばっ・・・バカナ・・・」
「じゃ、ナナを離してもらうね。」
次の瞬間、エドは愛用のプラズマカッターをグレートウォールの身体・・・重力フィールド装置と目星を付けた位置に向かって突き刺した。重力フィールドが消滅し、ナナを拘束していた力が消失する。そんなナナを横目で確認し、エドはグレートウォールの身体を蹴って地面に飛び降りた。彼が着地する前にはもう、ナナの小さな、しかし悪魔的な破壊をもたらす凶悪な拳がグレートウォールにめり込んでいる。
「ナナちゃんぱーーーーーーーんちっ!!」
ナナの全力ぐーぱんち。強固さが自慢の拠点防衛兵器が空き缶のようにひしゃげ、それから粉々に砕けて散弾銃の弾のように弾けとんだ。無数の破片がコンクリートの壁に次々とめり込んでいく。ナナのパンチはいつだって一撃必殺、殴られた方は自分が死んだことにすら気づかない超速のパンチだ。
舞い上がったホコリと煙幕が晴れていくと、ナナが笑いながら両手を高く上げて、エドの方を見ていた。いつものように満面の笑み、その身体には傷のひとつもついていない。エドは慌てて自分も両手を上げ、ナナの方に近づく。ハイタッチである。タッチの瞬間、顔が触れそうに近づいてエドがまた真っ赤になった。
「やったねぇーーーー、エド!」
「うん・・・ナナ、ケガとかしてない?」
「エド、しんぱいしょーーーーう!」
すべてが終わってから、俺はノコノコと2人のもとにやってきた。グレートウォールと正面からやりあって完封とか・・・うちの子と弟子、どうなってんだ。
「あの・・・なんだ、お疲れさま。」
するとナナはハッと何かに気がついた様子をみせ、それから申し訳なさそうに俺に言った。
「ごめん、おとーさん・・・ウォーリー2号・・・ばらばらにしちゃった・・・。」
見れば黒いグレートウォールは修復可能とか不可能というレベルを超越したバラバラ具合、文字通りただの鉄くずになっている。俺はナナの頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。
「ふたりが無事ならなんでもいいよ。・・・それに、下ネタ担当は間に合ってるし。」
どこか遠くで、変態ロボットのくしゃみが聞こえた気がした。




