リメンバー
【前回までのあらすじ】
・レイさん、慌てる
「レイ、メイドたるもの、いつでも冷静でいなければなりません。少し落ち着きなさいな。」
俺の部屋に飛び込んできたレイを、マキちゃんは静かにたしなめた。しかしレイは落ち着くどころか、一層ヒートアップしてマキちゃんにすがりつく。
「はっはっはいですぅ!でも姉さま、ご主人さま、本当に大変なんです!」
「どうしたの?マキちゃんより好きなものができた?」
「そんなこと、『ある日とつぜん無職でダメ人間なご主人さまにチート能力が芽生えて悪者たち相手に無双しまくる展開』ぐらいあり得ないですクソご主人さま!そんなことよりこちらを見てほしいですぅ!町から700キロ地点のレーダーウサギが見ているリアルタイムの映像ですぅ!」
空中に新しい画面が開き、そこに見慣れた青空と荒野が映し出された。一見なんの変哲もない映像だが、青空の真ん中になにかがポツリと浮かんでいるのが見える・・・なんだ、UFO?ウォーリーも前にUFO見つけて喜んでたな。AIってみんなUFO好きなの?俺も好きだよ。
「アダムスキー型かな・・・?」
「UFOじゃないですぅ!拡大するです!」
ポツリと浮かぶ何かの映像がググッと拡大されていく・・・これは・・・なんだ?豆腐?いや、たくさん窓がついてる・・・これは建物か?
「なにこれ・・・空飛ぶビル?」
そう、それは空飛ぶビルだった。とても遠くを飛んでいるようで縮尺がわからないが、かなり巨大だということはわかる。10階建ぐらい高さがあるにも関わらず横長だ。そんな巨大ビルが、どういう原理か空を飛んでいる。ビルの周りには無数の光がホタルのように飛び回っていて、幻想的といえば幻想的に見えなくもない。・・・見た目はただのビルだが。
「なんでこれ・・・ビルが飛んでるの?」
マキちゃんにもこれがなんなのか分からないらしく、困惑した様子である(といっても相変わらずの無表情で、俺ぐらいしか微妙な表情の変化を読み取れないだろうけど)。じっと画面を見つめてからレイに質問した。
「レイ・・・これがなんなのか、あなたは知っているのですか?」
レイはマキちゃんと俺をじっと見た後、思い切ったように大きな声で言った。
「これはモリサワ第13機密兵器研究所・・・レイの実家ですぅ!」
「・・・実家?」
レイの実家ってなんだっけ・・・前に「散歩している」とか言ってた建物か。ぜんぜん見つからないと思ったら、まさか空中散歩をしているとは思わなかった。・・・ん、待てよ。
「じゃあ、あのホタルみたいに飛び回ってる無数の光は・・・?」
「ぜんぶ、レイの姉妹ですぅ!」
「嘘だろ・・・?100個ぐらい飛んでるぞ?」
レイはもともと、1対1でナナでも勝てないほど強力な戦闘用アンドロイドだった。それがあんな数で飛び回っているとなれば・・・勝ち目があるとかないとかいう次元ではない圧倒的すぎる戦力だ。考えるだけで大便的なものが漏れそう。
「これはやばいね・・・こっちに来ないように祈るしかない。」
俺の言葉はしかし、すぐに否定されることになる。
「残念ながら、まっすぐこっちに向かってきているですぅ・・・。レイの実家はいつも研究のために戦闘能力が高いものを探しているので、ドラちゃんを検知したんだと思うです。そうじゃなければあんなに低い高度にいる説明がつかないのですよ。普段はもっと高いところを飛んでいるのです。」
「マジでか・・・ん・・・?」
・・・なんだ、なんか変だぞ。会話していて、レイに違和感を感じた。前に第13機密兵器研究所について質問したときは、彼女の答えはまったく要領を得ないものだった。それが今日はどうだ。やたらとスラスラと、的確に質問に答えてくれる。マキちゃんも同じように感じたらしく、俺がしたかったのと同じ質問をレイに投げかけた。
「レイ、あなた・・・ひょっとして、記憶が戻ったのですか?」
「あ、はいです。」
俺は思わず椅子を蹴って立ち上がった。マキちゃんも表情には出ないが、明らかに警戒しているのがわかる。たしかにレイの主人は俺に設定してあるが、記憶が戻ったとなればその設定がどこまで有効かわからない。この第13機密兵器研究所とやらを呼び寄せている可能性すらある。しかしレイは気にした様子もなく、きょとんとした顔で話を続ける。
「第13機密兵器研究所を見たら、ぜんぶ思い出したです。あそこで作られて、戦闘データを集めに外に出て、みんなによってたかって攻撃されて死にました。ナナちゃんの強烈な蹴りもウォーリーにブチこまれた弾丸もの痛みも、ぜんぶ覚えてるですぅ!」
いよいよ俺は逃げ出そうと少しずつ後ろに下がり、マキちゃんはじっと射抜くようにレイを見つめている。だがレイは、そんな俺たちを見ても首をかしげるだけだった。
「ご主人さま、どうしたですか、いきなり立ち上がって・・・うんこですか?」
「・・・いや、えっと・・・」
俺が言葉を探していると、マキちゃんが代わって話をしてくれた。
「レイ、記憶が戻って・・・私たちを恨んだりしないのですか?その・・・あなたは・・・極めて好戦的で・・・私たちと敵対していましたから。」
マキちゃんの言葉を聞いたレイは、劇的な反応を見せた。瞳がうるんだかと思うと、次の瞬間には大粒の涙がボロボロとこぼれる。しまいには大きな声をあげて泣きはじめた。マキちゃんに似た大きな瞳から冗談みたいな量の涙が吹き出し、綺麗な形の鼻から鼻水がズルズルと流れる。黙っていれば美術品のように整った顔立ちのレイだが、いつものやんちゃな振る舞いのためにいつも10代の少女のような印象を受ける。ましてや、こうして泣いている姿はまるで子どもだ。あまりに大きな声で泣くので、何事かとナナとエドとハル、それからウォーリー夫妻まで集まってきた。
「あんまりです!あんまりですぅ!・・・レイはみんな大好きなのに!マキ姉さまも、ナナちゃんも、エドさまもハルさまも、ランスさまも、クソッタレのウォーリーだってイリスさんだって、みんなみんな大好きなのに!家族だと思ってるのに!」
「レ、レイ・・・。」
凄まじい泣きっぷりに、俺たちは完全に置いていかれている。
「ちょっと記憶が戻っただけで敵になると思われているなんて・・・あんまりですぅ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
マキちゃんは慌ててレイのホログラムを抱きしめた。俺も胸を打たれてレイのネコを抱いた。ハルとナナがそんな俺たちを見て微笑ましそうに笑った。ふだんはレイとケンカばかりしているウォーリーでさえ、照れたように頭を指でポリポリとかいている。マキちゃんは優しくレイを抱きしめながら、心から申し訳なさそうに言った。
「レイ、ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・。今のは完全に私が悪かったですわ。私たちは姉妹です。記憶が戻ろうと戻るまいと関係なく家族なのですわ。本当に・・・ごめんなさい。」
「ふぐぅぅぅぅぅぅぅ・・・そうです、マキ姉さまとレイは姉妹です。みんな家族ですぅ。レイがみんなを裏切るなんて『ある日とつぜん無職でダメ人間なご主人さまにチート能力が芽生えて悪者たち相手に無双しまくる展開』ぐらいあり得ないです。」
「レイ、そのネタ、2回目ですわ・・・ふふふ。」
「姉さまぁ・・・えへへ・・・。」
しょうもないやり取りにみんなが笑った。そうだ、みんな家族なんだ。そんな中、俺は密かにショックを隠せないでいた。いや、この空気に水を差すのもアレだから言わないけど・・・。俺は誰にも聞こえないようにボソッとつぶやいた。
「レイ・・・『みんな大好き』の中に・・・俺を入れるの忘れてたよ・・・?」
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