ドラゴンライダー
【前回までのあらすじ】
・主人公、竜に乗っちゃう
「矮小な人間風情が・・・最強の竜種であるワシを従えられるとでも思ったかッ!」
驚いた。必死になって飛行するドラゴンの背にしがみついていると、激しい風切音に混じってドラゴンの低く威厳のある声が響いたのだ。こいつ・・・喋れるのか!高速で飛行しているために大変聞き取りづらいが、普通に言葉を話している。言語を理解するナマモノは初めて見たかもしれない。
「マキちゃん、スゴイよ・・・このドラゴン喋ってる!」
「ご主人様の詐欺師トークの出番ですわね。」
「対話ハッキングって言ってよ・・・。」
しがみつくのに必死で手も足も出ないが、口ならいくらでも動くぞ。俺はさっそくドラゴンに向けて大声で語りかける。初対面なので緊張するが、状況が状況だけに気にしていられない。というか自分が空中を超速で飛んでいるという事実の方がよっぽど怖い。お腹がヒュンヒュンするのは苦手だ。
「やぁドラゴンさん、元気?」
「・・・ふん、人間風情がワシと対等に口をきけると思うな。」
「まぁそう言わないでよ。俺の仲間になったらいいことあるよ?」
「ほぅ、いいことだと?申してみよ。」
「ドラゴンさんが食べまくったウサギとか鳥、あれ全部俺が作ったヤツなんだ。食べ放題にしてあげるよ。どう?」
「・・・ふん、悪くはないな。」
おっと思ったより好感触。こいつひょっとしてチョロいんじゃない?チョロいドラゴン、略してチョロゴンだ。
「だが、それだけではワシを従えるのは不十分だ。貴様の力を見せてみろ。」
「え?なにすればいいのチョロゴン?」
「チョロ・・・?まずは最低限、全力のワシに振り落とされずにつかまっていろ。話はそれからだ。」
「・・・マジっすか。」
チョロ・・・ドラゴンは急激に速度を落としたかと思うと、次の瞬間、弾丸のように加速した。右に左に急旋回し、そのたびに俺の口から内臓的なものが噴き出す。さらに地平線が丸く見えるほどの高度に急上昇したかと思うと、一気に地上スレスレまで急降下する。俺の身体は凍りつき、かと思えばいろいろな部分から血が吹き出し、あっという間にボロ雑巾のようだ。マキちゃんのホログラムが現れ、珍しく心配そうに俺を見た。
「ご主人様、大丈夫ですか?予想を遥かに上回る運動性能です。まさかここまでされて振り落とされないなんて、ご主人様を見直しましたが・・・。ウォーリーのためとはいえ、あまり無理されると精神に異常をきたす可能性がございます。・・・ご主人様・・・ご主人様?」
「・・・。」
「ご主人様、無理せず一度落ちてしまいましょう。このまま振り回されるよりよっぽどマシです。仕切り直しましょう・・・ご主人様?」
「・・・。」
「ご主人様・・・返事をしてくださいな、ご主人様。」
返事をしない俺に、マキちゃんが必死で呼びかける。ぼやける視界で見た彼女は、超高速の空中においても変わらず美しい。ホログラムの髪は風に揺れることなく、潤んだ瞳が乾くこともない。・・・ん、本当に珍しいことに、マキちゃんが少し涙目だ。途中から記憶が曖昧だが、お腹がヒュンとかそういうレベルを遥かに超えた飛行を体験した気がする。俺がこういうのを苦手だと知っているから心配なのだろう。たとえ肉体は不死身でも、過大なストレスで精神が死ぬことはあるのだ。
泣いているマキちゃんを見てみたいような気もするが・・・でも、やっぱり笑っていてほしい。いや、いつも無表情だから笑わせるのも難しいか。とにかく俺は声を出そうと凍りついた口を動かす。ナノマシンの修復も手伝って、どうにか声を出すことができた。
「マキちゃん、聞いて・・・。」
「はっ!はい、ご主人様!大丈夫ですか!?私はここにおりますわ!」
「ありがとう・・・マキちゃん・・・それでね・・・」
「はい、なんでしょうか!?」
「腰の金具がドラゴンの出っ張りに引っかかって、取れない・・・。」
「・・・は?」
正直、何度かあきらめて地上に落ちてやろうと思ったのだが、なぜだかロープで降りる時に使った金具がうまいことドラゴンの身体に引っかかっていて取れないのだ。マジで参った。マキちゃんは金具の状態をチェックすると、諦めたように言った。
「・・・これは・・・外れませんわ。」
「・・・ほんとに?」
次の瞬間、ドラゴンは今までで最高にヤバい動きを見せた。あり得ないほどの速度で加速し、しかも螺旋を描くように高速で回転までしている。あまりのGに俺の骨盤がゴッキンゴッキンと砕け、背骨やら肋骨やら、ありとあらゆる骨が砕けた。しかしどういうわけか金具は外れず、俺の身体も千切れそうになりながらしっかりドラゴンにぶら下がっている。視界の隅に、マキちゃんがボンボンを持って応援しているのが見えた。珍しく彼女も必死だ。俺の精神がポテチより壊れやすいのをよく知っているからだろう。チアガールのコスプレをしてくれたらもっとよかったのに。どれくらいそうやっていたのかわからないが、ドラゴンはいつの間にか速度を落とし、低空をゆっくりと飛んでいた。ボロボロの耳に、低く威厳のある声が響く。
「他愛もない・・・人間とはなんと脆弱なものよ。この程度の飛行にすら耐えられぬとは」
「び、び、び、ビビッたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「なッ・・・ビビッた・・・だと・・・!?貴様、なぜ生きている!?」
「怖いよぉぉぉぉぉ!めっちゃ怖いよぉぉぉぉ!2回は乗りたくないよぉぉぉぉぉ!」
「貴様、そんな軽いノリの感想を・・・!恐ろしいヤツだ・・・。」
「ズボンびしょびしょだよぉぉぉぉぉぉぉ!」
幸いにも途中から脳みそがシェイクされたのか、記憶が曖昧だ。記憶がなければ精神は死なないし、身体はすぐに元通りだ。ナノマシンさん、いつもありがとう。とはいえ少々錯乱している俺に、ドラゴンは問いかけた。その声色は先程までと少し違う。俺を認めてくれつつあるのかもしれない。
「おい人間・・・もし貴様に仕えることになったら、ワシをどう扱うつもりだ?破壊兵器か、それとも人助けの道具か?」
「なんでこの金具、こんな丈夫なんだよぉぉぉぉぉ!」
「ご主人様、ドラゴンが話しかけていますよ。」
「えっあっはいなに?・・・ああそう、仲間になったら・・・?えっとね、まずは手頃なサイズに分解して、それからレーザー破壊式原子スキャナにかけて・・・」
「ふざけるな貴様!いきなり分解とか・・・ないだろう!」
「いやいや聞いて、そういう分解じゃなくて・・・」
「分解にそういうもああいうもあるか、狂人め!次の飛行で振り落とすッ!」
ドラゴンが再び加速の体制に入った・・・さっきの飛行を思い出して俺の心が絶望に染まるが、恐ろしい加速はすぐに止まることになった。目の前の岩山で突然落石が起こり、避けようとしたドラゴンが体制を崩して失速したのだ。きりもみしながら地面に落ちていく俺の視界に、【ハリケーン】を構えたウォーリーが見えた。マキちゃんの解説が脳内に響く。
「ウォーリーがドラゴンの飛行を妨害するため、岩山を崩したようですわ。新婚パワーですわね。」
落石なんて普段のドラゴンなら避けてしまうのだろうが、俺の話術で冷静さを欠いていたのだろう。俺は世界で初めてドラゴンを話術で墜落させた男かもしれない。誰か語り継いでほしい。
そのままの勢いで地面に墜落したドラゴンは土煙を上げながら地面を滑り、金具が外れて解き放たれた俺は、その脇をゴロゴロと派手に転がっていく。ああ、この程度の墜落なんて、さっきまでの飛行に比べたらマッサージみたいなものだ。
「ぉぉぉぉぉぉぉ?・・・なにがどうなった?」
百メートル以上転がってから岩にぶつかって止まり、どうにか頭を起こすとそこには・・・片手でドラゴンの頭を押さえつけるナナの姿があった。とても楽しそうにキャッキャしている。
「ドラゴン・・・げっとだよ!」
「ぬぅぅぅ・・・動かぬ!なんだこの童女・・・化け物か?離せ!離さぬか!」
「かっこいいいいいい!ドラちゃん!ドラゴンさん、きょうからドラちゃんね!」
「ぬぉぉぉぉぉ!かわいい感じの愛称をつけるでない!ええい、ぴくりとも動かぬ!なんだこの力は!?」
ボケっとナナとドラゴンを見ている俺に、マキちゃんが冷静に状況を知らせてくれる。
「どうやらナナとエドがいた場所に墜落したようですわ。」
「そっか・・・ん、エドはどこいった?」
なんということだろう。いつの間にかエドはドラゴンの背に乗っていた。ワクワクと顔を紅潮させながら、ゆっくりと『逆鱗』に手を伸ばす。
「なっ・・・!やめろ!我は人間の子どもなどには従わぬ!それに触れるなッ!」
必死のドラゴンはしかし、ナナの拘束(片手)から逃れられない。揺れるドラゴンの身体の上で、しかし人間を辞めつつあるエドはまるで気にした様子もなく嬉しそうに笑った。
「スゴイ・・・喋ってる・・・!どこから分解しようかな!?」
「ギャア!なんでどいつもこいつもワシを分解しようとするのだ!」
「大丈夫だいじょうぶ、そういう分解じゃないから・・・。」
「分解にそういうもああいうもあるか!狂人しかいないのか、ここは!?」
なんだか威厳がなくなってきたドラゴン。
そしてついに、エドの小さな手がそっと『逆鱗』に触れた。その効果は絶大で、ドラゴンは急激に大人しくなる。ナナが手を離すと、自由になったドラゴンはそっとエドを下ろし、彼の前に頭を垂れた。今ここに、300年ぶりのドラゴンライダーが誕生した。その名もエド。ロボット狂いの天才少年、エドだ。ドラゴンは威厳のある声で、うやうやしくエドに言った。
「今この瞬間よりこの竜、この身の全てをもって貴方様に仕えさせていただきます。我が主よ、どうかその名をお聞かせ願えますか。」
「ボクはエド、よろしくね。それとね・・・。」
「はっ・・・エド様。なんでしょうか。」
「今日からキミはドラちゃんだ。」




