無茶ぶり
【前回までのあらすじ】
・ウォーリーさん、定番のセリフを言う
「それは・・・しかし・・・いや・・・いやいや・・・」
町長は明らかに困惑していた。彼の孫娘であるイリスさんが心神喪失状態であることは当然知っている。そんな孫娘をいきなり嫁にくれというのだ。確かに俺たち、特にウォーリーは町を救った英雄であり、普通であれば一も二もなく了承したかもしれない。しかし、孫娘の意思を確認することもできず、そもそも彼女が自分自身の世話すらできないような状態で、見ず知らずの相手(おまけに頭が四角いロボ)に嫁にやるというのは・・・とてもはいどうぞなんて言えるわけがない。
「・・・。」
「イリスサマ・・・そんなことを言わないでくだサイ。町長さんも貴女が心配なのデスから。ねぇ、町長サマ?」
「ええ・・・いや・・・ワシには何も聞こえんけど・・・。」
なぜかウォーリーだけがイリスさんの言葉がわかることも町長は知っているし、ちゃんと信じている。彼女でしか知り得ないこと、彼女の幼少時代の思い出などをウォーリーが話してみせたからだ。しかしそれでも直線彼女の口から言葉が出ない以上、ダメ押しには足りないらしい。ロボだしな。
「・・・。」
その時、奇跡が起きた。ぼんやりしていたイリスさんがふいに頭を抱える町長の手を取り、その目をじっと見たのだ。すぐに手は離れてまたイリスさんは虚空を見始めたが、それでも町長は何かを感じ取ったようだった。
「はぁ・・・どうやら本当にイリスは、あなたを慕っているようですな。」
「それデハ!?」
「・・・ひとつ、条件をつけさせてくだされ。ワシは、あなたのことを存じませぬ。このような状態のイリスを任せるに足る方がどうか、見極めさせて頂きたい。」
「・・・条件デスカ?」
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町長はウォーリーと俺、それから起きてきたハルとエド、ナナを連れて町の中心にある広場にやってきた。広場の中心には、大きな戦闘機・・・のようなものが鎮座している。
「これは・・・ドラゴン・・・?戦闘機?」
「そう・・・ドラゴンですな。ここがドラゴンの町と呼ばれるゆえんがこれです。古くからハリアードラゴンと呼ばれておる。」
ドヤ顔で町長が紹介してくれたのは、機能停止しているが、まさに竜と呼ぶにふさわしいナマモノだった。基本的には戦闘機とトカゲを合体させた感じである。普通の戦闘機のようにも見えるが首や腰にあたる部分にちゃんと関節があり、かなり自由にポーズが取れそうだ。離着陸時に使用するタイヤの代わりに太い後ろ脚と、少し細めの前脚が生えている。機首にはなんと金属製の竜の頭・・・鋭い眼と凶悪な牙が並んだ口を備えた、ちゃんとした竜の頭がついている。だが戦闘機らしく、竜の頭の少し後ろにはちゃんと人が乗れそうなコックピットもある。これはとても古いナマモノの残骸らしく、部分的にサビも出ていた。
「か・・・かっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
なんだろう、俺の心の中の男の子部分がすごく刺激される・・・。振り返れば、エドが目をキラキラさせてドラゴンを見ていた。そんな俺達の反応に満足した町長が説明を続けてくれる。
「ここから100キロほど北上したところ・・・その名も『竜の谷』という場所がある。そこには昔から、この種のドラゴンがたびたびやって来るのです。ご覧の通り、恐ろしく危険なナマモノですぞ。」
町長の言葉にマキちゃんが反応する。
「ご主人様、その『竜の谷』ですが・・・おそらく我々の目的地と同じ場所ですわ。」
おお・・・トラン・ホークが消滅する理由はこいつに食われているせいか。早々に原因がわかってよかったなぁ。
「あの、町長さん。この残骸はなんなんですか?そこの看板に『伝説のドラゴンライダー』がどうのって書いてありますけど。」
ハルの質問に、町長は全力のドヤ顔で答えてくれた。
「よくぞ聞いてくれましたな。これは300年前、我が村に実在したドラゴンライダーが乗っていた竜なのです!」
「ドラゴンライダー?」
町長はうんうんとうなずき、もったいぶった様子で話を続ける。たぶん、普段から話したいのに聞いてくれる相手がいないんだろう。最高に嬉しそうだ。
「左様・・・このハリアードラゴンは凶暴で人を襲います。しかし同時に、人に従う習性を持った不思議な存在なのです。首のうしろのウロコ・・・『逆鱗』と呼ばれる部分に人が触れれば、たちまちその人間を自分の主人とみなして従順になるのですじゃ。」
「げきりん?」
わざわざドラゴンの横に足場が用意されていたので登り、上から見てみた。なるほど竜の背中、コックピットの手前あたりに黒いパネルがある。静脈認証用のタッチパネルに見える。
「ふーん・・・つまり、最初に静脈認証した人間に従うのか・・・兵器なのか生き物なのか、よくわかんないなコイツ・・・。」
俺の独り言にマキちゃんが答えてくれた。
「ええ、どうしてそのような習性を持っているのか不思議ですわね。この世界がどうして今の姿に変わってしまったのか、その原因を知る手がかりの一端となるかもしれません。」
そんな俺達に構わず、町長の語りは続く。
「ドラゴンの逆鱗に触れるのは、容易なことではありません。たった1匹で1000の町を灰燼に帰す化け物です。この町でも数年に一度は挑戦するものがおりますが、成功するものはおろか、生きて返ってくる者もおらんのです。最後に成功したのが、この300年前のドラゴンというわけですな。」
「この子・・・動かないみたいですけど、今誰かが逆鱗に触れてもダメなんですか?」
ハルの質問に、町長はまたうんうんとうなずく。どうもハルの質問は彼の話したいポイントを的確に突いているらしい。
「一度人に従ったドラゴンは、どこまでも同じ主人に従いますのじゃ。たとえ主人が死んだとしても、他の人間に懐くことはありません。このドラゴンも、主人である人間が病死すると、後を追うように動かなくなってしまったのですじゃ・・・。」
300年前の話なのに、町長は見てきたように語り、目に涙さえ浮かべている。ドラゴン好き過ぎだろ。ふと気がつくと、黙って一緒に話を聞いていたはずのエドの姿がない。あたりを見回すと、ドラゴンの残骸の下に潜り込んで工具をガチャガチャやっていた。
「師匠!このドラゴン、プラズマエンジンのフュージョンシールが劣化してるだけなんで、ここだけ交換したらまた動きますよ。」
「ちょ、おい、やめなさい!いい話が台無しだろ・・・え、いやいや町長さん、子どもの冗談ですよ冗談。すみませんね、ふへへへへへへ・・・」
町長がなんとも言えない顔でエドを見る。俺がドラゴンの下からエドを引きずり出していると、ウォーリーが言った。
「なるほど・・・つまり、条件というノハ・・・。」
ウォーリーの言葉に、町長は気を取り直してニヤリと笑う。
「うむ。ドラゴンを手懐け、ドラゴンライダーとなってくだされ。それができた暁には、イリスとの結婚を認めましょう。」
おいおい、条件厳しすぎじゃないの?そんな無茶しなくても、ウォーリー置いていくからしばらくこの町で暮らしたらいいよ。彼は変態だけど無害ですよ。しかしウォーリーは間髪いれずに答えた。
「わかりまシタ。」
「・・・ええそうでしょう、無理でしょうとも・・・ん、今、なんと・・・?」
「3日以内にゲットして参りマス。」
「・・・フガッ!?」
町長としては、とりあえず無理難題を吹っかけて時間を稼ごうとしたのかもしれない。口をパクパクして言葉を失った彼を見ればわかる。しかし相手が悪かった・・・彼は変態だけどやる男ですよ。
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俺たちはまたトラックに乗って出発した。町を出る時、イリスさんは相変わらず無表情ながらも、なかなかウォーリーの側から離れようとしなかった。ウォーリーが一言二言話すと、しぶしぶといった感じで離れていった。どうやらマジで通じ合っているらしい。
向かうは竜の谷。俺はイリスさんがいないので、また運転するウォーリーの隣、助手席に乗り込む。
「ねぇウォーリー・・・イリスさんのどこを好きになったの?」
色々と聞きたいことがあったが、まずはこれだろう。おっぱいか、お尻か、くびれか、脚か、それとも大穴で顔か?相当な美人だ、ウォーリーが見ただけで惚れる要素はいくらでもある。
ウォーリーはしばらくじっと考えたあと、自分に確認するようにゆっくりと答えた。
「ウムム・・・そうデスね。その強い心・・・でショウか。」
「え?」
「彼女は、それはもう酷い体験をしまシタ。この世の地獄、普通なら再生装置を使おうとも脳が萎縮し、精神が崩壊スルような地獄デス。それでも彼女は自我を保ち、あの状況でなお、他の少女たちや町のことを心配していたのデス。どこまでも強く、美しい心デス。」
「え?」
「それに、今は我にしか聞こえないようデスが、アレでけっこうお喋りなのデスよ。教養も深くチャーミングで、いつまでデモ話していられマス。」
「え?」
「別れ際も、自分のことではなく我のことを心配してくれまシタ。ドラゴンと戦ったりしないで、あなたが危険な目に合うのは耐えられない、と・・・そう言ってくれたのデス。」
「え?」
「料理も得意だと言っていまシタ。我は食べられナイので、早くサイボーグ用の味覚センサと有機転換ユニットを搭載しなけれバ・・・。」
「え?」
「・・・どうかしまシタか?ご主人サマ?」
「・・・ううん、いや、あの・・・ごめんなさい・・・。」




