乙女
【前回までのあらすじ】
・トラックの旅中
・野盗発見
「このまま敵のアジトまで追跡いたしましょう。」
マキちゃんの言葉に俺たちのトラックは減速し、追跡している敵の集団から一定の距離を保って張り付いた。移動中の野盗を発見した俺たちだが、すぐに攻撃を仕掛けるというわけにはいかない。いうまでもなく、人質が満載のジープに【ハリケーン】や【ラッキーセブン】を叩き込めないからである。どこまでも見晴らしの良い荒野で、走る車をこっそりと追跡するのは不可能である。敵もこちらに気がついているはずだが、弾丸のひとつも飛んで来ることなく走り続けている。俺はマキちゃんに疑問をぶつける。
「こんなに堂々と尾行してるのに、敵はこのまま帰るつもりかな?」
「おそらくは、アジトまでおびき寄せれば確実に私たちを仕留められると思っているのでしょう。」
そんな会話を聞いて、ハルは獰猛に笑った。
「ふふ・・・返り討ちね。」
そんなハルを見て、俺は少しだけ不安になった。
「ハル、無理しないでね?俺と同じ戦闘服はあるけど、ハルは生身の人間なんだから・・・。」
ハルはそんな俺の顔を見て、しかし心配されること自体を嫌がるように顔をしかめた。狙撃銃を肩に担ぎ、後ろでまとめた髪が風に遊ばれているその姿はまさに荒野の天使である。しかしその天使はほんの少しであるが、いつもより元気がない。
「アタシだって・・・にーさんに良いところを見せたいのよ。」
見た目ではいつもの元気なハルを装っている。だからその違いはわずかであり、現に誰も気がついている様子もないが、ハルは胸にモヤモヤしたものを感じていた。それはサリーという人物を見てから湧いてきた気持ちで、時間が経つごとにジワジワと大きくなっている。
空母との戦いから帰ってきた時、サリーの態度を見たハルはすぐに確信した。あの黒髪の美人、サリーとかいう女性はにーさんに惚れている、と。そして詳しい空母戦の話を聞き、その確信はさらに強くなった。あのヘタレのにーさんが、必死になって守った?しかも、どうしようもなかった長年の宿敵を倒してくれた?・・・そりゃ惚れるわ。
「・・・そう、アタシだって・・・。」
サリーはナノマシン持ちである。さらに言うなら、聖霊様と違って肉体がある。美しく、しかも歳を取らない肉体が。
にーさんが聖霊様を特別扱いするのは仕方がないと思っている。彼を独占したい気持ちもあるが、500年間寄り添ってきた2人を引き離せるとか、聖霊様から奪うなんてことは不可能だとわかっている。それに、にーさんは聖霊様と一緒にいるからこそ魅力的のような・・・そんな気もさえする。だから、自分は2人の隙間に少しでも入り込めればいいと思っていた。自分には身体があるし、彼の子どもを・・・経験もないので考えると恥ずかしくなるが・・・彼の子どもを産むこともできる。それは聖霊様にはできないことだ。そこに自分が入り込む余地がある、と思っていた。
しかしそこに現れたのはサリー。美しく、洗練されていて、強く、歳を取らず、たぶん子どもだって産めるだろう。
ハルは思う。自分がサリーより優れているところなんてあるのだろうか、と。にーさんが自分を選んでくれる理由はあるのだろうか、と。
その考えはいつも明るいハルの気持ちに影を落とし、モヤモヤと心を侵食している。だが、そのことに気づくものはここにはいなかった。
「ねぇ・・・ハル?なんか今日のハル、変じゃない?だいじょうぶ?」
いや、そんなことはなかった。ハルが想いを寄せる当の本人が、ハルの顔をマジマジと覗き込んでいる。その顔は本当に心配そうで、しかもやたら近い。呆けていたハルは自分の心臓が飛び跳ねるのを感じた。
「こんな旅してるんだから、具合のひとつも悪くなるよ・・・。戦わなくていいから、休んでてよ。」
「だ、だ、だ、大丈夫よ!ちょっと精神統一してただけ!」
「うーん・・・そう?ホントに無理しないでね。」
彼はしばらく心配そうにハルを見ていたが、ふと思い付いたように付け足した。
「ああそうだ、ハル。」
「な、なあに?」
「別に、俺に良いところなんて見せなくていいからね。」
「・・・え?」
彼の突き放したような言葉に、ハルの心がチクリと痛む。しかし彼は構わず続けた。
「ネコの店とか食料の販売とかふだんの家事とかエドとナナのお世話とか色々・・・ハルがなんでもやってくれてるからさ。いつもハルの良いところは見すぎてるぐらい見てるから。」
「・・・。」
「だから、こんな時は無理して良いところ見せてくれなくても全然・・・ハル?ハル、本当に大丈夫?」
ハルはうつむいて両手で顔を覆っていた。泣いているのではない、耳まで真っ赤にして照れているのだ。その手の中では、いまだかつてないほどにニヤけた顔が隠れている。
「ぐふふふふふふふふふ・・・・」
「ハ、ハル?ハルさん?」
彼はいつも自分を見ていてくれたのだ。その不意打ち発言はハルの心にかかったモヤをあっさりと吹き飛ばし、光で満たす。そう、なんだかんだ言ってもハルはまだ花の15歳。ついでに恋する乙女である。そのテンションは一気に成層圏まで突き抜け、ハルの心はバラ色に染まった。
「アタシ、殺るわ!殺ったるわぁぁぁぁぁぁ!」
「ぐえっ!」
ハルはにーさんと呼ぶ男の胸に飛び込み、彼の華奢な身体は突然の事態に対処できず、そのまま後ろに転がってトラックの荷台の固い床に後頭部を打ち付けた。ハルはその頬を染め、瞳を潤ませて地面に倒れる彼を見た。
「にーさん、見ててね!野盗なんてアタシが皆殺しにしてあげるから!」
急に沸騰したハルのテンションについていけない彼は、目を白黒させながらつぶやいた。
「・・・え?あの・・・俺の話、聞いてた?」




