長距離通信網の設計
「やっぱり地下ケーブルだよ。モグラを改造して地下にケーブルを埋め込ませよう。」
数日後。
俺はエドとふたり、自室で地図を囲んで打ち合わせをしている。議題はもちろん「どうやって首都とこの町をネッコワークで結ぶか」である。首都の人口は多く、サリーによれば100万人ぐらいいるらしい。ネッコワーク普及のため、いち早く遠距離通信を実現しなければならない。
「師匠、地中に埋めるとして、野生のモグラ対策はどうするんですか。ツチモグラがうっかり掘れば、どんな極太ケーブルだって一発で断線しますよ。」
問題はその方法だった。首都とこの町の距離はおよそ1000キロ。その間には山あり谷あり野盗あり、川もあれば危険なナマモノも無数に生息している。おまけに常に乾燥していて日差しは強く、竜巻が起きることも珍しくない。うかつにケーブルなんて設置しようものなら、3日ともたず食べられるか千切れ飛ぶ未来が待っている。
「ううーん・・・じゃあ鉄塔・・・鉄塔立てて、空中に電線を・・・」
「師匠、野生のナマモノの多くは金属を食べますよ。金属の構造物を建てるなんて、エサを撒くようなものです。」
「うううーーーん。遠距離通信するならケーブルは必須だと思うんだけどなぁ。」
「普通にレーダーウサギを大量に配置すればいいじゃないですか。電波で長距離通信できるんですから。」
「だって、レーダーウサギが1匹あたり50キロの距離を通信できるとするだろ・・・1000キロの間に20匹のレーダーウサギが通信をリレーしたら、20ミリ秒ぐらい通信が遅くなるよ?」
「誰にもわかりませんよ、そんなの・・・。」
「ネトゲする時に困るじゃん・・・?」
「ねとげってなんですか?」
「・・・あっネトゲなんてないか。」
そんなわけでよく考えたらネットゲームがまだ存在しなかったので、今のところ通信の遅延をあまり気にする必要はなさそうだった。レーダーウサギを山ほど配置すれば簡単にネッコワークが途切れることはないだろうし、なにより実施が簡単だ。彼らは少しの鉱物と太陽光発電で動けるので、ほとんどメンテナンスしなくても遠距離通信を維持できるだろう。そうと決まれば善は急げ、である。
「マキちゃん、レーダーウサギを量産して、首都とこの町の間に配置しまくってくれる?」
「はい、すでにウサギの生成を開始しています。しかしご主人様・・・最も遠いものでおよそ1,000キロ先に配置する必要があり、しかもその間には危険な場所や険しい地形も多数ございます。ウサギに配置先まで自力で歩かせる方法では全てのウサギの配置完了まで最短でも198日かかると予想されますが、このまま続けてよろしいですか?」
「げっ・・・そうか、さすがにウサギに1000キロ歩かせるのは無理があるね。」
「はい。長編感動ドキュメンタリー映画『ウサギ、1000キロの道を征く』が出来あがる程度に困難な旅路になるかと。」
なんだその映画・・・ちょっと見たいが、あまり現実的とは思えない。こんな時、解決策を出してくれるのはいつでも頼れる弟子(7歳)だ。
「ねぇ、エド・・・。」
「師匠、それならいい考えがありますよ。」
「だと思った。」
エドが自分の部屋から持ってきたのはなんと、タカ・・・空飛ぶ鳥型のロボットだった。けっこう大きくて、翼を広げるとエドが食われそうな感じさえある。
「なにこれかっこいい!」
「トラン・ホークです。マキ先生いわく、小さな荷物を運ぶためのロボットだそうです。」
「おお・・・ドローンの一種、かな?」
マキちゃんが出現して、エドの説明を引き継いでくれた。
「これは民間の通販会社が商品を顧客の玄関先まで配達するために使っていたドローンを軍事用に転用したもので、高速で飛行して戦場の最前線に物資を届けるためのロボットですわ。プラズマライフルの木に元々データとして入っていたものです。」
「そういえば、プラズマライフルの木はいろんな軍用ロボットのデータが入ってるんだったっけ・・・。」
「トラン・ホークなら時速200キロぐらいで飛行できますから、レーダーウサギを運んでもらえばあっという間に配備が完了しますよ!」
うーんこの弟子、やはり頼れる。今回も俺はいてもいなくてもよさそうな感じがプンプンするぞ。
「じゃあマキちゃん、このトラン・ホークも100羽ぐらい生成して・・・」
「はい、すでにトラン・ホークの生成を開始しています。プラズマライフルの林を見に行きましょう。」
ほら・・・俺、なにもしてないけど話がビュンビュン進む。
林に着くと、すでに作業は始まっていた。生成されたばかりのレーダーウサギを、同じく生成されたばかりのトラン・ホークがひっつかんで飛び去っていく。どう見てもウサギがタカに捕まっているようにしか見えない。そんな様子をナナが木の根元になにかの錠剤を撒く作業をしながら眺めていた。
「ナナ、林の管理おつかれさま。」
ナナは俺に気がつくと当然のようにぴょんと跳ねて抱きついてくるので、俺も当然のように受け止める。見た目は色白で妖精のようなナナだが、抱っこすると少し土の匂いがして子どもらしい。
「おとーさん。これなあに?弱肉強食?」
「・・・ナナ、変な言葉を知ってるね。」
そのまま夕方まで、ナナとエドと3人でのんびりと林を眺める。予定では1日もかからずにレーダーウサギの配置が完了するはずだ。
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夜、自室でマキちゃんが表示してくれるレーダーウサギの配置状況図を眺めている。今回もいつものように、周りが優秀すぎて俺の出番がまるでなかった。
・・・ヒマだ。いつものように、机に腰掛けている手のひらサイズのマキちゃんを見る。今日も透き通るような白い肌、長い睫毛にスッと通った鼻筋・・・完璧な美しさに惚れぼれしていると、ふいにこちらを見たマキちゃんとばっちり目があった。こういう時はなんでもない雑談が始まるのがいつものパターンなんだけど、今日のマキちゃんは妙にソワソワしている。・・・嫌な予感しかしない。
「ご主人様・・・おヒマですか?」
「え?う、うん・・・いや、どうかな。」
テーブルの下から白い触手がウネウネと生えてきた。・・・やはり量産していたのか・・・。
「楽しいヒマ潰しがあるのですが、よろしければ・・・」
「よろしくない。」
「まぁそうおっしゃらず・・・手加減いたしますから・・・」
「だからヤダってば・・・あっあっもう!侵入が早いッ!」
何時間かそうやって触手にちょっかいを出され続けていると、町から600キロほどのところで移動中のレーダーウサギとトラン・ホークが次々と消滅しているのに気がついた。
「・・・ん、マキちゃん、これって・・・あっあああッ!ちょっと、ちょっとホントに聞いて?」
触手がゆっくりと引っ込み、マキちゃんが面倒くさそうに画面を見る。・・・最近のマキちゃんはデキるメイド感が大幅に減った気がする。主に触手のせいで。
「・・・はぁ。はい、ある地点でトラン・ホークの反応が次々と消滅していますわ。これは・・・何者かによる攻撃の可能性が高いですわね。」
「攻撃・・・時速200キロで飛んでるヤツを?」
マキちゃんは俺にまっすぐ向き直ると、わずかに微笑んだ。
「ええ、現地で状況を確認する必要がございますわ。ご主人様、出番があってよかったですわね。」




