彼女たちの午後
「その件は来週までに詰めておいて。ええ、それは今日中に私が処理しておきます。」
ユニオン本部。かつてウォーリーが窓の外にぶん投げられた執務室でテキパキと指示を出しているのは、もちろんユニオンの真の支配者ユニオン・サリーその人である。紺色のスーツに身を包み、長い黒髪をトップでまとめ、さらに伊達メガネをかけた「ザ・秘書」とでもいうべき姿。ともすれば地味と見られがちな実用性重視の服装にもかかわらず、スカートからスラリと伸びた脚、髪をまとめたことで露わになっている白く儚げな首筋、そしていつにもましてどこか艶っぽい表情が見る人を惹きつけてやまない。
「ふぅ・・・。」
自分の正体を知る数少ない部下が出ていき1人になると、サリーは大きく息を吐いて座り心地の良い革張りの椅子に身体を沈み込ませた。帰還してから3日、ほぼ休まず仕事を続けている。サリーの身体はナノマシンのおかげで疲労しないものの、精神的には相当な疲れが溜まっている。空母の危機は去ったものの、ユニオン軍が受けた損害は少なくなかった。人的な被害が大きく、亡くなったものの抜けた穴を埋めるには長い時間がかかると思われる。
「それでも・・・勝ったわ。私たち、勝ったのよ、ドーン。みんな。」
サリーは亡くなった戦友たちの名を呼んだ。3000年間なすすべもなかった相手に、ついに勝利したのだ。その心は疲労していたが、それでもやはり晴れやかだった。落ち着いたら、戦友たちの墓参りにでも行こう。そして、あの戦いのことを報告するのだ。あの戦い・・・あの・・・
「・・・ッ!」
ふいにサリーの顔が真っ赤に染まった。あの戦いを思い出して発作的に赤くなる・・・帰還してから何度も繰り返している「病気」である。あの時、サリーは戦場で高揚していた。だからまるで気にしていない様子だったのだが、冷静になると物凄い恥ずかしさに襲われるのだ。
裸で彼に抱っこされていたこと、
裸を彼にじっくりと見られたこと、
まるで隠せていないマント姿で暴れまわったこと、
高揚のままに、彼に襲いかかったこと、
別れが惜しくなり、思わず別れ際にキスしてしまったこと。
その全てが冷静になると、とてつもない恥ずかしさという形でサリーを襲った。
サリーは自分でいうように、男性経験は「そこそこ」ある。サリーほどの美人が若い姿のままで3000年も生きているのだ、それはもう「そこそこ」などというレベルではないだろう。だから普通なら、少し裸を見られたぐらいで少女のように恥ずかしがることはない。しかし今、サリーはとてつもない羞耻心に襲われている。それはなぜか。
「・・・守って、くれたわ。・・・何百年ぶりかしら・・・。」
敵の刃に焼かれた時、彼はどう見ても消し炭になった自分を抱え、まさに自分が死ぬというその瞬間までしっかりと抱きしめていてくれた。彼自身には戦う力も勇気も皆無であるにも関わらず、それでも自分を守ってくれたのだ。
サリーはご存知の通り、強い女性・・・強いどころか人類最強の女性である。その強さ故に、他の男性に守られるという経験は千年単位で皆無、少なくとも記憶にはないというレベルだった。そんなサリーを守ってくれた。しかも、どんな猛者でも見捨てていくであろう状況で、最弱とも思える彼が。その優しさを思うと胸に熱いものがこみ上げてくる。
・・・そう、サリーは落とされてしまったのだ。残念ハッカーに。惚れた相手にしてもらったこと、してしまったこと、見られてしまったこと・・・その全てが恥ずかしさとなって彼女の血液を沸騰させる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
机に突っ伏し、脚をジタバタして湧き上がる羞耻心に耐える。その姿は見た目通りの10代の少女のようだ。サリーがチラリと横を見ると、部屋の隅に巨大な電子ブレードとボロボロのマントが置いてあるのが見える。捨てるタイミングもなかったので持って帰ってきたのだ。特にブレードは刃こぼれひとつなく、少しメンテナンスすれば長く使えそうである。
サリーはブレードを手にとって、軽く振った。軽くといってもサリーの力である。ゴウッと風を切く音が響き、何メートルも離れたところに置いた書類が舞う。何度か素振りを繰り返すと、次第にサリーの心が落ち着いてきた。まだまだ仕事は山積みだが、その方がいい。余計なことを考えなくて済むし、時間が経つのも早いのだ。・・・次に会えるのは、いつになるかわからないのだから。そう考えている自分に気がついて、サリーはまた激しく素振りを繰り返した。頬が赤いのはきっと、運動のせいだけではない。
「はぁ・・・早くネッコワーク、展開してくれないかしら・・・そうしたら電話が使えるのに・・・。」
サリーは刀を置いて窓の外を見た。電話の普及を阻止するために町をひとつ消滅させようとしていた張本人とは思えないセリフだが、孤高の支配者にツッコめる相手はいない。
「はぁ・・・。」
形の良いくちびるから、悩ましいため息が漏れた。サリーの願いが叶うのはもう少し先の話である。
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一方、ネコの町。
マキちゃんはひとり、電子空間で記録映像を見ていた。いや、ガン見していた。彼女の前には、ミサイルに縛り付けられた彼女の主がサリーの圧倒的なテクニックで大変なことになっている。
「なるほど・・・こんなやり方があったのですね・・・!」
マキちゃんはいつか来る日のために、サリーの技術を学んでいるのだ。そう、これはいつか主を喜ばせるための勉強であり、楽しみで見ているわけではない。動画を食い入るように見つめる彼女の息は荒く、顔を耳まで赤くし、わずか数分の映像はすでに2000回以上再生されているが、これはあくまで勉強なのだ!
「・・・ふぅ。」
動画の再生数が3000回に近づいたところで、ふいにマキちゃんの表情が平静を取り戻した。・・・賢者モード、いや、「勉強」に対する情熱が落ち着いたからではない。他の女性に責められて陥落寸前の主を見て、心に湧き上がる黒い気持ちが抑えきれなくなってきたからだ。
「あらかじめ決めていたこととはいえ、なかなか・・・いいえ、これは必要なことですわ。」
マキちゃんにはもう数百年前からずっと心に決めていたルールがある。「主人に人間のパートナーができそうな時は邪魔しない」というルールである。
それには色々な理由があるのだが、単純にいえば「彼の幸せのため」だ。
主には家族がいなかった。彼は工場のような人口調整施設で産まれ、ずっと孤独に生きてきたのだ。家族らしい家族は自分だけ。自分では彼のそばにいることはできるが、ただそれだけ。彼の子を産むこともできなければ、同じ人間として共に生きることもできない。高度な電卓と変わらない存在、それが自分。
もし彼に人間のパートナーができて、家族ができて、幸せになれるのならば、自分は絶対に邪魔してはならない。ヘソを曲げることもなく、ただ彼に寄り添い、支える。それがメイドとしての自分の正しいあり方である。
サリー氏は明らかに主に惚れていて、主もサリー氏を悪く思っていない。てっきりその「パートナー」はハルになると思っていたが、同じナノマシン持ちのサリーのほうが、むしろふさわしいのかもしれない。なんならパートナーが2人になっても構わないが。
だからマキちゃんは何も言わず、むしろサリーを応援する。そう決めたのだ。
「・・・。」
しかしどうしようもなく湧き上がってくる黒い気持ち・・・「メイド」ではない、「女」である自分から湧き上がる気持ちだけはどうにもらならない。マキちゃんが自分でも驚くほどにその感情に振り回され翻弄されそうになる。彼女はただただ、いつもの無表情の下にその気持ちを隠すばかりだった。
「・・・はぁ、気分転換でもしましょうか。」
マキちゃんはまた別の映像を再生した。そこには、マキちゃんが操る触手で大変なことになっている主の姿が映し出されている。
「うふふふふふふ・・・うふふふふふふ・・・なんていい声で泣くのかしら・・・うふふふふふふ・・・。」
マキちゃんに笑顔が戻った。動画の再生数はすでに10万を超えている。
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