ハルとランス
「アタシはハル。運転してるのがとーさんのランス。銃職人のランスっていったら、この辺じゃとっても有名なんだよ。よろしくね、脚の速いにーさん。」
無邪気な笑顔を見せて、ハルは笑った。俺がよよよよろしくとどもりながら返事をして、クロがワフッと小さく吠える。マキちゃんは無言で腕時計に引っ込んでいる・・・静かなマキちゃんはかえって不気味だ。俺たちはまだ、ジープに揺られて荒野を進んでいる。
彼らが住む町までは、このまま走り続けてまだ1時間ほどかかるらしい。とてもいいチャンスなので、記憶喪失という設定を活かして色々と質問してみた。あれこれ聞くたびにハルは、
「ホントになにも覚えてないんだねー。」
と呆れるように笑いつつ、それでも丁寧に教えてくれる。カラカラと笑う笑顔はまさに天使。思わず俺の胸も高鳴る・・・マキさんなんで静かなんです?
まず最初に、俺は自分が冷凍された街の名前を、それから自分の国の名前を、最後に自分たちの星の名前を聞いてみた。
「・・・そんな街、聞いたことないなぁ。とーさん知ってる?知らない?とーさんが知らないならアタシが知るわけないね」
「・・・クニ?クニってなーに?」
「チキュー?ワクセー?さっきからなに言ってるの?やっぱり頭を打ったんだね、かわいそうに。」
という具合で、まるで箸にも棒にもかからない有様だ。ひょっとしてやハルの頭が残念な可能性もあったが、運転しているランスさんも無反応なのでそういうわけではないのだろう。
とするとここは本当にどこで、いつで、俺に何が起こったのだろうか。人に会えれば何かわかるかと思ったが、そう簡単にはいかないようで少し途方に暮れる。
次に、ランスさんの仕事について聞いてみた。さっき「銃職人」と言っていたが、銃がその辺の木から生えてくるのに、わざわざ作る必要があるのか不思議だったのである。
「バッカねー!欲しい形の銃を狙って栽培することなんてできないんだよ?ああいうのは自然の恵みだからね。」
ハルの説明を要約すると、自然に生まれた武器をバラして、新しいものに作り直すのが銃職人の仕事らしい。
天然の武器は、同じ木でも生まれるものが環境によってコロコロ変わったりするので、人為的なコントロールが難しい。そこで、注文に応じて天然のハンドガンからライフルを作ったり、ただのライフルを狙撃銃に改造するのが銃職人の仕事だ。他にも野生の自動車を捕獲・改造して人が乗れる車にする職人や、機械生物を作り変えて家庭用の発電機にする職人など、様々な仕事があるらしい。俺たちが今乗っているジープも、南の方にたくさん生息している野生のジープを改造したものらしい。なんだ野生のジープって。ジープの群れとか子ジープとかいるのか。頭が痛い。
聞いた話から推測するに、俺がやったような、木にハッキングして好きなものを生み出す行為は一般的ではないようだ。これについて正直に話してみても良かったが、面倒なことになりそうなのと、そもそも信じてもらえなそうなので今は黙っておくことにした。
「だから、にーさんが連れてるようなナマモノの犬って珍しいんだよ。軍隊か、よっぽどのお金持ちがたまに連れてるぐらい。」
クロのような自立兵器は、搭載されているAIが生物の脳のように恐ろしく複雑であり、人間による書き換えは非常に難しい。一般的な自立兵器職人が作り直したものは、もともと入っているAIを完全に消去し、職人が自前で用意したAIを新規インストールしたものになる。人間が作ったソフトでは自立兵器を滑らかにコントロールすることが難しいため、動作が悪く、どうしてもぎこちない動きになってしまうとのこと。クロのようにもともと搭載されているAIは普通、人間とみると攻撃してくるので懐くことはないらしい。
こういう人間の手があまり加わっていない天然の機械を「ナマモノ」、職人などが作り変えたものを「ツクリモノ」と呼んでいるらしく、その入手の難しさから、基本的に無傷のナマモノは価値が高い。勉強になった。じゃあクロを売っぱらったら現地の通貨がガッポリ手に入るかな・・・と考えながら横をチラリと見ると、悲しげに鋼鉄の耳を垂らしているクロと目があった。なんかごめん。
「そういえば、野盗が出るって言ってたけど・・・よく俺を助けてくれたね。野盗の仲間だとか、思わなかったの?」
「あっはっはっ!にーさんみたいに、ひとりでツチモグラに追いかけ回される野盗なんかいないよ!ヤツらはみんな徒党を組んで襲ってくるからね。いつも群れてんの。」
あのモグラはずいぶんメジャーで、追い回されるマヌケはあまりいないらしい。いいダイエットになるから、みんな1度あいつと鬼ごっこしたらいいのに。たくさん汗がかけるぞ。冷や汗だけど。
「それについ先週、このあたりは軍隊が野盗狩りをしたばかりだから安全なの。だからアタシととーさんが護衛もつけずに発掘に出かけてるわけ。もし野盗がいても、大人数が相手じゃなきゃ、とーさんが自慢のソゲキジューでやっつけちゃうし!」
なかなかハードボイルドな世界のようだ。あの巨大モグラがいるのが日常なんだから、当たり前か。
「野盗どもに捕まったら終わりだよ。男は射撃の的にされて、女はみんな産まれてきたのを後悔するような目にあうから、とっとと木っ端微塵になるようなやり方で自殺した方が良いって言われてるんだ。そうしないと医療用カプセルで何度も死にかけから再生させられて、気が狂うまで拷問されるんだって。あいつら頑丈な武装車両と、スピードが出るバギーで隊列を組んで追いかけてくるから、もし出会っちゃうと簡単には振り切れないんだ。」
「へぇー。それで頭はモヒカンかスキンヘッドでトゲトゲがついた服を着て、『汚物は消毒だー!』とか叫びながら火炎放射器を振り回す感じ?」
「あっはっは!記憶喪失なのによく知ってるねー!典型的な野盗ってそんな感じらしいよ。」
「いや、あそこにそれっぽいのがいるからさ。」
俺が指さした先。地平線の手前、まだ米粒より小さい何かが、群れをなして走っているのが見える。俺の視力は3.0だ。
ハルの健康的な顔色が、はた目でも分かるほどにサッと青くなる。どこからか双眼鏡のようなものを取り出した。
「うそ・・・なんで・・・。」
運転席でも、同じようにランスさんがハンドル片手に双眼鏡を覗いている。渋く響く声で言った。
「野盗だ。ハル、応戦するしかない。・・・ライフルと、手榴弾を、ひとつ、持っておけ。」
ハルは座席の下の収納から手榴弾を取り出す。青い顔でそれを見つめてから、マントの裏にそっと入れる。もちろん自殺用だろう。揺れるジープの上でも分かるほど、手が震えていた。
「とーさん、テンゴクにいったら、またかーさんと3人で暮らそうね。」
「バカ野郎!お前だけでも絶対に逃してやるから心配すんなッ!」
野盗の群れは、みるみるこちらとの距離を縮めてくる。ランスさんは運転しながら助手席に手を伸ばし、大きなライフルを取り出した。そのまま片手で野盗に向かって発砲する。すごい腕力だ。
「にーちゃん、こうなったら一蓮托生ってヤツだ。手伝ってくんな。銃はあるか?」
「ダダダダイジョウブデスアリマスマスマス」
なんかランスさんの前だと緊張してドモってしまう。絶対俺の方が年上なのに。いや、実はナノマシン技術が発達してて、ランスさんが50000歳ぐらいという可能性もあるな。ないか。
さて撃たれる前になんとかしよう。俺はともかく、車や他の人に弾が当たったら大変だ。
クロの方を見ると、シッポをブンブン振って興奮していた。何度も俺の顔と野盗の方を交互に見ている。撃っていい⁉︎?あれ撃っていい⁉︎という声が聞こえるようだ。カワイイけどこいつ怖い。
「クロ、あまり散らからないように頼むよ。」




