第二話 「貧困に喘ぐ」
長崎県佐世保市立図書館の本のラインナップは以外にも,充実していた。一話で散々なことを言ってきたがキヨミが図書館に入るのは久しぶりのことである。彼女は古い本の匂いが好きだった。心を落ち着かせ,冷静な思考をもたらしてくれるからだ。古本の匂いを嗅ぐとキヨミは母が枕元で歌ってくれたあの歌を自然と思い出す。あの頃は楽しかった。期待を胸に,キヨミは扉を開ける。
しかしそんな彼女の期待を裏切り,図書たちは無味無臭,静寂であった。館内はもぬけの殻で,本棚には一冊の本も残されていない。アナログ時計だけが冷酷に時間を刻んでいる。
「おーい!!だれかいませんかー?」
キヨミの声だけが響き渡る。キヨミは自分が世界でひとりぼっちになってしまったような気がして,いきなり怖くなった。力のない少女は自分が何をすべきか全くわからなかった。自分には力がない,そう,あの時もっと力があれば師匠だって,柳葉さんだって…。キヨミはポツリと涙をこぼし,そのまま床に座り込んでしまった。
一方そのころサウジアラビアでは,新種のチューインガムが発売され,人々は歓喜と狂気で満ち溢れていた。あるものは体にオイルを塗りたくったあとそれを丁寧に,新聞紙で拭きとってからきちんと資源ごみとして回収してもらったり,近所の八つあんはちゃっかり山田さんのおばあちゃんちの縁側でいなり寿司をごちそうになっていた。
「おい!マイケル!」
「なんだよジョンソン」
「この小説って二話からまともになるんじゃなかったのか?」
「知らないよ。だいたいおまえなんだよその態度は」
「ああごめんなさい我が君よ。先程のご無礼をお許しくださいませ」
マイケルは担いでいたNISHIのハードルを一段上げながら,同時に脳内で10次方程式を解いていた。
そう,彼こそが「佐々木信彦照雄の新春!秋のウインターサマーバケーションドキドキ坊主めくり大会」の前年チャンピオンなのであった!
するといきなり「デンデコデンデコ」とティンパニの音が聞こえてきたような気がして,目が覚める。
そう,これは全部夢のなかの出来事だった。全部夢だ。そう全部夢だったのだ。そしてこれが現実。これからは現実。これからずっと現実。現実は覚めない。もう,だれも自分のあいてをしてくれない。せめて,明日の食費だけでも,とバイト先のコンビニから盗んできたお金もそろそろ尽きる。マイケルの視界は段々と曇っていった。薄れゆく景色の中で,花子の写真だけがはっきりと見える。その瞬間マイケルは理解した。自分はこの女にまんまとはめられていたのだ。思い起こせば,修学旅行の費用を盗んだのも,ハーバード大学に落書きしたのも,阿蘇山の火口でブレイクダンスを踊ったのも全部彼女のためだった。しかし彼女はいつも美しく,しかし儚げに不満気に笑っていた。あの何かを見下すような視線はは,腐った社会ではなく,哀れなマイケルに向けたものだったのだ。マイケルは思い切り泣きたいような気分だったが,その涙のための水分さえもマイケルの体には残されていなかった。
仕方なく,マイケルは口の周りに大きめのシワを作って,それから永眠した。
第二話 完