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雑文

作者: 氏原 首領

これと言って続きが思い浮かばない短編と言うより、落書きです。

「それでは、妖怪の山、第39回13会議を始めます」

中央に水の満たされた水槽があるだだ広い円卓が中央に存在する部屋、照明は、水槽の内部を照らす薄紫色の光のみで、他の明かりは、テーブルの上に乗せられた蝋燭だけだった。

そんな中、セミロングの眼鏡をかけて髭を生やした男性は、席を立ち、そう宣言する。

室内にいるのは13人、それぞれ、白い制服のようなものを身に纏い、神妙な面持ちでテーブルの上で手を組んでいたり、爪を磨いて居たり、虚空を見つめていたりと、決して会議と呼ぶには似つかわしくない態度を取っていた。

「と、いっても話す事は特に私からは伝える事は無いんですよねぇ、大体の政はサトリ様がやってくださっていますしぃ、まあ今月の人口推移図等はそこの資料に書いてありますので各々ご覧ください」

男は、何処かとぼけたよう口調でそう言うと、席に座った。

「なぁ、果無、今月もうちの管理区画の人口が増えてるんだがどうにかならないのか・・・?流石にそろそろ管理が面倒になってきた。どっかで引き取ってくれると助かるんだが」

若い男が、手を上げてそう言う。

「それは、貴方がそのけったいな容易力を手放せば済む話でしょう・・・?悪路王、もっとも、そうしたときはこの場に居られなくなるのは貴方なのですが、まあそうですねぇ、以津真天の所は人材不足でしたっけねぇ、そちらに引き取っていただくというのはどうでしょう・・・?」

「けったいな能力はアンタもだろう果無、だが、そうだな、それがいい、以津真天、お前の所に人事異動するからよろしくな」

悪路王と呼ばれた男は、背筋を丸めている女性に向けてそう言う。

「私の所ですか・・・?構いませんが、貴方の所の人間は死体を見慣れているんでしょうかね・・・?あと、残念ですが最近は私の所も、仕事が減ってるんですよね、ああ、でもこの間のテロは良かったですね・・・誰か死体を増やしてくれないでしょうかね・・・?ねぇ、塗壁?」

そういうと以津真天は、この中で唯一黒髪を晒す男の方をちらりと見る。男は以津真天の視線に気が付くと、視線を外し、中央の水槽を見た。

「あーあー、そこまでにしてください以津真天、今はサトリ様が居ないからいいものを、サトリ様が起きていてくださいな、貴女は速攻管理者権限剥奪ですよぉ」

果無は、その視線のやり取りをみて、慌ててそれ以上の言葉を止めた。

「俺は、別にどう思われようと構わんさ、所詮俺は敗残兵、アンタ等世界の支配者共に恨み辛みが無いと言えば嘘になるからな」

塗壁は、水槽を見つめたままそう言う。口調こそ平静だったが、その言葉には棘があった。

「まったく、お前等はみんな仲良くって言葉を知らないのか?もうこの付き合いも3年になるっていうのに、どうしてそうも刺々しくいられるんだ」

入り口から一番奥、少し高い椅子に座る青年とも少年とも取れる男は、椅子の肘掛けで頬杖をつきながらぼやいた。

「逆にどうしたら緊張感を持たずに話し合いが出来るのかがボクには不明だよ、ボク達はいわば首輪付、白狼、なんて名前を付けてくれちゃってるけど、その実ただの番犬なんだよ?ちょっとでも刃向えば、その首輪がボク等の腸を辺りにぶちまけるんだ、牽制し合うのは当然の事じゃないか。君もいいのかい烏天狗、知られたくない事を、周囲に公表されても」

白狼と名乗った、美少女のようなあどけない顔をした、耳と尻尾を生やした小柄な少年は、そのぼやきに対して言葉を挟んだ。

「それは、まあ、なんだ・・・困る・・・が、それは皆同じ事だろう?だったらより一層絆を深めてちょっとやそっとな秘め事なんて気にしないくらいの仲間意識を持てばいいだろう・・・?」

「仲間意識、ねぇ、難しい事を仰る・・・」

ウェーブがかった髪の、褐色の肌を持つ少女とも取れる女性が口を開く。

「なんだよ天狗、お前も俺達にとっては仲間なんだぞ・・・?」

烏天狗の言葉に天狗はふっと、無意識のうちに鼻で笑っていた。

「何が可笑しい・・・!?」

「いいえ、あまりに陳腐なお考えなもので、つい、仲間だから見せられない事もあるんですよ世の中にはね、それを超えての友情なんて、貴公は戦前は相当ロマンチストだったんでしょうかねぇ」

「うん、彼はかなりのロマンチストというか、理想主義者だったね」

天狗の発言に白狼はさっと追記を入れる。

「白狼!お前まで・・・!」

「それで、私達はこんな茶番に付きあうために公務を放り出して会議をしているんですか・・・?塔内郭側で一部食糧配給が滞っている、昨今人々の間に不穏な噂が跋扈している等、話し合う事ならいくらでもあるはずですが、食糧の増産は出来ないのですか貉?」

鎧とも、防護服とも取れる恰好に身を包んだ、声だけ聴けば男だとわかるそれは籠った、呆れたような声でそう言った。

「残念ながら食料の備蓄量が底をつきかけていまして、一応増産態勢を整えようと努力はしているのですが、新たな食糧生産ラインを整えるにも、ご存じのとおり、この世界には資材が足りないのですよ、人々の居住区を作るだけで戦前の備蓄はかなりの量を使用しましたからね、外地まで資材を取りに行ければいいのですが、如何せん私だけではどうにも・・・仮に取りに行けたとしても、この汚染下で正常な状態であってくれるかどうかもわかりませんし・・・」

一見するとさわやかな青年は、冷静にそう言った。

「外へ出る方法、ねぇ・・・確かに、戦前の運搬車両の殆どが整備不良のゴミクズ状態、このままだとこの世界は衰退する一方ね、ま、私はこの世界がどうなろうとあんまり興味ないんだけど、私はあまりこの世界に思い入れも無いしね」

華奢な身体のラインを持つ女性は、資料の表示された端末を弄りながらそう言う。

「そうねぇ、私も、正直白狼ちゃんが居れば後はどうでもいいわ」

爪を磨いていた豊満な肉体を持つ獣人の女性は、白狼の方を向いてそう言った。

「雪女も九尾も、薄情ですねぇ・・・せっかくあの災厄を生き延びれたというのに、抱く感情がそれとは・・・」

「そういう貴方はどうなの果無、この中じゃ一番他人に興味無さそうなのは貴方なんだけれど」

九尾と呼ばれた方の女性は、横目で果無を見る。果無は、一見すると人畜無害そうな笑顔を浮かべていた。

「そんな事はありませんよ、私は人類を愛していますからね」

「よく言う・・・」

前髪が顔の半分を覆った女性は、忌々しげにそう言った。

「何ですかぁ鵺?」

「知っているんだぞ、この間起こった集団テロ行為、アレには事前密告があった、お前はそれを無視していたただろう・・・?アレで何人死んだと思っている・・・?」

「はて、なんの事やら・・・?それに犯罪者の取り締まりは貴女の仕事ですよぉ鵺、それが出来なかったのは貴女の不手際であって、それを私のせいにされましても・・・」

「私は何人死んでも構いませんけどね・・・フフフ・・・」

以津真天は不敵に笑って見せたが、それに対して何かを口にするものは居なかった。

「その件についてはまた後ほど会議以外の場でじっくりと話を伺いましょう果無さん、天邪鬼さんの仰られた食糧配給については、致し方ありません、ある程度の備蓄の目途が立つまで、個々の配給量を減らして対応しましょう。テロ行為や不穏分子については、鵺さん、貴女の部隊の警備配備数を上げるなどして対処のほどお願いいたします、天狗さんも、諜報活動の再度徹底を、不穏分子は随時我々の所に上げてください」

果無同様に眼鏡をかけた知的な雰囲気を漂わせる青年は淡々と、事を処理していくようにそう言った。

「ほかに、何かこの場で話し合わなければいけない事はありませんか?」

「この会議の場を任されているのは私なんですけどねぇ河童」

「貴方は少々のらりくらりとし過ぎている節がある、会議というのは厳粛であるべきです、こと我々は人々の命を預かる身、もう少し、その所をしっかりと自覚して頂かなければならない」

「元お医者様に言われると、私としても反論のしようがありませんねぇ・・・」

「人々の命を預かる身、とは言いうけれど、これはある日突然ボク等の手の上にポンと乗せられた命なんだ、扱いに困るのは仕方のない事、皆が皆、貴方のように正義感に溢れて人々を守ろうとは思えない事を承知していて頂きたい」

「とても猛将として名を馳せた貴方の言葉とは思えませんね白狼、多くの人々を守っていた貴方なら理解できると思うのですが」

「おいおーい、猛将様ならここにも居るぜ?」

悪路王は軽い調子で声を張り上げたが、河童の視線は白狼の方に向いていた。

「河童、貴方が軍人にどんな眼差しを向けていたかはわからないけど、軍人が救えるのは国、だけなんだよ?結果的に民が救われるだけであって、あくまで個々の命は勘定には入らない。いちいち個人を見ていたら個人の命を奪う戦争なんてとてもじゃないけれどできないからね、そしてボクは、殺ししかしてこなかった、人の守り方なんて3年で学べるものじゃないよ」

「流石白狼ちゃん、言う事が違うわねぇ、アンタも、あんまり細かい事気にするようじゃ河童ハゲになるわよ・・・?」

「なっ・・・私はまだフサフサです・・・!」

河童は机を叩き立ち上がる。

「ハハハ、言われたな河童」

「笑いごとなものですか!大体烏天狗さん、貴方は一応我々のリーダーだというのに、その自覚はあるんですか・・・!?」

「リーダーとしての自覚、かぁ、そうさなぁ・・・リーダー、ねぇ・・・私、あんまりリーダーって柄じゃないと思うんだが、そこんところどうよ、土蜘蛛?」

「え・・・?わ、私は烏天狗様がリーダーでいいと・・・思いますが・・・」

腕が3対ある義手を付けた少女は、不意に振られた話題に左右の人物を見る。隣の席の貉は肩を竦め、天狗は視線を意図的に逸らした。

「で、何故茶番が続くんですかね・・・河童、貴方まで一緒になっているんじゃ話になりませんよ」

天邪鬼は、苛立ちを隠す事無くそう言う。

「っ・・・確かに天邪鬼さんの言う通りですね・・・私も少々妙な事に気を取られ過ぎました」

河童は自らの言動を恥じたのか席に座ると、自分の髪を気にするように頭に触れていた。

「まぁ、別に私達が仲良くする道理は本来無いんですけどね、この要塞管理者という肩書も、捨てようと思えばいつでも捨てられる訳ですし、後続なんていくらでも居るんです、後続、と言うより私達の座を狙おうとするモノ、だけど。単に、他の住人より少しいい暮らしが出来るというだけで・・・もっとも、それがこの世界では大事なんでしょうけれどね」

天狗が、きわめて淡白に、興味なさげな様子で語る。

「じゃあ天狗は降りるのか?」

「まさか、この困窮した時代、命があってしかも衣食住が保障されているなんて私達幹部くらいのものでしょう・・・?それをみすみす手放すのは愚かとしか・・・」

「そうやって自分本位な考え方をしている人が管理者だというのは如何なものかと、全く、サトリ様は一体どういった基準で我々をお選びになったのか・・・」

「神のみぞ知る、ならぬサトリ様のみぞ知る、ですか、くふふ、そうですねぇ、一度、誰か代表で聞いてみてくださいよ」

「お前が聞く訳じゃ無いのか・・・果無・・・」

烏天狗は、呆れたような表情でにこやかに提案する果無に言葉を挟む。

「私は、あまり信心深くありませんのでぇ・・・此処は心酔されている塗壁辺りが適任ではないかと・・・」

「俺が・・・?」

塗壁は、果無を睨むように視線を向ける。

「余が居ない間に随分と会話が弾んでおるな・・・」

不意にここにいる誰でもない声が天井の方から聞こえてくる。その声に、その場にいた誰もが立ち上がり、敬礼をする。

「楽にして良いぞ」

その言葉に、その場にいた13人は敬礼を解き、椅子に座る。

「これはこれはサトリ様、ご機嫌麗しゅうございます」

果無が、まるで執事のように深々とお辞儀をする。すると、円卓の中央に位置する水槽に、裸の少女が現れる。年齢は17歳ほど、まだ幼さを残すその少女は目を閉じ、水槽の中で揺蕩う。無論これが本物ではない事はこの場にいる誰もが知っていた。そして、彼等13人の長である事も、誰もが知っていた。

「皆の衆会議ご苦労、それで、昨今の民の様子はどうだ」

少女は、見た目の年齢とは似つかわしくない言葉使いでそう言う。

「特にこれと言った問題は起こっておりません、私達は皆仲良し、今日も平和です」

果無は口から出まかせを言う。しかしそれが彼女には通じない。

「ふむ、民の不満もこの3年でかなりのモノになってきたようだな、当然と言えば当然か」

「サトリ様も、相変わらずお人が悪い、私達の心の内などお見通しだというのに」

「そうだ、余にはそなた等の全てが見える。が、しかし、だからと言って言葉が不要だとは余は言わぬ、言葉は良い物だ、己の本心を隠し、物事を円滑に進める為には必須な物だからな」

「それもそうですね、皆が皆貴女様の力を持っていれば今度こそ人類は人類の手によって滅びるでしょうねぇ」

果無は口の端を釣り上げながらそう言う。

「勘違いするな、余は滅びを望んでいる訳ではない」

「当然です、私達も民の滅びを望んでいる訳ではありません。あの災厄の戦争を生き延び、貴女様に拾われ、こうして民を統治する立場になった。だからこそこの3年間、民を守ってきた、これは、私にとって、誇りでもあるのです」

ピシッと立つ烏天狗は、先ほどの砕けたような発言とは打って変わって毅然とした態度でサトリにそう言う。

「この3年でそなたは変わった・・・いや、変わろうとしているのか・・・」

サトリのホログラムは口元を釣り上げながらそう言った。

「事実としてそなた等は良くやっている。あれだけの難民をまとめ上げ、現在の世界の形を構築させた、それは評価せねばな」

「それは、サトリ様がなさった事でしょう・・・?」

「余は選定しただけだ。ソレが、生き延びるに足る人間かどうかを。余を神だと仰ぐモノもいる。だが余はただの選定者でしかない」

「あの・・・一つ質問・・・よろしいでしょうか・・・?」

土蜘蛛が控えめな声を上げる、それと同時にホログラムのサトリも、土蜘蛛の方を向いた。

「なんだ・・・?」

「なぜ、私達・・・だったのでしょう・・・?二つも容易力を持っている烏天狗さんや、一つでもものすごい力を持っている白狼さん、いろんな容易力を使える果無さんは分かります・・・でも私はそんなに強くない力で、両手も戦争で失っている。私が選ばれた理由は何なのでしょう・・・?」

「何故・・・?その問いには余はこう答えよう。そなた等は欠けている、から、だ」

「欠けている・・・?」

土蜘蛛は小首を傾げる。

「人として何かが欠けている。それは、歴史を正しい事へ向けるには必要な事だ。完全無欠な人間ほど、人間から遠ざかる。人の道から滑り落ちる」

「それは正しい人間であろうとする人間らしさの否定ですか・・・?」

「土蜘蛛、それくらいに・・・」

土蜘蛛の問いを、烏天狗は制止しようとする。

「それは違う。余は人たり得ようとする人間は尊重する。何かにもがき、苦しみ、あがき、そう言った人間性を、余は尊い物だと感じている。故に、切り捨てたのだ。正しい人間を。既に完成された人間を」

「完成された・・・人間・・・」

「他人に何の負い目も無く、他人に何の劣等感もない、そう言った人間のする事が何だかそなたにはわかるか?」

「・・・わかりません・・・」

その言葉に果無は含み笑いを堪え切れずに、ケタケタと笑っていた。

「差別、だよ。ひいては争いと言っても良い。自分が正しいと思う人間こそが、争いの根源なのだ」

「でも、今、犯罪は起こっています。争いは、起こっています」

「それはな、土蜘蛛。人は、忘れるからだ」

「そう、人は忘れる。自分の成した罪も、悪逆も、自分自身への後悔でさえも、それが糾弾されるべき事実だという事も、そうして人は正しくなる、いや、なったように感じる」

果無は顔に手を当てながら、そう言う。

「どれだけ悪逆を重ねても成した善行は変わらぬように、どれだけ善行を重ねても成した悪事は変わらぬ。欠けているという事は、自分の悪逆を忘れぬという事だ。この地に軍人崩れが多いのは、それだけ、人を殺めた事に対して償いを求めている証拠、それは、悪い事か、土蜘蛛」

「いえ・・・それは・・・」

「そなた等の欠けた部分を余は把握している。余はその欠けた部分に楔を打ったのだ」

「貴女も、サトリ様に自分の弱みを握られているでしょう・・・?それが、サトリ様の言う楔、ですよさっき白狼が言ってましたが、首輪とも言っていいでしょうか・・・?」

「欠けたそなた等が頂点に立つことで、それが模範となる。人とは、欠けているモノだという証になる、そのための、そなた等13人が居る」

「わかり・・・ました・・・」

「のちの事は任せたぞ、余はまた眠る」

そう言うと、水槽に映るホログラムは消えた。

「サトリも、段々眠る時間が増えて来たな、あのまま一生眠っていてくれれば、俺は、何かとやりやすくて楽なんだがな」

悪路王は、頭の後ろで手を組みながら乱雑な口調でそう言う

「悪路王、言っていい事と悪い事があるぞ、河童、どうにかならないのか?」

そんな悪路王を烏天狗は窘め、河童へと話を振った。

「サトリ様は塔と肉体を特殊な水槽の中に沈めています。それに、サトリ様の眠りが、あの方の容易力の副作用だとしたのならば、私にはどうする事も・・・容易力の研究をしていた貴方ならわかるんじゃありませんか?貉」

「本来のサトリ様と顔を合わせたのはこの塔へやってきた時のみ、それ以来、謁見の機会すら与えられていないというのに、それをどうにかしろと言われましても、私といたしましても、いささか困りますね・・・貴方らしい言い方をするならば、姿を現さない病人を見ろというようなモノですよ」

「案外、ボク等の統治がある程度形になってきたから、安心して眠れている、っていう考え方もあるかもしれないよ。人の心を読めるなんて、ろくに眠れたものじゃ無かっただろうしね」

「だといいんだが」

「烏天狗はいつも思うがよくサトリの肩を持てるよな、お前も握られてるんだろ、弱みってやつをさ」

「私はただ・・・!目の前で何か問題を抱えているであろう女の子を見過ごせないだけだ・・・!」

「ククク・・・まさか恋心でも抱いているんじゃないでしょうね・・・?」

「そうだな、サトリを女の子としてみているのなんて、この中じゃお前くらいだろうな」

「なっ・・・馬鹿を言え・・・!」

そう言うと烏天狗は腰に備えた剣に手を伸ばす。

「ここで争い事ですか?面倒なのでこの場にいる全員を押し潰していいですかね・・・?」

それに反応した天邪鬼が手を伸ばす。甲冑の手のようなものが、睨み合う悪路王と烏天狗を捉えていた。

「おう、かかってこい、今日こそどっちが猛将か、はっきりさせてやろうじゃねぇか、と言いたいんだが、ぺちゃんこはごめんだな、全く、お互い力が分かっていると逆にヤリにくいったらありゃしねぇ、というかお前も止めろよ果無」

「サトリ様の言った事、腑に落ちないという顔をしていますねぇ土蜘蛛」

果無は、そんな悪路王の言葉を無視し、虚空を見つめたままの土蜘蛛に語り掛ける。

「え・・・?」

「簡単にサトリ様の言いたいことを説明しましょう、まずまっさらな泥団子があったとしましょう、その泥団子は、まっさら故に、坂道で転がり、他の泥団子とぶつかる。けれども、ヒビのある、欠けた泥団子はその欠けた所で止まる。その欠けは、再び泥団子を磨けばまっさらに戻るけれど、それは人としては小さくなったことと同義、ならば欠けたままの泥団子の方が、人としては大きいのではないかと、そう言う話ですよ、だから私達は選ばれた。そう言う事です、で、なんですか悪路王。私は別に貴方方が勝手に潰し合うのならそれはそれで面白いと思っているんですがぁ、もっとも、それを出来ないのが私達なんですがねぇ」

「ちっ、その顔、相変わらず本心か嘘かわかりゃしねぇ、だから苦手なんだよ」

「おやぁ、貴方が他人を苦手としているとは意外ですねぇ、来るもの拒まずが貴方の姿勢だと私は把握していたつもりですが・・・それに私は人畜無害なんですがぁ・・・」

「サトリの言ってた事じゃねぇが、そういう風な人間ほど意外な手段に出るんだよ、まあお前にはわからねぇだろうがな、それに、本当に人畜無害な奴がこの場にいるもんかよ」

「くくくっ、言われてますよ果無さん」

「酷い話です」

クスクスと笑う天狗に果無は肩を竦めて困ったような風な顔をした。

「でー、あそこで下らない会話をしている殿方達はともかくとして、いつ白狼ちゃんは私の所に来てくれるのかしらぁ・・・?」

「いつも気になっているんだけど、君はなぜボクに固執するんだい?こういうのもなんだけれど、ボク等獣人は意図して作られた人種、人類と比べれば容姿がいいのは、戦争が終わって考えてみれば、多分愛玩用も兼ねてたんだろうね、その中でも君は屈指の美貌だ、しかもそれを維持できる君なら貰い手はいくらでも居ると思うんだけれど・・・」

「それは、可愛いからにきまってるじゃなぁい・・・!可愛いは正義よ・・・?どこぞの小生意気な子供とは違って従順そうだし」

「確かに白狼は可愛いと言える部類ですねぇ、でもそれって、少年性愛や同性愛に近いものがあると思うのですが・・・」

「何?人の好みにケチつけるの・・・?果無、貴方の方こそ、女のおの字も匂わせてないじゃない、なんなの?貴方の方こそ同性愛者なの?」

「私は管理者という立場があるのですよぉ?それを放棄して色恋沙汰にうつつになる等、もっての他じゃないですかぁ・・・」

「モノは言い様ね・・・」

「下らない・・・」

「鵺はいいわよねぇ、自分の好きなように顔も体も変えられるんだから、あ、そう言えば気になってたんだけど、男にもなれるのかしら?だとしたら今度相手して頂戴・・・?大丈夫、1から10まで私がみっちり教えてあげるから、顔はそうね、可愛い系にしてくれない?あと体は華奢めで」

「嫌よそんな不潔な事・・・そんな事して私に何の得があるの?」

「気持ちいいわよ?」

「一時の快楽に溺れるほど私は落ちぶれては居ないわ」

「別にクスリをやれって言ってるんじゃないんだからいいじゃないちょっとくらい、堅物ねぇ」

「貴女が軟派すぎるのよ、九尾」

「さて、募る話は尽きませんが、そろそろお開きにしませんかねぇ、私達も多忙な身、各々抱えている仕事があるでしょう・・・?」

「そうだな、特に話し合う事も無いようだし、このまま雑談で時間を潰すのも悪くはないが、良いとも言えないな」

「結局今回も下らない茶番に付きあわされただけですか・・・もう少し実りのある話と言うのは出来ないのでしょうか・・・?」

「そうはいうがなぁ天邪鬼、定期連絡は随時行っているし、大がかりな政はサトリ様がやってくださっている。私達に出来る事なんて、警備、警戒、くらいなものだぞ・・・?」

「外地から来る魔物や兵器の残党の掃討の目途は?我々の外地進行への目途は?外地に居るであろう旧国の残党については調査進展はあったのですか・・・?防護フィールドが防げるのはせいぜい汚染された空気や雨のみ、魔物や兵器群はフィールドを抜け市街地で暴れまわり、その被害は決して少なくない。我々はこの3年、ただひたすらに耐えて来た。いつ終わるかわからないこの生活に、誰もが耐えて来た。この狭い世界で。そしてサトリ様の容体についても、我々が考慮して差し上げなければ一体だれがするというのです。私達が、力あるモノ達が動かずして誰が動くというのです」

「兵器共については逐一対応するより他は無いだろう。一般人の容易力の行使を制限されたのはサトリ様だ。外地調査と言っても、諜報部の天狗達の部隊にも決して十分な量の防護服が支給されている訳じゃ無い。天狗の分身には汚染は無効と言っても、それを操作する天狗自身がこの場を動けなければ行動範囲に限りが出る。それに雪女が言った通り運搬に使えるであろう車両の数は限られているし、新しく作ろうにも貉が言ったように資材が無い。サトリ様についても、あの方自身が不調を訴えて居ないのであれば、私達が余計な口出しをする事じゃない」

「では私達は終始受け身の体勢で居続けろと?それの、一体どこが管理者だというのですか」

「珍しく熱いね、天邪鬼、いつも冷静な君らしくも無い」

「管理者は与えられた管理をしていればいいのよ、余計な正義感を出して、それで死人が大勢出たら一体責任は誰が取るの?白狼の言う通りよ、冷静になりなさいな」

「私は・・・私はこれ以上悲しむ世界を見たくないだけです」

「悲しみ・・・ね・・・」

「天邪鬼の言う事も分かる、私とてこれが最善でない事は理解しているつもりだ。だが、出来る事と出来ない事がある。ならばどうする?出来る事からやっていくしかないじゃないか」

そう言う烏天狗の手は強く握りしめられていた。まるで自身の無力感を責めたてるかのように。

「それくらいにしてくださいな、烏天狗の言う通りですよ、出来る事からコツコツと、それはこの人類創世記から伝わる伝統です。急いて、全てを台無しにするのは愚か者のする事ですよぉ」

果無はパンパンとこの場を収めるように手を叩きながらそう言った。

「貴方が言うと何から何まで胡散臭く見えるんだよ、少しはそのにやけ面を何とかしたらどうだ」

「おやぁ?笑顔は人の潤滑剤ですよぉ、貴方こそ、仏頂面を止めて笑顔を見せてくださいな鵺」

「ふん・・・」

「お互い言いたいことはこの場は収めて、自分たちの仕事に戻ろう」

そう言うと烏天狗は立ち上がった。それに合わせるようにして、他の面子も立ち上がる。

「お次は来月ですかね、それでは皆様、それまでどうぞご自愛くださいまし」

そういって果無はこの場を閉めると、烏天狗を始めとした人物達は部屋を出ていった。

一番最後に残ったのは果無だった。果無は紫色の光を放つ水槽を見据えながら。

「茶番・・・ねぇ・・・本当に、いつまでこんな茶番を続けるおつもりなんでしょうねぇ・・・茶番も、長く続けば歴史に変わると、そう言いたいおつもりなのでしょうかねぇ・・・まあ、長い目で見させて頂きますよ、長い目でね」

そう言うと果無は口元を釣り上げ、部屋を出た。


「ふう・・・13会議とは名ばかり、行われるのは幹部同士のくだらない口喧嘩、私も、いや、俺もそろそろあの惨状に慣れて来たのが悲しいな・・・」

烏天狗こと、本名、シオン・ストラルヴァは塔内部の長い廊下を歩きながら誰に言うでもなく悪態のような呟きを漏らした。この世界の中央にある塔、そしてその周囲に存在する13の要塞。シオンはその要塞の1番要塞の管理者だった。

「愚痴は人の居ない所で言うべきだよ、シオン」

その背後から声が聞こえる。シオンは振り返る事無くしてその声の主を把握した。それでも尚、歩みを止めず歩き続ける。声の主の足音もそれについてくる。

「人間、一人でいる時間が増えると独り言は増えるもんなんだよ、そう言うお前はどうなんだ、カーライル」

声の主は、白狼と呼ばれた少年、カーライル・ブレイブスだった。背にはその容姿に似合わぬ大剣を背負っていた。少年の声はか細く、まるで少女のようだったが、彼が男であることに間違いがないのは、彼のかつての戦友にしてライバルだったシオンは知っている。彼等が伝承に伝わる物の怪の名で呼び合うのは基本的には13会議の場や管理者による正式な発言の場のみであり、それ以外は本名で呼び合っても構わないのが習わしだった。

「独り言は脳の処理が上手くいっていない証拠だって話もあるからね、その点ボクは大丈夫だよ、これ以上歳は取らないしね」

「俺が歳を取ったって言いたいのか、皮肉にしては安直だぞ、ディーネスのおっさんに習ってこい。それに歳は取ったが俺はまだ18年しか生きてないぞ、ディーネスのおっさんはともかく俺はボケるには早すぎる」

「ヴェルゼリア・ディーネス、彼は一生ボケない気がするよ・・・それに対して・・・君は今まで脳みそを使ってなかったからその弊害なんじゃないのかい?」

ヴェルゼリア・ディーネス。またの名を果無。無数の属性の容易力を行使できる妖怪の山でもかなりの戦闘力を持つ人物。その飄々とした性格と口調から一見すると、良い人物のように思われるが、彼もまた妖怪の山、13人の幹部のうちの一人、何かしらの心の闇を抱えている以上、シオンにとっては警戒の対象だった。

「管理者になってからは死ぬほど使ってるんだが、むしろ使いすぎているくらいだ」

「そうかい・・・?ならいいんだけれど、君との決着はついて居ないんだからね」

「まだ根に持ってるのか・・・何度も言うがアレは俺はハメられたんだ、意図して裏切った訳じゃ無い」

「わかってるよ、君が謀略に長けているのならあんなわかりやすい裏切りはしないだろう、それこそ何処かの誰かさんくらい派手でないと」

「奴は別格だよ。何せ十個大隊に偽の情報を掴ませて地の底へ叩き落したんだからな、そんな奴とまさか一緒に世界を統治する事になるとは、運命ってのは何があるかわからないもんだ。処刑寸前の所をサトリ様が拾う、なんて奇跡的な生還を遂げてるんだから奴も運がいい」

「所でなんで貉は貉なんだい・・・?もうかれこれ3年経つのに誰も貉を貉以外の名で呼ばない、何か名前を呼んだら殺される呪いでもかかっているのかい・・・?」

「奴は元々コードネームでしか呼ばれていなかったからな。奴の本名を知っている奴はこの世界じゃもう生きちゃいない、奴の両親も、奴の知り合いも、同僚でさえも、だ。名前についてだが、以前俺も気になって奴に直接聞いてみたんだが、ダメだった。もっとも、この世界で他人の過去を詮索するのはタブーなんだから仕方無いんだが、奴曰く名前になんて意味はありません、だそうだ。まあ、あれだけ大きな裏切りを働いておいて、みすみす名前なんて言える訳ないよな、それが奴の弱みに繋がっている、と考えるのが妥当だろうな、俺から奴に名をくれてやるとしたら無名、と言った所か」

「無名、ね・・・確かに彼らしいと言えば彼らしいか、彼は趣味も、容易力もさっぱりだからね、出自も、大規模な裏切りを働いた軍の技術将校という事だけ・・・」

「奴の事をこっそり調べてやろうと思ったんだが、奴の要塞だけはセキュリティが固くてなぁ、だからか知らないが、奴の要塞の統治区画は実に治安がいいよ、まったく皮肉な話だよな」

「メイネスが聞いたら憤死しそうだね」

アルフィリア・メイネス。別名百の貌の鵺。この世界の4番要塞の管理者。妖怪の山は警察組織としての側面を持っているが、それが最も強く出た部隊の部隊長。その容易力は姿形を自在に変える事。彼女は、自分の仕事に誇りを持っているのか、軟派な言動を嫌う人物でもあった。

「それは同意だな、だが、実際メイネスもよくやってると思うがな。不穏分子への潜入捜査、女子供を狙った連続殺人犯への囮役、おまけに違法薬物の取引へ相手さんへ成り済まして検挙、俺達にはできない事をやってくれている。メイネスが居るから、防げている犯罪も少なからずあるだろう、だからこそ、裏切り者の貉の統治区画の治安がいいと聞いたら、それはもう怒り狂うだろうな」

「この事は13会議でも明るみにさせないようにしないとね、ディーネス・・・に言うと逆に喜んで議題に上げそうだ・・・」

「ディーネスのおっさんは笑顔で人の嫌がる事をする節があるからなぁ、まあ、いい年したおっさんだが子供の悪戯程度だからまだ許せるんだが」

「仮にディーネスに議題に上げられた所でボク等は互いに抑止力が働いているから大事にはならない、その点については、人の弱みを握るっていうサトリのやり方は感心するよ」

「そうだな・・・弱み・・・ね・・・」

「もっとも、国を裏切った以上の弱みが何かはボクには想像できないんだけどね」

「そう言うお前も、握られているんだろう?弱みを」

「君もね、シオン」

「ふー・・・この話は止めにしようか、お互い、得をしそうにない」

「同感だよ」

そう言いながら二人は塔の出口へたどり着く。

「それじゃあ、また来月ね」

「ああ、余計な事が起きて13会議が早まる、なんて事にならないといいんだが」

「同感だ、卯月と顔を合わせるのは極力避けたい」

「そういや、なんだって卯月をそこまで毛嫌いするんだ?どのみち獣人は獣人としか子を成せない。獣人の絶対数が著しく減ってる現状じゃ、こういっちゃなんだが、選ぶ選択肢としては悪く無いと思うんだが、美人だし」

卯月一日、別名九尾。カーライル同様に獣人であり、豊満な肉体と、美貌を兼ね備えている。その容易力は毒の生成。その事からかつては暗殺の任務についていた。

「別に毛嫌いしている訳じゃないさ、彼女が美人だというのも、否定はしない。ただあの性格がね・・・」

「なんだ、お前も従順な子が良いのか」

「それは語弊があるよ。ボクは、まだそう言うのには興味が無いだけだよ。大体、子を成せなきゃ恋心を抱いちゃいけないなんて決まりは無いだろう?」

「それはそうだが・・・一応母国の法を持ち出すのなら同性愛は禁忌だったぞ?」

「それはまた随分と的外れな事を言うんだねシオン。それじゃあまるでボクが君に好意を持っているみたいじゃないか」

「持ってないのか?」

「無いね、君とボクとはただの同僚。そして何人殺したか競い合った仲でしかない、今も、ただ同じ管理者と言う座に座している仲でしかない」

「冷たいなぁ、お前の背中を流してやったり同じ釜の飯を食ったりしたっていうのに、友情一つ無いっていうのか」

「他人に情を求める軍人ほど扱いづらいモノは無いよ」

「冷血漢」

「なんとでも言うが良いさ、君の方こそ、恋人の一人でも見つけたらどうなんだい・・・?サトリじゃなくてさ、いい年して未経験なんだろう?」

「なっ・・・お前には関係ないだろう・・・!?」

「それじゃあ、ボクはここで、せいぜいいい人を見つけるんだよ、シオン」

そう言うとカーライルは片手を上げてさっさと歩きだした。シオンはその背中を見つめていた。

「あいつもこの3年で随分と生意気になったもんだ・・・昔はシオンお兄ちゃん、なんて呼んでくれてたのにな、人は変わる・・・か、俺も、本当に変わったんだろうか」

シオンは自分の右手を広げる。さっき強く握りしめた爪の痕が残る手のひらを見た後。天を仰ぐ。真っ直ぐに天高く伸びる末広がりな白い塔。そして、薄暗い雲に覆われた空。そして視線を地に落とす。白く、粗末な家が立ち並んでいる。遠くには半円形のような施設が全部で13、塔を中心にして建っていた。これが、今シオン達が生きる世界の全てだった。長きに渡る大陸の覇権をかけた戦争が意外な形で終結し、それによって生まれた難民のみが暮らす世界。

戦争の終結は、熾烈を極めたそれとは反対に、たった一度起動した兵器によって本国も、敵国も大打撃を受けた。その威力は絶大であり、さらにその副作用として世界に大規模な環境汚染をもたらした。結果、防御機構を備えていたその兵器そのものであるこの塔のみが、世界に取り残される事になった。兵器が起動した当初は、国土を焼かれてもなお生き延びた人々が大勢存在していた。汚染の影響も浅かった人々は救いを求め、塔に集った。しかし、防御フィールドの存在するこの塔周辺の大地には限りがある。そこで、その兵器の使用責任者であったサトリが取った行動。それが、人々の選定である。自らが救うに値する人間を選定し、それ以外の人間を切り捨てた。当然、塔周辺へ近づく事さえ許されなかった人々は、汚染にもがき苦しみ、そして死んでいった。人々はサトリの判断に反発をする事もあった。救われなかった人々の親族、友人、そう言った人間は、サトリに害を成そうとした。そこで作られたのが、シオン達の所属する組織、妖怪の山。妖怪の山の核を成すのはサトリを始めとした14名。それぞれ、サトリの選定により選ばれた者達である。サトリを除く13名は、幹部、とも呼ばれ、それぞれ塔外郭に位置する防護フィールドを展開する要塞を兼ねた施設に住み、サトリに代わり、13の部隊と区域を統治する事になった。今この世界においては、衣食住は、支給制であり、住む民は何かしらの職に従事無ければいけない。その中でも妖怪の山と言う組織は、人々にとってもっとも理想的な職になっていった。この組織に居れば衣食住は保障され、要塞の近くという、もっとも安全な居住区を手に入れる事が出来たからである。同時に、妖怪の山で成果を上げれば上げるほど、容易力を行使を許されていった。

容易力。それはこの世界の殆どの人間に眠っていると言われている力である。容易に他者を傷つける事が出来る。故に容易力と呼称されている。その種類は多岐に渡り、些細な物から大がかりな物まで、数多と存在していた。しかしそれが、戦争を長引かせた要因となっていた。容易力は、他者を傷つけるには適しすぎていた。武器が無くとも人を殺せる。それは、この世界に生きる民の誰もが兵器になり得るという事実に他ならなかった。事実として、野戦では容易力での戦闘行為が主流であり、シオンを始めとした多くの華々しい戦果を挙げた兵士は皆、容易力に長けていた。故にサトリは、一部の者、幹部と、それに近しい位のもの以外の容易力の使用を禁じた。

この世界に人々が閉じ込められた当初は、人々の誰もがそれに従っていた。しかし、3年という月日は、人々の容易力への依存心への禁断症状を煽るには十二分だった。妖怪の山から遠ざかる内郭部では、容易力を利用したテロが発生するようになる。その度に、見せしめの処刑が行われた。処刑とは名ばかりの塔外追放ではあったが、それでも人々の恐怖をを煽った。この世界は今、危うい均衡を保っている。容易力という人の姿をした爆弾を抱えている。それに対する抑止力が今の妖怪の山だった。

「まったく、ブルーフィールドじゃぁないが、いつになったら俺達はこの世界から出られるのか・・・まさか一生このまま・・・いや・・・やめよう・・・」

シオンは背後の巨大な塔を再び見ると、自らの要塞へと歩み始めた。


「おい、食料持ってるんだろ・・・!出せよ・・・!」

「ん・・・?」

家と家の影から罵声のようなものが聞こえ、シオンは足を止める。

「嫌・・・!持ってません・・・!」

「俺らに逆らえばどうなるかわかってるんだろうなぁ・・・?」

「おい、こいつ、よく見たら上玉だぞ、やっちまうか・・・?」

「嫌・・・!やめて・・・お母さん・・・!」

シオンは、声の聞こえる方へ歩みを進める、次第に大きくなる会話が、ただならぬ状況を否応なしにシオンに伝えていた。

「やれやれだよまったく、世界がこうなってもチンピラはチンピラなままか、サトリ様の判断基準も適当な物だな」

シオンは、腰に据えた刀に手を伸ばしながら、路地裏の声のする方へ向かう。路地の角を曲がった先に広がっていた光景は、妖怪の山の、特徴的な青と白が基調とされた制服を着た男二人が、少女目がけ拳を振り上げている所だった。

「おい、やめろ」

「なんだてめ・・・烏天狗・・・!?」

男達はシオンの姿を見るなり、驚き、掴んでいた少女の胸倉を落とす。それによって、少女はその場にへたり込んだ。

「こういう事は、メイナスの仕事なんだが、まあ仕方ない。お前達、民への不当な暴力はどうなるか、分かっててやってるって認識でいいんだな・・・?」

「へ・・・へへ・・・こっちには容易力があるんだ、サトリも馬鹿だよなぁ、容易力を禁止するだけ禁止して枷を作らないんだから・・・発現したら使うに決まってんだろこんなもん・・・!」

一人の男は、片手を上げると、シオンに向けて何かを投げつける仕草をする。その瞬間、周囲の大気が収束し、シオン目がけて飛んでいく。が、シオンは。

「はぁ、馬鹿だな、お前達は」

片手に握った刀を横へ一閃、振り切ると、その空気の弾を切り伏せる。

「なっ・・・なんで効かねぇ・・・!?」

「容易力が1から10まで同じ質と思ったら、大きな間違いだぞ、でなけりゃなんでお前達元民間人が戦場に出なかった?」

「なんで俺らが民間人だったって分かるんだよ・・・!」

「さっき言ったろ、発現したから使う、ってな。大体の連中は容易力ってのは餓鬼の頃から使える。もっとも、言った通り質は1から10まで様々だけれどな。ああ、なるほど、餓鬼の頃から使えるから、俺らは妖怪、なのか・・・サトリ様も妙なとんちを効かせたな。まあ、だから今更発現した連中っていうのは民間人くらいなモノだ、だが残念だったな劣等生。せっかく妖怪の山に入れたのに、お前はめでたく塔外追放だ」

「烏天狗だかなんだか知らないが、良いのか?俺等は子を増やそうとしてやってるんだ、この世界、餓鬼は貴重だろう?」

別の男が、少女の髪を掴み持ち上げる。

「確かにな、子供は貴重だ、未来を託すんだからな。それが増えるというのなら、この世界にとっても良い事なんだろう。この閉塞した世界、あまり子を成そうとする人間も少ないのも事実だからな。だがな」

シオンは、右腰に据えていた水平二連の長い銃を引き抜いてそれを男に向ける。

「だが残念だったな、俺等妖怪の山は、いいや、俺達妖怪は正義の味方じゃないんだよ」

迷うことなくシオンは引き金を引く。爆音と共に、二本の銃口から、弾が飛び出す。その弾は、寸分の狂いも無く、少女の髪を掴んだ男の額を貫いた。男はそのまま後ろへ倒れ、少女は解放される。が、少女の顔は怯えたモノだった。

「なっ・・・てめぇ!何の躊躇いも無く部下を殺すのかよ!?」

残った男は明らかに動揺した様子で後ずさりを始めた。

「部下、と言っても、この世には良い部下と悪い部下の二種類しか居ない。どのみちお前達は塔の外で野垂れ死にだ。遅いか、早いかの違いでしかない。だろう?」

「ふ、ふざけやがって・・・!」

シオンは、再び銃を構えると、男に狙いを定める。そして、再び躊躇う事無く引き金を引いた。

「くそ・・・!」

男は、両手を前に突き出し、大気を厚くし、風の力で銃弾を空中で止めた。銃弾は、風に溶けるようにして消え去った。

「へぇ・・・つい最近発現したっていう割には短期間で随分と容易力の扱い方を勉強したんだな。それを任務に生かせれば、お前の命運も違ったかもしれないな、出世して、いい嫁さんも貰って、子をこさえて、結果は同じだっていうのに、焦りは人を狂わせる、か、教訓にさせてもらおうか」

シオンは、腰を落とすと、男に肉薄する。そのまま刀を振りかぶると、男に切りかかる。男はそれを防ごうと再び大気の膜を展開するも、その膜は、シオンの刀を止める事は出来ず、あっさりと切り破られ、男の身体を袈裟切りにする。

「がぁぁぁぁぁ」

「さようなら」

シオンがそう言うと男は、傷口から血を吹き出しながら地面へ倒れた。

「俺の刀を防ごうっていうんなら、ブルーフィールドを呼んで来い」

そう言うと、シオンは刀についた血を、振り払った。

ルーナス・ブルーフィールド、別名天邪鬼。重力と斥力の容易力の持ち主であり、要塞統治者の一人、冷静な性格だが、常に身には鎧のような防護服を纏っており、その素顔を知る者は13人の中には居ない。おそらく、彼の本気を見た者は居ないが、13人の中では防衛戦をさせたらおそらく彼の右に出るものは居ないだろう。

「ふう、一応正装なんだが、まあ替えはいくらでもあるんだが・・・ああ、あとでアクセリアを呼ばないとな・・・で、だ・・・」

サラセス・アクセリア、別名以津真天。死者を操るという容易力を持つ要塞管理者。その能力を生かしてか、彼女の持つ部隊は死人の処理を担当している。その事から、死神部隊、ゴミ処理部隊などと陰口を叩かれる事もあるが、彼女自身はそれを気にしている素振りを見せない。だが部隊員は気にしているのか、彼女の元に集うものは日に日に減って行く。今日の会議で決められた、悪路王ことラクア・ケイススの部隊から転属させられる事になった名も知らぬ部隊員達に、心の中で合掌をすると、シオンは、残った怯える少女を見る。少女は明らかにシオンに対しても恐怖の表情を浮かべ、怯えながらいつの間にか移動していた路地の隅で震えていた。シオンは刀を腰へ戻すと、肩を竦めた。

「ま、軍人崩れが人様に支持されようとは思わないが、こうも怯えられると、流石にこたえるね。俺の名、わかるだろう?烏天狗、一応、此処の統治者の一人って事になっているが、別に悪いようにはしない、君は被害者だ。ああ、報復なら気にしなくていい。奴等とつるんでいる奴は皆サトリ様の審判を受けて、同じような罪を犯そうものなら塔外追放だ」

「な、なんで彼等を殺したんですか・・・?」

少女の震える唇から出てきたのは、そんな疑問だった。当然の疑問、いくら自分を犯そうとした人間であっても目の前で殺されれば、誰でも生まれる疑問。

「なぜって、君は犯されそうだった。最悪、事が済んだら殺されるかもしれない。それを生かす理由が、何処にある?それに俺達は部下の不始末には相応の罰を与えないといけない、でなければ組織は立ちいかないからな」

それはシオンにとってごく当たり前の回答だった。軍人にとって、人の命は守るモノと同時に奪うモノでもある。それがより不特定多数にとって都合の良い方へ偏ったモノが、軍人というモノだと、シオンは考えていたからである。この少女を助ける事は、結果として治安を維持する事に繋がる。多くの人間にとって、平穏な暮らしへ繋がる事である。ならば、シオンにとって躊躇う必要は無かった。

「何ですか、会議が終わったばかりだというのにもう問題を起こしているんですか貴公と言う人間は」

そういって突然現れたのは天狗。ベルーシェ・ウィズベールだった。要塞管理者の一人、実年齢の割に若い容姿、一見すると少女のようなあどけなさを残す褐色の肌を持つ女性。この世界の諜報部である天狗部隊の隊長。その能力は瞬間移動と、幻術、風を操る。

「のぞき見か、趣味が悪いな、ウィズベール」

「のぞき見とは失敬な、あれだけ大声と大きな音を出していれば誰でも気づきますし通報だってします」

「なら、何故メイネスが来ない?」

「鵺ですか?彼女は別件で文字通り飛び回ってますよ。ご苦労な事です。だから私が代わりにやってきた訳です」

「メイネスが居ないのなら部隊員を呼べば・・・ってこいつ等、まさかメイナスの部隊の連中か・・・?」

「さぁ?そこまでは私にはわかりかねます。私も偶々、手が空いていたという理由で此処にいるだけですからね」

「そうか、要件なら済んだ。そこにいる少女を保護してやってくれ。後遺体の内の一つをサトリ様の元に持っていくようアクセリアに頼んでおいてくれ」

「なぜ私が」

「お前の方が俺が報告して回るより早いだろう?」

「人使いの荒いお方ですね。護符を使えばよろしいじゃないですか」

護符。この世界衰退後に普及し始めた携帯端末。ほとんどの住人に支給され、その安否確認や個人間の連絡などに使用される。他の用途としては、塔から出る事の無いサトリの目として、存在している。

「生憎俺はあの手のモノに良い思いを持ってなくてね」

「旧ストラルヴァ社の御曹司が随分な物言いですね、あの手の商品は貴方のご実家の十八番だと思っていたのですが、いや、だからこそのその物言いなんでしょうね」

「昔の話は止めろ」

「おお怖い怖い」

睨みつけるシオンに、ベルーシェは、悪びれた様子も無くそう言った。

「わかりましたよ、上司の頼みとあれば、断れないのが天狗の性、でも・・・烏天狗って天狗より下じゃ・・・?」

「俺が知るか」

「まあいいでしょう、それは、今度サトリ様にでも聞いてみます」

「諜報部なんだろう?自分で調べたらどうだ・・・?」

「古い伝承なんて今じゃ外地にしか残ってないですよ?ここから旧都までどれだけかかるとお思いですか」

「お前の瞬間移動でも難しいのか?」

「位置さえ分かっていれば難しくは無いとは思いますが、私が耐えられるかどうか、と、いいますか、そんな程度の事に私の容易力を利用しようとしないでください」

「ノリツッコミをありがとう。後の事は頼んだ。俺はこの汚れた制服を洗濯しなくちゃいけない」

「そんなものいくらでも換えはあるでしょうに、まったく、何故この人が私達のリーダーなのか」

それはシオン自身も疑問に思っていた事だった。だがその問いに対する答えをシオンは持ち合わせていない。

「サトリ様に聞いてくれ、それじゃあな」

そう言うとシオンは踵を返し、路地裏から去っていく。

「ふう、お嬢さん、立てますか?」

「は・・・はい・・・」

ベルーシェは、シオンが立ち去るのを見届けると、少女の元に歩み寄り、手を差し出した。それもシオンが意図する事だった。粗野な男の手よりも、同じ女性の手の方が、取りやすいと、そうシオンは考えたからこそ、あとの事をベルーシェに任せたのだった。



「シオン、君に一つ、ずっと聞きたいことがあったんだ」

カーライルは妙に神妙な表情をしながら、シオンの事を見上げる。シオンの身長とカーライルの身長にはだいぶ差がある。シオンにとってこの身長差は見慣れた光景。たまに、カーライルは自分を見上げるのは疲れるのではないかと心配する程度には差があった。

「改まってなんだ?急に、こんな所にわざわざ呼び出さなくとも護符があるだろう?」

ここは街の中心から大きく外れ、要塞と要塞の間の防護フィールドギリギリの位置。人は到底寄り付かない場所に、シオンはカーライルによって呼び出されていた。

「馬鹿だね君は、護符はサトリの目でもあるんだ、護符越しじゃ迂闊な事を喋れないだろう?」

「馬鹿とはなんだ、で、俺を呼び出して聞きたいことってのは?謀反の計画でも立てようって言うのか?貉やディーネスのおっさんじゃあるまいし、お前がそんな事を考える様には思えないんだが、それに生憎と今の所サトリ様に剣を向けるつもりは無いぞ」

「今の所は、ね、と、君はなんだい、話を聞こうという振りを見せつつ話を逸らそうと必死なようだけれど」

「そりゃ、こんな所に呼び出されて、相手の話をよし聞こうってほど俺は不用心じゃない」

過去に、こんな場面で、貶められ、裏切りに加担させられた過去を持つシオンにとっては警戒に値するに十分な材料が揃っていた。

「はぁ、君らしいと言えば君らしいか、別に取って食おうって訳じゃ無いからボクの話を聞いてよ」

「分かったよ、じゃあまずその背中の得物を下して貰おうか」

「ふー、構わないよ」

そういうとカーライルは、自分の背に背負っていた身の丈ほどあろう白い大剣を地へ放り捨てた。ドスンという、鈍く重量感のある音が辺りに響く。

「君は、どうするんだい?」

カーライルは、シオンの両腰に据えられた得物を見ながらそう言う。

「ハンデだよ、お前にぶん殴られたら俺の身体が持たない」

「君は何処までも疑心暗鬼なんだね、まあいいよ。ボクが話を聞かせてもらう側だから、それでいいとしよう、で、だよ。話を元に戻そうか、君に聞きたいことなんだけれどさ」

カーライルはそこまでいうと、一息、間をおいて次の句を口にした。

「シオン、君はボクの事をどう思っている?」

「・・・は・・・?」

シオンは、呆気にとられたような表情を浮かべ、その問いを聞いた。

「ボクの事、どう思っているのかって聞いているんだけれど、君は耳が遠いのかい・・・?」

「それは・・・お互い同じ殺した数を競った仲で、同じ妖怪の山の幹部同士、だろう?」

「それはボクが言った言葉だよ、ボクが聞きたいのは君がボクの事をどう思っているのかだよ」

そこまでいわれてシオンは口ごもる。

「仲間・・・だろう・・・?」

暫く考えて口に出た答えがそれだった。

「ふう・・・君はなんていうか、素直すぎるね、悪い意味で」

「何が言いたいんだよ結局」

「シオン、君は自覚していなかった、したくなかったのか、どちらかはボクには分からないけれど・・・」

カーライルは、また一息、間を挟む。

「シオン、君はボクの事、好きだろう?」

「は・・・?何をいきなり、そりゃ、好きか嫌いかで言えば好きな部類には入るが・・・」

「それも、友人としてじゃ無く、それ以上の相手として」

シオンはカーライルの言葉に戸惑う。

「ば、馬鹿か・・・俺達は同性なんだぞ・・・?」

「否定はしないんだね、うん、実に君らしくて良いよ」

カーライルは、にこやかにそう言った。シオンは、その表情に目を逸らす。

「こ、根拠はなんだよ・・・?」

「前々から思ってたんだけれどさ、シオン、ボクを見る目だけ明らかに違ったんだよね。昔っからさ」

「俺は別に・・・他の奴と変わらず接してたつもりだったが・・・」

「君は、ボクと居ると笑顔が多かった。あんな過酷な状況下でだよ?一緒にお風呂へ入って、同じテーブルに並んで食事を取って、まあ、色気が少ない部隊だったって言うのもあるんだろうけどね、君はボクを見る目だけは、優しかった。ボクも、そんな君に甘えていたんだろうね、君の事をお兄ちゃん、なんて呼んだりもしたっけ」

「昔の話だろう・・・」

「だからあの時、君とボクが対峙したあの時の、君の悲痛な顔は忘れられないよ」

「誰だって仲間と敵として戦うなんて事になったら表情も硬くなるだろう・・・?」

「そうか、そういう理由なんだね」

「お前は、嫌じゃなかったのか?」

「ボクは、ボク個人の意見を述べるなら、嫌だった、かもしれないね」

「かもしれない・・・?」

「ボクは君が何故ボクの前に剣を持って現れたのか理解できなかったからね、そう、理解できなかった」

「何が言いたい・・・?」

「それを言う前に、もう一つ聞かせてよ、シオン、君はボクの何処に惹かれたんだい?」

「それを言わないといけないのか・・・?」

シオンは、頬を掻きながらそう言う。カーライルは、それを覗き込むように腰を落とした。

「言わなきゃわからないだろう?ボクはサトリじゃないんだ」

「聞いてどうするんだ・・・?」

「それは、これから決めれば良いさ」

「わ・・・いかったから・・・」

「なんだい・・・?」

カーライルはシオンの顔を覗き込みながら小首を傾げる。

「ああ、わかったよ!お前が可愛かったからだよ!」

「やっぱり顔かい」

「なんだよ、悪いかよ!?お前はそこらの女より可愛く見えたんだよ!身体も細くて女みたいで、性格も子犬みたいで可愛かった!お兄ちゃんって呼ばれる度にドキドキしたさ!だからお前の事が自然と気になったんだよ!」

「いいや、別に悪いとは言ってないさ、見た目、大事だよね。ボクも、君の顔は悪く無いと思っている、性格に関して言えば、ボク自身は自覚は無かったけれど、君がそう言うのなら、そうだったんだろうね」

「こんなくだらない話をするためにお前は俺を呼び出したのか!?」

シオンは思わず腰に据えた刀に手を伸ばす。もちろんそれを抜く気は無かったが、この会話をなんとしても止めたいと考えていたから。

「下らなくなんて無いさ、ボクは今から君に、ボクの弱みを見せようと思っているんだから」

「なんだって・・・?」

「聞こえなかったかい?ボクの弱み、サトリに握られているソレを君に教えようと思ったんだ」

「なんだってそんな事・・・お前に何の得がある」

「得、かぁ、それも、君次第、なんだよね」

「どういう意味だ・・・?」

「シオン、ボクはね、人の心が、わからないんだよ」

「・・・どういうことだ」

「どういう事だ、って言われてもね、そのままの意味だから何とも言えないよ。ボクは、人の心が分からない、人が何故悲しむのか、喜ぶのか、楽しむのか、怒るのか、それが何故なのか理解できない。シオン、君の好意も、ボクにとっては理解できないモノなんだよ」

「そんなの誰だって同じだろう?他人の心なんて読めないし見えない。だから苦労するんだ」

「シオン、君は優しいね。でもね、シオン、人の悲しみを理解できないという事は、人を傷つける事に対して抵抗を抱けないのと同義なんだよ?ボクは、今まで多くの人間を殺してきた。その人間には家族が居ただろう、友が居ただろう、恋人が居ただろう、君は、その事に関して、何かしらの罪悪感を抱いた事は無いかい?」

「それは・・・無いと言えば嘘になる・・・もっとも、殺しているうちに慣れたけどな」

「ボクは、ボクには最初からそれが無かった。友が死んで悲しんでいる仲間が居た。けれどボクにはその悲しみが理解できなかった。ただ、死んだだけじゃないかと、たった、それだけの事実があるだけじゃないかと、ボクは思っていた。ある日、ボクに対して子供がナイフを持って襲い掛かってきた。確か、お父さんの仇、だったかな、そんな事を言っていたよ。ボクは、それを切り捨てた。それを見ていた部下がさ、ボクの顔を見てこう言ったんだ、鬼だって、アンタは人の心が分からないのかって、意味が分からなかったよ。ボクは黙って刺されればよかったのかい?って、後で聞いたら、その部下には子供が居てね、子が親の仇を取るのは当然みたいな考えを持っていたんだろうね、でも、ボクには意味が分からなかった。それでやっと、ボクは理解した。ボクは、人の心が理解できないんだって」

「でもお前には自我がある、お前の心があるじゃないか、それを他人も持っていると思えば・・・」

「他人は他人だよ、君は他人も自分と同じ考えを持っていると、そう思うのかい?他人の思考を読む、それにも限度がある。その限度が、君の好意に気付いたってところだったのさ」

カーライルはそう言うと、背を向けた。カーライルの尻尾は、地面を向いて風に揺らいでいた。

「ボクは、君がボクを特別視していることには気づいた。けれども、君が何故ボクを好いているのかわからなかった。それは、人として欠陥を持っている事に他ならない。だからボクは選ばれた」

「獣人だからっていうのは理由にはならないのか・・・?」

シオンは、それを自身の拒絶と捉えた。それ故に、自然と、食い下がってしまっていた。

獣人は、かつての戦争で兵器として開発された種族であり、人の姿をしながら、耳や尻尾を持ち、機敏な身体能力を持ち合わせていた。同時に、成長が早く、そして死ぬのも早い。しかし老いを知らず、運用期間が長いという特性を持っていた。そして兵器として運用される為が故に知能も高く設定されていた。それ故に、獣人は人に反旗を翻した。自らの人権を主張し、人と戦った。そうして、人権を得た。

「それは言い訳としては下の下だよ、ならなんで獣人は独自に繁殖したんだい?何故、人類に反旗を翻したんだい?それは、恋というものを知っていたからだろう、愛というものを理解していたからだろう、そして、自分たちを道具としか思っていないというその思考に、反発したからに他ならない、それはつまり、獣人という種自体は、他人の心を理解できるという事実に他ならない、単純に、ボクが異端であったと、その事実を裏付ける確証にしかならないんだよ」

「そんな事・・・」

シオンは、そんなカーライルにかける言葉が見つからず、天を仰ぐ。

「シオン、この事実を聞いて君はボクをどう思うかい?軽蔑したかい?好きという気持ちは、薄れたかい?」

「そんな事・・・そんな事・・・」

シオンは二の句が継げずに同じ言葉を繰り返す。次第にそれが自身に対する忌々しさを含んでいく事に、カーライルは気付けなかった。それが何故なのかを理解できなかったから。

「本音を言うとね、ボク自身は、君の事を嫌っては居ない。むしろ好意に値すると思っている。変な事を言うと、卯月にされるのは遠慮したいけれど、君にだったら、抱かれても良いとさえ思っている。でも、ボクが君の事を理解できないのであればそれは、ただの一方通行だ、そんな恋情はいつか破綻する。だから、君には打ち明ける事にしたんだ。ボクにとって特別な君にはね」

「それを俺に打ち明けてどうするつもりだったんだ・・・お前は・・・」

「そこまでは考えてなかったかな、君が、ボクの事を諦める事を期待しているんだろうね、きっと。で、君は、ボクの事をどう思う?君の恋慕を理解できないボクを今なお好きで居られるか」

「それは・・・」

「考え込むのも無理はないよね、お互いにお互いの事が好きだけれど、片方はもう片方の好きを理解できないんだから・・・これが、分ったろう?ボクの弱みさ、でも、君のせいでもあるんだよ?君がボクの事を好いていなければボクは、ボクは此処まで自分の欠落に苦悩する事は無かったんだから」

「俺が、俺が居なくなればいいのか・・・?」

「それは困るよ、君が居なくなったら誰がこの幹部達を束ねるんだい?」

「急に仕事の話になるんだな、お前個人は、どう思うんだ?」

「ボクは・・・ボクは君に居なくなられると、寂しい。もっと君と居たい。もっと君の傍に居たい」

「なら・・・俺も同じ気持ちだと、そう思っていれば何も問題は無い」

「でも君の気持ちに応えられないんだ。君がボクに対する不満を抱いていてもボクはそれに気付けない。それは、致命的な欠陥だよ」

「そうですね、それは致命的ですね」

不意に、ベルーシェの声が聞こえ、シオンは辺りを見回す。シオンの左後ろに、片足だけで立つベルーシェの姿があった。

「ウィズベール!?なんでここに!?」

「いやですね、貴公等が僻地へ二人して歩いていくのを目撃しましてね、いや、実際は私が目撃した訳じゃないのですが、でも私、諜報部、というお題目があるではありませんか?幹部二人が揃って逢引なんて、何かよからぬ企みでもしていたらいけないと思いましてね、聞かせて頂いていた訳ですよ」

「幻術で姿を隠してずっとそこで見てたって事かい・・・」

カーライルも振り返ると、あからさまな不快を顔に浮かべながらベルーシェを見る。

「そう言う事になりますね、ですが、面白い事を聞かせて頂きました。どういうおつもりですか、カーライル・ブレイブス様。自らの弱みの吐露は我等の間ではタブーだった筈ですが・・・?それどころか、ほかの幹部に好意を持っているなどもっての外」

「ああ、知ってるよ、幹部達が弱みを吐露してそれが受け入れられてしまったとき、ボク等は抑止力を失う。そうなれば結託して謀反もあり得る。だからボク等はボク等の弱みを見せる事は許されない」

「そこまでわかっているのに何故」

「シオンにはボクの事をわかっていて欲しかった。それだけの事だよ」

「出来損ないの畜生風情が他者に理解を求めるなど・・・」

「なんだって・・・?」

「いいえなんでもありません。とにかく、これは私としましても見過ごせない事態です。サトリ様に沙汰を下して貰わなければなりません」

「それは困るよ、ボクとシオンの関係は秘密でなければいけない、そのためには、ウィズベール、君には消えてもらわないといけない」

カーライルは、地に落ちた自分の大剣を拾い上げると構える。

「私とやり合おうというのですか・・・そうですね、たまには、そういうのもいいかもしれませんね」

ベルーシェはそういうと両手を左右に伸ばす。するとつむじ風がベルーシェの両手の先で渦を巻き、それが黒い靄を巻き込み始め、次第に人影を形成していく。彼女の容易力、実態を持った幻影であることは、シオンもカーライルも把握していた。



「で、ディーネスのおっさん、俺をこんな所に呼び出して何の用だ」

果無の統治する要塞の屋上、シオンは、警戒心をむき出しにしながらヴェルゼリアに問いかける。ヴェルゼリアはいつもの、服ではなく、私服のような衣装を着ていた。しかし、かけている眼鏡も、表情も、普段のモノだった。張り付けたような、何処か人を見下したような笑顔、表情。

「そんなに警戒しなくとも、こんな見通しの良い所で貴方を謀殺したところで私に何の得があるというのですぅ・・・?」

年齢に似つかわしくないどこか宙に浮いたような語尾、これも彼の特徴でもあった。

「私はですねぇ、貴方に期待、しているんですよぉ?」

「俺に期待とは、随分と大きく出たなディーネスのおっさん、俺は今や妖怪の山でも異端の中の異端だ、それに何の期待をかけるって言うんだ?」

「私はですねぇ、貴方に救って欲しいんですよぉ、この世界を」

「救う?俺が?この世界を?冗談を言え、俺一人に何が出来るって言うんだ」

シオンは、腰に据えた刀の柄に手を乗せながら、横目でこちらを見ているヴェルゼリアから目を背けた。

「それはぁ、やってみないとわからないでしょう?ダメですよぉ?若いのに自分の可能性を自分で摘み取っては」

「可能性なんていうのは、ある人間にしかない、無い人間には、どうあがいても無いもんだ」

「それに同意してしまえば、私は貴方にこの願いを託す意味が無くなってしまいますねぇ・・・」

「世界救済でも何でも、アンタがやればいいだろう?ディーネスのおっさん、愛してるんだろう?人類を、それに実力で言えば幹部達の力は均衡している。つまり俺に出来る事はアンタにも出来るって事だろう?」

「ええ、勿論ですとも、でなければこんなつまらない世界にいつまでも居座る義理はありませんよぉ・・・」

「つまらない、か、確かに、何をするにも見張られて、自由も無いこの世界を退屈だと思うのは無理も無いか、だが居座るとはどういう意味だ?まるでこの世界以外に世界があるような物言いだな」

「そういう意味で言った訳ではないのですがぁ・・・ですが、目の付け所は流石と言ったところでしょうかぁ・・・?ここ最近は貴方に対する風当たりも強いですし、何かと警戒するのも無理はありませんかぁ・・・」

ディーネスは落胆したように肩を落とすそぶりを見せた。

「前々から気になっていた事があるんだが、それを聞いて構わないか?」

シオンは話題を変えようと、脳裏に浮かんだ言葉を口にする。ディーネスは、その言葉に吊り上がっていた口の端をさらに吊り上げた。

「ええ、かまいませんよぉ、私に答えられる事であるなら、ねぇ・・・?」

「ディーネスのおっさん、アンタ、何者だ?此処に来る前も、容易力に関する講師をしていたくらいしか素性が分からない。サトリ様も、アンタに対する態度だけあからさまに違う」

「なかなか感の鋭い方ですねぇ、故に、首領という立ち位置なんでしょうか、やはり目の付け所は見事です」

「答えられないか・・・それともそれがアンタの弱みって事か?」

「半分正解、半分不正解、というところでしょうかぁ、容易力の講師をしていた、というのは間違いありませんよぉ、サトリ様が私に対して妙に冷たいのは・・・気になっている事の裏返しでしょうかねぇ?」

そう言いながらディーネスはくつくつと笑う。

「ですが、いいんですかぁ?他者の過去を詮索する行為はこの世界では禁忌、それに素性の知れない幹部なら他にもいるでしょう・・・?塗壁とかぁ・・・天邪鬼とかぁ・・・」

「今更禁忌の一つや二つ破った所で俺の立ち位置が変わる訳じゃない、それに奴らは、昔は敵だった、それだけだろう」

「随分と思いきりが良いですねぇ、それに、無勉強だった、という訳でもない、良いでしょう、私の秘密をお教えしましょうかぁ」

「アンタの秘密を知って俺に何の得がある?」

ディーネスはその言葉に暫く思慮するような仕草をした。

「それもそうですね、無駄話は止めにしましょうかぁ、時間は貴重なものですからねぇ、時間は」

「で、結局俺に何をしてもらいたいんだアンタは」

「外地調査、ですよ」

「一人で外地へ行けっていうのか?正気かアンタ、この塔から出たら数分も持たずに死ぬぞ」

「誰が防護服無しで行けと言いましたかぁ・・・?それに、この世界で疎まれているのは他にも居るでしょう?彼と一緒に行ってもらいたいんですよぉ」

「自分はそうじゃないと言いたいのか?」

「はて、私は誰かに疎まれるようなことをしましたかねぇ・・・?」

ヴェルゼリアは顎に手を当てながら、わざとらしく小首を傾げる。

「よく言う」

シオンはそこまで言って、ヴェルゼリアが別段人の恨みを買うような行いをしていない事は、シオンがよく知っている事だった。だが、それだけでもあった。基本彼は傍観者として存在している。恨みを買いはしないが、それだけの男だった。

「おかしいとは思った事はありませんかぁ?」

ヴェルゼリアは、急ににやけ面を止めて、真顔になる。シオンはその様に驚きを隠せずに居た。彼はいつでも笑っていた。それがその張り付けた笑顔を止め真顔でシオンを見つめている。シオンは思わず刀に手を伸ばす。

「嫌ですねぇ、私はただ疑問を口にしようとしているだけだというのに何故貴方はそうも喧嘩早いのかぁ・・・そんな事で誰かを守ろうなんて、ちょっとばかり考えが甘いですよぉ」

ヴェルゼリアはそれに動じず、眼鏡をくいっと上げる仕草をする。多数の属性を行使できる彼ならばシオンが間合いに入る前に彼に手傷を負わせる事が出来る。それ故の余裕だった。

「閑話休題、話を戻しましょう、この世界が現在置かれている状態について、話をしましょうじゃありませんか」

「そんな事、13会議で死ぬほどやっただろう、今更何を話そうっていうんだ」

「誰も疑問に出さなかった、いや出せなかったんでしょうかねぇ、まあどっちでもいいですが、現在この世界は、汚染された大気に包まれています。それを抑止できるのは私達が今いるここ、要塞。そして、塔のみです、塔の外は汚染によって人は住めない、荒廃した大地が広がっている。しかしそんな中、我々を攻めてくる存在がある、私達は、それに対する対抗の手段の一つとして設立された」

「それがどうした?そんなの誰でも知ってるぞ」

「ここで不可思議な事が一つ二つ、ある訳です。無人兵器、戦時中、貴方のご実家、ストラルヴァ社をはじめとした兵器製造メーカーによって作られた兵器群、アレ等は当然呼吸をすることが無い。故にこの汚染された大気内でも存在し、我々を襲ってくる」

「まあ、此処は戦争の中心地だったからな、アレにいちいち民間人に識別コードを埋め込んでいたら面倒だからなぁ、俺達はともかく民間人が襲われるのは仕方が無い」

「それも、おかしな話なんですがねぇ、まあそれも問題なんですが、問題はもう一つの魔物、ですよ」

「魔物がどうしたっていうんだ?」

「わかりませんか?アレも所詮は遺伝子を弄っただけの動物に過ぎない。容易力を持っているのは人間だけです。にも拘らず、この汚染された大気内を自由に闊歩して私達を襲う、おかしいとは思いませんかぁ?仮に同じ人の遺伝子を弄った獣人を外に出してくださいな、数時間と立たずに死に絶えるでしょう?なら何故魔物は私達を襲えるのです?」

「つまり・・・何が言いたい?」

「わかりませんかぁ?この汚染の元凶をしっかりと把握し、そしてそれに対する耐性を持つモノを放てるだけの技術力を未だ保有している存在がこの星にまだ居るという事ですよぉ、戦争が終結して3年、ですよぉ?いくら勝利の為になりふり構わず魔物や無人兵器を放っていたとはいえ、そろそろ尽きても良い頃合いなんじゃないかと思うんですよぉ・・・」

「つまり俺にそいつらを探せっていうのか・・・?」

シオンがそういうと、ヴェルゼリアの顔に張り付けた笑顔が戻った。

「そういう事です、その者たちが地上に居るのか天上に居るのか、はたまた地下に居るのかはわかりませんがぁ、必ずこの汚染から解放されている区域が存在すると私は踏んでいるんですよぉ」

「それはまた、眉唾な話だな、そいつらがどこにいるか、見当はついているのか?この大陸だけでどれだけの広さを持っていると思っているんだ、空に目がある訳でも無し、俺の残りの余生を、汚染された大地で過ごせっていうのか?まだ俺は18なんだぞ?探すんならアンタが探せばいいだろう」

「空に目、ですかぁ、そうですねぇ、一つ、天狗に調査させてる事があったんでしたぁ、そろそろ、時間だと思うのですがぁ」

そういうとヴェルゼリアは自身の護符で時刻を確認する。それとちょうど同じタイミングで、天狗、ベルーシェが、ヴェルゼリアの背後に黒い靄と共に現れた。

「流石天狗、時間にはぴったりですねぇ」

「私は待つのも待たせるのも嫌いですからね、言われた通り、貉の執務室を探らせて頂きました」

「お前・・・貉のあの無駄に厳重な要塞を探ったのか?」

「侮らないでください。所詮機械人形の制御する要塞など、私にとっては取るに足らないモノ、もっとも彼の執務室のアレは若干私でも寒気がしましたが・・・」

「でぇ、天狗、何か面白いものは見つかりましたかぁ?」

「生憎ですが、私は機械モノには疎くて、貴重な情報が入っていそうなファイルだけは引き抜いてきました。後これ、面白い物を見つけたので、コピーしてきましたよ」

そういうとベルーシェは、記憶媒体と思われるモノをヴェルゼリアに渡すと、片手を上げる。その手に、黒い影がまとわりつくように這い回ると一枚の紙きれになった。

「紙?随分と珍しい物を持ってるんだな」

「写ってるモノがまた面白いんですよ」

そういってベルーシェが差し出した。そこに移っていたのは見紛う事無く、貉だったのだが、その紙の表面は色あせ、見知らぬ顔が並んでいた。

「おやぁ、これはこれは・・・」

ヴェルゼリアは、その写真を見て興味深そうに、顎に手を当てながら写真を見つめる。

「念のため言っておきますが、これは私が加工したものではありませんよ、私は見たままを再現しているだけです」

「随分と色褪せているが、この写真がどうした?ただの貉が映っているだけの写真じゃないか、面白い事なんてどこにも・・・」

そこまで言ってシオンは気が付く、この世界では紙媒体は数百年前に地上から消えている。ならばこの写真は数百年前、よくて数十年前のモノになる。

「ちょっとまて、これは貉なのか?世の中に似ている人間なんて3人は居るっていうが・・・」

「でぇ?そのそっくりさんの写真を取っておく理由はぁ・・・?」

「家族という可能性もあるだろう・・・?」

「家族、ねぇ・・・年代的にはひいお爺さんかお爺さん、って所でしょうかぁ?貉はお爺ちゃん子だったんでしょうかねぇ、まあ彼が家族を愛するような性格には見えないんですが、で、ですよ。この服を見てもそう思えますかぁ・・・?これは軍服、ですよぉ、それもかなり古い。家族の集合写真ならともかく、軍人の仲間同士の写真を後生大事に取っておくものですかねぇ?大抵、亡くなった時に遺物として一緒に燃やすのが一般的じゃないでしょうかぁ?」

「そう言われてみれば・・・確かに不自然だな・・・だが、取っておく写真がこれしか無かったって可能性もあるぞ?」

「そう言われてしまえば私としてもきりがありませんよぉ・・・」

「で、私はもうよろしいでしょうか?」

ヴェルゼリアは肩を竦め、ベルーシェは特に表情を浮かべず淡々とそう言った。

「ええ、構いませんよぉ、ご苦労様でしたぁ」

「それでは、ごきげんよう」

ベルーシェはそういうと黒い靄に包まれながら、霞のようにその場から消え去った。

「それで、アンタはなんで貉の所を天狗に探らせたんだ」

「それはですねぇ、あの塔の設計者は彼なんですよぉ」

「そんな事、この世界に住んでる誰もが知っているだろう」

「だからですよぉ、この塔が、ただの兵器だけとして作られたというのは、私としてもにわかに信じられないんですよぉ。あの貉がですよぉ?ただ命じられるままにこの塔を建造したとは思えないんですよぉ」

「ははは、随分と信用されているんだな奴も、確かに、あれほどの裏切りを働いた人間が、言われた通りに言われた通りのモノを作るとは思えない」

「私は、この塔の秘密を探ろうと思っています、そして貴方の言った空に目も、これだけの高さを誇る塔なら、一つや二つついていてもおかしくは無いと踏んでいるわけですよぉ、だから私は天狗に貉の執務室を探らせたという訳です。貴方に外地調査をしてもらうのは、それからになるでしょうねぇ」

「なるほどな、それなりの目星は付けて居たって事か、それに、すぐに行けって言われずにホッとしてるよ」

「私は鬼じゃありませんからねぇ・・・そういえばなんで我々には鬼が居ないんでしょうねぇ・・・?」

「サトリ様に聞いてくれ」

「覚えて居たら聞いてみましょうかぁ・・・私の話は以上です。後は貴方のご返答次第になる訳ですがぁ・・・」

「すぐにはいそうですかと言える内容じゃない事だけは確かだな、大体俺達が管理者の席を外して、その後はどうするんだ?」

「それはぁ、私が全力でサポートしますよぉ?何分、私個人の頼みですのでぇ・・・」

「こういう時のための13会議じゃないのか?」

「貉に私の行動を気取られたら天狗を雇った意味が無いじゃないですかぁ、あくまで貴方には自主的に外地調査へ向かった、という体で居てもらわないと困るんですよぉ」

「まったく、仲間意識も何もあったもんじゃないな・・・」

シオンは悪びれる様子も無くそういうヴェルゼリアに肩を竦ませる。

「仲間ぁ?はて、そんなもの居ましたかぁ?我々はあくまで、サトリ様に利用されているだけの道具に過ぎません、道具が仲間意識など持ちますかぁ?持ちませんよねぇ、利用できるものは利用し合う、ただそれだけの関係ですよぉ、それがお嫌でしたらご自分で反政府組織なりなんなりをお作りになってどうぞその中で存分にお仲間ごっこをしていてくださいまし」

何時ものヴェルゼリアの口調でありながら、何処か棘のある物言いにシオンは違和感を覚えた。

「どうしたんだ、いつものアンタらしからぬ感情的な物言いじゃないか」

「そう・・・ですかぁ・・・?いつもと変わらないと思っているのですがぁ・・・」

「なあ、ディーネスのおっさん、アンタ、ほんとの所この世界をどう思っているんだ?のらりくらりして他人に興味無いみたいな面して、その実裏ではこうやって世界をどうにかしようと考えている、アンタ本当は正義の味方にでもなりたかったんじゃないのか?」

ヴェルゼリアはシオンの問いに真面目に思慮するように考え込む。暫く考え込んだ後、ヴェルゼリアはいつもの表情を浮かべた。

「その問いに関して答えさせていただくのならぁ・・・正直に言いますと・・・私は貴方と同じようにこの世界を退屈だと思っています、非常にね・・・だってそうでしょう?与えられた平穏、与えられた責務、与えられた生活。この世界には自由が無い。自由が無いのはそれだけで退屈です・・・正義の味方になりたかったかどうかについてはぁ・・・私が正義の味方に向いているとおもいますかぁ?」

「思わないな・・・、だがアンタの言いたい事はわかる。間違ってもサトリ様の前では言えないがな」

「でしょう?私は、ただ自分の退屈を解消したいんですよぉ、人の時間には限りがある、その限りの中で存分に楽しむのが人というものでしょう・・・?」

「また随分と飛躍したが、まあアンタの言いたい事は大体わかったよ、その要求を呑むかどうかは俺次第、だけれどな」

「それで結構ですよぉ、元より即決は期待していませんのでぇ、それに、貉も愚かではありません、何らかの天狗の痕跡に気付いて、他の幹部に探りを入れる可能性もあります。そのタイミングで外地調査などと言えば、私や貴方の関与が真っ先に疑われる事になります」

「ウィズベールの独断って事にすればいいじゃないか」

「彼女には貉の穴を探るだけの理由が無い。言ったでしょう、貉も愚かでは無い、と、彼にとって脅威たり得る存在から順に疑われていく事になるでしょう、ならば、私達は適当に貉の追及をやり過ごして、他の幹部へ目が行っている内に外地調査を提案すれば、それだけで撹乱になる」

「俺やアンタは奴にとっては脅威って事か」

「彼は軍人ではありましたが研究者や策士と言う側面が強いですからねぇ、力任せが得意な人間を苦手にするのはある意味当然と言う事です、天狗は、所詮は貴族のお嬢様でしたからねぇ、守られる側の人間、誰かに利用されたと考えるのが貉と言う男でしょう。対して貴方は人を利用する側の人間だった。私は、人を指導する立場の人間だった。こういった人間が先んじて疑われるのは仕方のない事です。いつだって無知無欲な人間を利用するのは力や知識のある人間ですからねぇ」

シオンは、ヴェルゼリアの言葉に感嘆の声さえ上げようとしてしまう。あれだけ仲間ですらないと切り捨てた他の幹部の性格を把握し、それを利用している。それは、他者に興味の無い人間に成し得る事ではなかった。故にシオンは思った。この男の以前口にした人間を愛しているという言葉は、本当なのではないかと。

「だがサトリ様に見られればすぐにばれるぞ、あの方は心だけじゃなく過去も読めるんだ」

「貉がそれを許しませんよぉ・・・」

「貉が・・・?」

「あの塔の実質的な管理者は貉ですよぉ?サトリ様の眠りを調整しているのも彼だと考えるのが妥当でしょう?そして彼は何かしらの目論みを持っている、それがサトリ様に露見するのは彼にとっても不都合なはず、ならば、彼はサトリ様を出せない」

「ずいぶんな自信なんだな。お前は貉の何を知っている?」

「さぁて、何を知っているんでしょうねぇ・・・?」

ヴェルゼリアは不敵な笑みを強くする。

「とにかく、私の話は以上です。この誘いに乗るか乗らないかは貴方次第、それでこの世界が緩やかに死んでいくのも良し、新たな道を切り開くも良し、少なくとも、私たちには、首輪がありながらも、自由意思がある、それを活用しようではありませんかぁ」

ヴェルゼリアはそういっていたが、シオンの答えなど端から知っているような口ぶりだった。

「考えさせてもらうよ、奴と一緒にな」

「ええ、白狼にはよろしく伝えておいてくださいまし、私は、天狗の持ってきてくれたこれの解析があります、彼も警戒心だけは強いですからねぇ、何重にもプロテクトをかけていると考えて間違いないでしょう、はぁ、年寄りにはつらい仕事ですねぇ・・・」

そういうとヴェルゼリアは、自らに背を向けたシオンに手を振る。要塞の屋上からシオンが出ようとしたとき、シオンは振り返り、ヴェルゼリアのにやけ面を見ながら聞いた。

「最後に一つ聞かせてくれ、貉の、奴の容易力は何だ?」

「彼の言動を見て気づかなかったんですかぁ?不老不死、ですよぉ。自分が死なないからこそ、他人にも興味が無い。そういう意味ではぁ、私と彼は似ていますが真逆の存在、ですかねぇ」

ヴェルゼリアは、最後の最後までその不敵な笑顔を崩す事無く、そう言った。


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