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小さな幸せをあなたに

 彼女との一番最初の記憶は曇り空だ。


 屋上で授業をサボっていた俺に、声を掛けてきたのが最初の接触になるだろう。


「――そこから菜の花畑は見えますかぁ?」


 青空の割合が一割以下の半球から、俺は声の主に目を向ける。屋上の出入り口の上から頭を出すと、ボブカットの女子生徒がこちらを見つめている。


 続けて俺は校庭の向こう側に目を向けた。ぼんやりと黄色い。


「自分で確かめたらどうだ?」


 見えているものが菜の花畑なのかわからない。


「それもそうですね」


 言って、彼女はこの場所に繋がる梯子を登ってきた。近くで顔を見ると、結構可愛い。


「あ、やっぱりよく見えますね。花言葉どおり《小さな幸せ》を見つけた気分です」


 すごく満足げに彼女は言うと、大きく伸びをした。そこを強い風が吹き抜けて、彼女の短めのスカートの裾を翻した。


 むっちりとしたヒップを覆うレースがついたパンツは白い。


「な、なに見てるんですかっ!」


「俺の昼寝の邪魔をしたから、かな」


「何言っているんですか。今、授業中ですよっ!」


「お前もサボりだろうが」


 指摘してやると、彼女は笑う。


「うちは今、自習だから大丈夫なんです」


「じゃあ、俺のところも自習だ」


 言って、俺は再び横になる。またパンツを見たと騒がしくされると面倒くさいので、彼女には背を向けた。


「嘘を吐かないでくださいっ。A組は数Iのはずですよぉ」


 その返事に驚いて、俺はさっと振り向く。彼女のスカートの中がよく見えるなぁと思ったら、すぐに押さえて隠されてしまった。惜しい。いや、そこじゃねぇ。


「俺のこと、知っているのか?」


「一年A組の三橋みつはしかえででしょう? 有名人じゃん」


 屈託ない様子で当てられる。女みたいな名前で図体の大きな男子生徒、授業はほとんど出ないくせにテストの成績は中の上。珍しいことをしているつもりはないが、有名人らしいことは知っている。


「そういうお前は?」


 見覚えがないから同じクラスではない。自習だというやり取りから考えても、別のクラスの人間だ。


「あたしは一年D組の堀江ほりえ花菜かなです」


「お前、菜の花が目当てでここに来たのか?」


 変なヤツが来たなと思って訊ねると、彼女はにっこりと笑った。


「あなたと話すことが目的ですよ。あたし、あなたに興味があるんです」


 これが彼女流の愛の告白なのだと気付くのはずいぶんとあとになってからだった。





「何考えていたの?」


「お前と出会った頃のことをな、ちょっと」


 数ヶ月前のことだが、昨日のことのような、あるいは数年以上前のような気がしてくる。もう夏休みで、彼女は俺の家にいる。


「ふぅん」


 一緒に夏休みの宿題をやろうと誘ってみたが、本題はもちろんそこではない。爪を短く切りすぎたかもと後悔したが、長いよりは良いだろう。


「なぁ、花菜」


 俺はそっと彼女を後ろから抱き締める。



《了》

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