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小さく煩い、花の居候

 翌朝。

 カーテンを閉め忘れた部屋は、日光を帯びてすっかり暖かくなっていた。朝特有の清清しさが質素な部屋を満たしてくれる。

 そんな部屋で、寝ぼけ眼の冬士が見つけた鉢の中には、小さな花が咲いていた。

 花弁の中の色は外側より濃いピンク色だ。五つのハート型の花弁が、薄黄色の雄しべと雌しべを囲むように均等に並んでいる。小さいがとても綺麗な花だった。

 そして、鉢の前には冬士の手首から肘程の背を持った人間がいた。

「おう」

 ふてぶてしい顔での挨拶。仁王立ちで荒く鼻息を付く姿は、眠っていた時の愛らしさを忘れさせた。

 それでも整った容姿は、美しいと形容するしか言葉がない。まるで花そのものを思わせる美貌だ。

 冬士はただ、花の化身を見つめる。その状態で一分が過ぎ去る前に、花が痺れを切らして叫んだ。

「挨拶くらいしろ!」

「……おはよう」

 思い出したように冬士は頭を下げた。会話はそこで途切れる。口を閉ざしてしまった冬士を見て、花が大きく溜息を吐いた。

「由夏に言われた通りのやつだな。全然しゃべんねぇ」

 花は先程よりも大きな息を吐き、やれやれと両腕をゆるく上げた。冬士との会話を切り上げ、きょろきょろと部屋を見渡し始める。

「しっかし、何もない部屋だな」

 部屋は、花の言った通りの必要最低限の物しかないシンプルな部屋だ。

 飾り気一つない木のテーブルに、教科書らしきものしか入っていない本棚。カーテンは藍色の無地で、昼でも閉めてしまえば日が入らない遮光のものだ。家具の揃った六畳二間の空間にも関わらず、フローリングがよく目立つ。

 誰が見ても、同じことを言うだろう。

「お前の服も無地だし。髪型ダサいし。流行ものとかないのかよ、この部屋には」

 いつの間にか、部屋を見回していた花の視線が冬士に移っていた。冬士は何も言わず、自分の服を見下ろす。

 黒のスラックスに無地の白シャツ。一度も染めたことのない、手入れのしていない髪は、肩にかかるほど長い。前髪は横に流し、後髪は耳の横で一つに括っている。身だしなみを一番気にかける年頃の男にしては、格好に無頓着だろう。

「俺のこと知らないんだってな」

 冬士が話さないと分かってか、花がどんどんと会話を進めていく。冬士は声を出さず頷いた。

「すぐ調べろ。インターネットに詳しく乗ってる」

 小さな指が、勉強机に乗っているパソコンに向けられる。冬士は嫌な顔一つせず、それに従うために足を動かした。だが、

「おいこら!」

 後ろからの罵声に、冬士は足を止める。表情を変えないまま振り返れば、花がテーブルの上で地団駄を踏んでいた。

「俺も連れてけよ! 気が利かねぇな!」

 ストローよりも細い指が、ビシリと冬士を指す。瞬きの多いピンク色の瞳と視線を合わせながら、冬士は動きを止めた。しばし考えてから、冬士はのそりと足をテーブルへ向かわせる。そして、花の前に広げた掌を置いた。

 だが、花は中々手に乗ってこようとしない。何故か一歩後ろに下がり、警戒した様子で冬士を睨んでいる。その瞳は、少し前の強気な瞳とはどこか違うものだった。

 どれだけ待っても、花は冬士と手を交互に見るだけだった。冬士は首を傾げ、花を捕まえようとした。だが、花は「ひっ」と声を上げて逃げ出した。

 冬士が首を反対に傾けて手を退かす。花は止めていた息を吐きだし、キッと鋭い瞳で冬士を睨みつけた。

「なんか喋ろよ! どうぞ、とか、乗っていいよとか、あるだろ普通!」

「……どうぞ」

 高くも低くもない声がそう言えば、花は呆れたと言わんばかりの表情を浮かべた。

「早く手、出せよ」

 花に言われるがまま、冬士は再度掌をテーブルへ置く。花は時間をかけ、恐る恐る掌の中央に乗った。

「でかいんだから、もっと小さい俺に気を利かせろ」

 その意味が分からないまま、冬士はこくりと頷いた。

 歩き出せば花は小さく悲鳴を上げ、手の上で四つん這いとなった。振り落とされないようにと冬士の指にしがみつく。花は、僅かに震えていた。

 歩きながら、冬士は花を見下ろす。

 指にしがみ付く花には体温があった。掴む指や擦れる肌の感触もリアルだ。髪が指を擽り、むず痒い。

 今手に乗っているものが本当に生きているものだと、冬士はそこでようやく認識した。

 パソコンの前に手を下ろせば、花は慌てて掌から降りた。そして、ゴホンえほんと嘘のような咳をはきながら、勝手に電源ボタンを押した。

 パソコンが起動し、黒の画面が青くなる。

「早く探せ」

 花はパソコン画面の横でふんぞり返り、命令をする。冬士は急かされるようにイスへと座り、検索サイトを開いた。由夏の言っていた言葉を思い出し、キーボードを叩く。フラワードールと検索をかければ、目的のサイトは見つかった。

 ピンクや黄色や青。綺麗な花を壁紙にふんだんに使ったサイトは、色の割には見やすく整理されたものだった。冬士は目に入った項目をクリックする。

「ここだ」

 そこは違うと、花が画面を触る。タッチパネル式のパソコンは、花が触れたところに矢印を動かした。

 フラワードールと大きなポップ体の文字が現れ、冬士の目は自然にそれを目で追っていく。

 【フラワードール】

 花と人の命が連結している不思議な生物。

上手く育てれば花も人も百年は生きる。花も枯れることなく、綺麗な花を咲かせ続ける。

 花は小さくても百三十センチ、大きいものは二メートル近くにまで成長する。それに合わせて、人間の身長もまた伸びる。

 日常生活は普通の人と植物と同じで良い。しかし、何よりも繊細な生き物である。身体の構造は人間と同じだが、花が枯れれば人間も死に、人間が死ねば花は枯れる。身体にも精神も、細やかな心配りが必要である。

 各個体に性別の意識はあるが、両性具有である。

「ここに俺の食事についてや世話の仕方が書いてあるから、しっかり読んどけよ」

 小さな手が、ぺたぺたと画面を触る。画面が切り替わり、言われた通り「食事」「接し方」「病気」など、色々な項目が現れた。

 冬士は静かに頷き、まずは食事と書かれた文字を押す。

人間と食べるものは同じだが好き嫌いが多い者が多い。花には肥料と水を与え、それから虫が付かないように害のない薬品の使用が大切。そこからも大量に並ぶ文字が現れ、冬士は黙々と読み進めていく。

「あの、さ……」

 声が聞こえ、冬士はパソコンから目を離した。代わりに、話しかけてきた花に視線を向ける。

 花は態度を一変させていた。指で服を握りながら、もじもじとしている。口は開くものの、何かを発する前に閉じてしまう。

 花の行動の趣旨が分からず、冬士は花をじっと見つめる。

 やがて花は頬を赤くして、もげそうなほど首を横に振った。

「何でもねぇよっ」

 ふいと顔を背けた花に何の疑問も思わず、冬士は「そう」と心の中で呟き、パソコンへと視線を戻した。


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