16、老子ちゃんVS孔子ちゃんⅤ
水を操ろうにも、操る水が存在しないのでは、どうしようもない。まさか老子ちゃんの弱点が音楽だなんて。
「孫子ちゃん、もしかして、これは……絶体絶命というやつなんじゃないのか?」
しかし我らが軍師、孫子ちゃんは俺の方を見て、
「まだまだチャンスはある。校庭の地形を見て」
言われた通りに校庭を見ると、韓非子ちゃんが趣味の落とし穴を掘りまくったりした跡や、墨子ちゃんの築いた小国の城郭跡、それから焚書の時に灰と牛の骨を埋めた穴が、龍が崩れた水流によって校庭表面にいくつもの窪みを生み出していた。
「この校庭がどうしたと言うんだ」
「さて問題です。湿った砂、窪みと言ったら何?」
「一体何のクイズだ」
「正解は……間もなくわかるよ」
そして孫子ちゃんが再び校庭を見つめたので、俺も校庭に視線を送る。
孫子ちゃんの言う通りに、確かに正解はわかったが、それが一体何なのか、俺はちょっと理解できなかった。
孔子ちゃんが、「さあキリンさん。やっておしまい」と言って老子ちゃんにトドメの一撃を見舞おうとした時だった。
孔子ちゃんの乗るマシンが、突然制御不能に陥ったようだ。
老子ちゃんを倒すはずのキリンさんの長かった足は、突如として短くなり元のカメさんの短さになってしまった。ロングな首も短く戻り、その急な変身の際に甲羅上がグラグラと揺れたため、孔子ちゃんは小さな悲鳴を上げながら椅子にしがみつき、高価そうなピアノは落下して不協和音を上げながらばらばらなってしまった。
やがて全校生徒全員が黙り、静まり返った世界で、巨大カメは緩やかに歩き出した。焦った孔子ちゃんがレバーをガッチャガッチャと乱暴に操作しているのを無視して、音楽によるダメージで動けずに地面に手をついている老子ちゃんを避けて迂回して歩き、やがて韓非子ちゃんが第二次焚書の時に掘った場所にできた窪みの前まで来た。そこで一旦立ち止まる。埋めたはずの書を燃やしてできた灰が水を吸った上でむき出しになっており、これまた埋めたはずの牛の骨も少し見えている。
そして巨大なカメはその窪みにお尻を向けたのだった。
一体何が始まるのかと思ったら、なんと、カメはかつて尻尾があった場所――先刻孫子ちゃんに向かって尻尾を飛ばしたため、そこは穴になっていた――から球体をボロボロと落とし始めたではないか。
そう、それはどう見ても産卵である。
「何よコレ、どうなっているの?」
慌てる孔子ちゃんだが、いくらレバーを動かしても、椅子に取り付けられたボタンを連打しても、産卵は止まらない。
ブサイクなカメさんは、涙を流しながら産卵をし続けていた。
孔子ちゃんは「ちょっと、言うこと聞いてよ」などと言いながら、まだレバーをガッチャガッチャやっているが、カメは産卵をやめる気配はない。
「どういうことなんだい、あれは」
という墨子ちゃんの問いに、孫子ちゃんが説明してくれた。
「あのカメは、私が設計したものって言ったでしょ。キリンになる機能なんてのは付けた記憶全く無いけれどね。たぶん重要な部分は時間が無くて精査できずにそのまま流用するしかなかったのよ」
「つまり、どゆことにゃー?」と荘子ちゃん。
「つまりね、制御プログラムの中に『砂浜っぽい感じの窪みを見ると強制的にウミガメの産卵を始める』というのを発動するようにプログラミングしていたというわけよ! 水を含んだ校庭が、条件に合致したんだね!」
「何で、そんなのを仕込んだんだ、孫子ちゃん」
「リアリティの追求よ。ウミガメの本能ってやつよ!」
「さすが孫子ちゃんだ! 正直よくわからんが!」
「戦は、だまし合いよ!」
もしかしたら、ここまでの展開を全て読み切った上で、孫子ちゃんは行動していたとでもいうのだろうか。自分が攻撃されることや、設計図をあえて奪わせたりすることで、針の穴を通すような勝ち筋を手繰り寄せていたのかもしれない。
いや、まさかな……。
でも、絶対にありえないとも言い切れない。もしそうだとしたら、このカメの産卵は勝利への逆転の一手になっているのかもしれない。たとえば、ものすごい強い小型メカが卵の中にいて、それを孫子ちゃんが操れるようになっているとか。
「孫子ちゃん、するとなにか、あのバスケットボールくらいある球体は卵で、あの中にウミガメの子供が入っているということか?」
「いや、ちがうよ」
「じゃあ、何が……」
「巨大ばくだん百個仕込んだよ!」
ちょっと言うのが遅かった!
初めからあれが爆弾だって教えてくれたら、もう少し心の準備ができたものを!
卵の形したバスケットボール百個分の爆弾は一気に爆発し、火柱が立ち昇る。視界が暖色に染まる。カメは涙を流しながら裏庭方面に飛んでいって、高電圧フェンスや堀を通り越して学園敷地外ににズズンと落ちたようで、少し揺れた。
空からは黒い灰が降ってくる。
孔子ちゃんは、素早い危機察知能力で直前に離脱を成功させて無傷であったし、大爆発であったにも関わらず幸いにも観客の中に負傷者は居なかった。もちろん老子ちゃんも無事である。おそらく、窪みの中で爆発したために、爆風の大半が上昇気流となったためであろう。
韓非子ちゃんの掘った穴が役に立ったといったところだろうか。窪みが深く広くなったが、奇跡的に――あるいは計算してなのか――被害は軽微で済んで、孔子ちゃんと老子ちゃんは互いに武器を持たずに対峙した。
孔子ちゃんは残念そうに、
「あーあ、生徒のための学費や寄付金を投入して、荀子ちゃんがたまたま拾ってきた設計図を基に作った究極の兵器だったのに」
と言って俯き、肩を落としたが、すぐに顔を上げた。
「でも、うん。老子ちゃんに勝てば何の問題も無いわ」
「ウチかて、負けへん」
巨大兵器を失った二人だが、双方ともに戦意を喪失しているわけではない様子だった。




