9、墨子ちゃんVS孟子ちゃんⅡ
「墨子ちゃん! 今度こそあなたを『善』に目覚めさせてあげる! この私が!」
「目覚めるのはそっちだ!」
双方、走りながら弓を引くように拳を引いて勢いをつける。互いの右拳が繰り出され、校庭中央で激突し、閃光と風が弾けた。
二人、拳をぶつけ合う形で動きが止まり、風と光を浴びながら険しい表情で押し合う。
孟子ちゃんは猛々しく叫びながら、墨子ちゃんは黙って歯を食いしばりながら。
やがて互角の二人が離れると、風が止み、急激に明るくなっていた世界は元に戻った。
青空の下なのに何となく暗く感じるのは、二人が激突した時に散った光が眩しすぎたせいだろう。
孟子ちゃんは右足での上段蹴り、下段蹴り、中断蹴りの三連蹴りを繰り出すも、墨子ちゃんはそれを完璧に防御。孟子ちゃんは今度は軸足を右に変え、左足での後ろ回し蹴りを繰り出したが、これも容易く受け止めた。
その後も孟子ちゃんの分厚い攻撃を延々と墨子ちゃんが受け流すという関係で場面は進んでいく。墨子ちゃんにも反撃の意思はあるのだろうが、孟子ちゃんによる連続攻撃に隙が生まれないのだろう。
韓非子ちゃんや荘子ちゃんも加勢したがっていたが、攻防の展開が速すぎてついていけない様子であった。
学園最強の防御力を持つ墨子ちゃんをもってして何とか攻撃を防ぐのがやっとなのだから、韓非子ちゃんたちが向かっていっても返り討ちに遭うだけだ。
だが孟子ちゃんの嵐のような攻撃が止んだ時、墨子ちゃんはノーダメージだった。このあたりは、さすがは最強の盾の面目躍如といったところだが、攻撃ができない以上、勝つことはできない。攻め疲れを狙ったとしても、あれだけの攻撃を繰り出しておいて全く息を切らしていないところを見ると、夜まで粘っても疲れることはないだろう。
そんな時、事態の打開を図ったのだろう。韓非子ちゃんが孟子ちゃんに背後からトテテと接近。卑怯にもスコップで殴ろうとした。が、孟子ちゃんは勢いよく韓非子ちゃんの方を向いて牽制。スコップを構えていた韓非子ちゃんが怯えて後ずさった。背後に虎が見えるくらいに思い切りにらみつけられたため、後ろ走りで距離を取った。
孟子ちゃんは韓非子ちゃんを遠ざけると、再び墨子ちゃんの方へと向き直り、
「さすが墨子ちゃん、普通の攻撃では攻略できない、か」
などと言うと、おもむろに『仁義』という文字が刻まれた応援団のような服を脱ぎ始めた。
ノースリーブのチャイナ風の服と共に、しなやかな曲線が姿を現した。
野生のネコ科肉食獣を思わせる引き締まった背中は、敵ながら超あっぱれである。
孟子ちゃんは、「まさか、これを脱ぐ時が来るなんてね」とか言いながら、手に持っていた『仁義』の上着を見つめた。かと思ったら、すぐに投げ捨てた。
上着が地面に落ちた時、学校中が揺れた。巨大魚が校庭に落下した時以上の揺れだった。服が落ちた場所を中心に半径三メートルほどの範囲で校庭が陥没した!
「なっ! あれだけ重たい上着を羽織ったまま、戦っていたと言うの?」と孫子ちゃん。
おそらくトン単位の重みを持った上着であろう。一体どうやって製造したのか大変興味があるが、荘子ちゃんと韓非子ちゃんが二人で持ち上げようとしても、ビクともしていないし、少し周囲の地面が陥没しているのを見ても、かなり重たいであろうと推測される。
ふむ、孟子ちゃんが『仁義』を脱ぎ捨てたということは、まさに今、仁義なき戦いが始まろうとしているわけか!
身軽になった孟子ちゃんは腰に両拳を添えて猛突進する。砂塵が巻き上がり、音速の白い壁が見えた。
墨子ちゃんは何とか手をクロスさせて孟子ちゃんの突き出した両の拳を受け止めたが、
「ぅぐっ!」
校庭に設置されたプールを囲うフェンスまで吹き飛び、激突して苦しそうに声を上げた。鋼鉄のフェンスが少し凹んだ。
次に孟子ちゃんは上空高く飛び上がり、両手を天にかざしたかと思ったら、サッカーにけるスローイン動作のように思い切り腕を振り抜いた。
「てぇい!」
孟子ちゃんが引っかいた大気は、白い空気の刃に姿を変え、フェンスを背に顔を歪ませる墨子ちゃんに向かっていく。
何とか飛び上がって回避したが、すでにその場所には孟子ちゃんが待ち構えていて、空中で鋭い蹴りを繰り出してきた。
「くっ……」
墨子ちゃんはこれも何とか腕で防御し、反対に孟子ちゃんの腹部めがけて肘を入れようと試みたが、あっさりやりすごされ、ついに重たい一撃を右脇腹にもらってしまった。
俺は大変驚き、
「そんなバカな! 墨子ちゃんが防御に失敗したァ!?」
などと叫んだのだが、すかさず隣で解説してくれる孫子ちゃんが、
「今までの守るだけの墨子ちゃんなら、今の攻撃は防御できてた。でも、反撃しようという思いがあったから、ダメージを受けたのよ」
直撃をくらった墨子ちゃんは二メートルほどの高さから落ち、校庭を四十メートルほど転がって止まった。
圧倒的な武力により甚大なダメージを受けたようで、しばらく動けなかったようだが、墨子ちゃんは痛みに震えながらも校庭に右手をついて起き上がる。打たれた右の脇腹を左手で押さえながら立ち上がる。
墨子ちゃんが顔を上げた時、孟子ちゃんに殴りかかっている女の子が一人。
静かに、足音を殺して走りながら、どこにしまってあったんだって思うほど巨大なシャベルを構えて背後から襲い掛かっていた。小さなスコップから自らの身長くらいあるシャベルに持ち替えた韓非子ちゃんである。
「やめ――」
墨子ちゃんが言いかけたところで間に合わなかった。
孟子ちゃんがノールックで突き出した拳による風圧で韓非子ちゃんは吹っ飛ばされ、シャベルを抱いたまま校庭を滑り、後ろ向きに一回転し、うつぶせに倒れた。腕を擦りむき赤い血が滲む。風圧だけであれなのだ、直撃していたらと考えるとゾッとする。
俺は思わず立ち上がり、居ても立ってもいられず韓非子ちゃんに駆け寄ろうとしたが、孫子ちゃんが俺の服の裾を掴んでそれを止めた。
「大丈夫、致命傷じゃないから」
「そんなことを言ったって、あいつは体が丈夫じゃないんだぞ! 墨子ちゃんや孟子ちゃんみたいに、スーパー何とか人みたいなタイプじゃないんだから――」
「あなたは、最後まで見届けるべき」
孫子ちゃんは俺の服をしっかりと握っていて、解放してくれそうになかった。義足は失っても、やはりそこは『最強の矛』である。このすさまじい握力から逃れる方法は一つしかなかった。
そう、険しい顔をしつつも勢いよく元の場所に座りなおすことだけ。
一撃でボロボロになってしまった韓非子ちゃんが担架に運ばれていくのを見た墨子ちゃんは、悔しそうに地面を殴った。
おそらく、「また守れなかった」と自分を責めているのだろう。俺だって自分で自分を責めたい。何で自分は弱いのか、と。




