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百家争鳴 ―風紀委員を埋めてやる―  作者: 黒十二色
第一章 閉じられた世界、始まりは春夏
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2、風紀委員の崩壊

 さて、ある日のこと、荀子(じゅんし)ちゃんという名の娘が、俺の前に立った。いつも鎖を身に付けている四天王の一角を担う女子である。以前は韓非子(かんぴし)ちゃんから姉のように慕われていたのだが、今は仲が悪いらしい。


 そんな荀子ちゃんが、韓非子ちゃんに向かってこう言った。


「孔子姉さんが居なくなったのも、韓非子のせいじゃないの?」


 しかし韓非子ちゃんは無言を返した。


 するとすかさず、いつも男子応援団みたいな詰襟の服を着てる孟子(もうし)ちゃんが横から入ってきて、


「そういうのやめなよ韓非子ちゃん。韓非子ちゃんは元々、そういう子じゃないはずだよ。悪い誰かにそそのかされたんでしょ。悪い人とは関係を断ちなよ」


 などと俺の方にチラチラと不信の視線を向けながら言ったりと、何となく俺は孟子ちゃんに嫌われている気がする。


 俺ほど他人に迷惑をかけないように生きてきた無害な人間は居ないというのに、韓非子ちゃんを影で操っていると思われているようだ。むしろ俺のことを影で操ってるのが韓非子ちゃんなんだが、その辺のことに、いつになったら気付いてくれるのだろうか。


 何かと妄信して猛進する孟子ちゃんは正直苦手である。


 俺にとって苦手じゃない子が風紀委員に存在してたかというのは疑問だけどな。


 さて、そんなこんなで孔子姉さんラヴな二人の手によって韓非子ちゃんが風紀委員の立場を十分な理由なく更迭されてしまった。孔子ちゃんと比較的関係の浅かったことが原因と思われる。


 当然、俺の知ってる韓非子ちゃんがそんな身に覚え皆無の冤罪(えんざい)によって失脚するのを甘んじて受けるはずもなく、激烈に反発し、「埋めてやる埋めてやる! 孟子ちゃん! 荀子ちゃん! あいつら埋めてやる!」と前髪振り乱したかと思ったら、「わあああ」と喚きながら涙目で俺にしがみついてきた。


 確かに韓非子ちゃんの意見は過激だったりするかも知れないが、意見が違うだけで追放だなんてのは、おかしな話である。そこで俺は、


「別に、お前が風紀委員だと言い張れば風紀委員のまま居られるんじゃないか? すでに風紀委員のトップだった孔子ちゃんは居ないし、荀子ちゃんや孟子ちゃんとは同格なんだから命令を聞く必要ないだろ。そもそも、お前が孔子ちゃんを追放したなんて証拠は全く無いんだから、法律的に罪にならんし、おかしいのはあいつらだ」


 などとついつい味方してしまったものだから、調子に乗りやがって、全校生徒の前で


「わ、わ、私、韓非子こそが、真の風紀委員! 逆らったら埋めるってこの人が言ってるの!」


 勇気を出して叫びつつ、自分の後ろに立っていた俺を指差したのだった。珍しく人前で喋ったかと思ったら、これだ。


 これ以上俺を巻き込んでくれるなよ、とは思ったが、誰かが校内をまとめねば混乱が収束しないというのも事実であろう。しかしながら孟子ちゃんと荀子ちゃんでは少々力不足だと思われる。


 そこで、俺は統一された法律を軸に据えようと考えている韓非子ちゃんを推したい。もしかしたら、昔馴染みだからという贔屓目(ひいきめ)が全開状態なのかもしれんが、やはり一度は明確にして絶対の法によって強く縛らないと、混乱は続くのではないかと思うからだ。


 で、こうして風紀委員が二つに分裂し、どちらが正当かで争うことに……なるのかと思っていた俺だったが、少々見通しが甘かった。


 どうやら風紀委員はまだ崩壊し足りなかったようで、同じ孔子ちゃんを崇拝している者同士であるはずの孟子ちゃんと荀子ちゃんが分裂した。生徒たちの教育方針を巡って対立したのだ。


「荀子ちゃん、違うよそれは。人間は生まれながらに善なのよ!」


「違うって孟子。善だろうが何だろうが、環境によっては悪に成り下がるから、それなりの教育によって礼を身に付けさせないと、もうマジでクソな人間にしかならない」


「そんなことない、善だから、善に目覚めさせればいいだけ!」


「甘いよ!」


「善だって」


「あなたの意見は全く論理的じゃない。根拠が無い」


「荀子ちゃんのわからずや! 善だってわかんないの? たとえば罪なき幼女が谷底に落ちそうになってたら、誰だって助けようとするでしょ! ほら、それって人間は元々善なる存在ってことでしょ。はい証明できた」


「だから、それきちんとした証明じゃないでしょ!」


「善なのぉ!」


「でも野放しだと悪になる恐れが強いわよね」


「そういう考え方ほど……悪ね。荀子ちゃんの性悪(しょうわる)! どうしてそんな子になってしまったの?」


「生まれながらにして善なんて幻想」


「規範よりも気持ちが大事だって何でわかんないの? 気持ちのある人が見本にならないと誰もついて来ないって!」


「孟子はガキっぽいわね」


「なっ! もうあんたとはやっていけない!」


「それはこちらの台詞」


 などという、互いに証明しようもない、めっちゃどうでもいい不毛な言い争いの果てに分裂し、荀子ちゃんが思想的に似ている韓非子ちゃんに「こうなった以上、組まない?」と歩み寄るも、韓非子ちゃんは俺の口を介して「誰があんたなんかと組むか、埋めてやりたいくらいなのに」という、こいつ生まれながらに悪だろと言いたくなるような返答をかまして、風紀委員は盛大に瓦解(がかい)。部下の多くも散り散りになってしまった。


 内的な人間の善を信じる孟子ちゃん、外的な規範を重視する荀子ちゃん、刑罰による緊張でまとめ上げようとする韓非子ちゃん。三者の対立は深まっていく一方だった。



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