4、学園最強の“盾”、墨子ちゃんⅡ
「ここが、噂に聞く地下牢か」
地下牢は、地中のけっこう深いところにあったため、年中通して気温が安定しているそうだ。夏だというのに涼しく、牢屋に住むことを厭わない人間にとっては夏も冬も快適に過ごせるようになっているらしい。墨子ちゃんは牢屋暮らしに慣れているようで平気な顔をしている。
けれど、俺にとっては、ちょっと怖い。水がぴたぴたと垂れる音がしたり、いつも暗かったりで、こんな所に住みたくない。
「あんたのことは、孫子ちゃんから聞いている」
墨子ちゃんはそう言った。どうやら声を出すことはできるようだ。
「ほう、孫子ちゃんとはどういった関係なんだ」
「真の友達であり、ライバルでもあるねぇ。孫子ちゃんは戦いの天才だから、私も全てを守るために学ぶべきところが多いわけさ。孫子ちゃんの方も、こちらから防御の考え方を学んでいるようだから、お互いに良い関係だねぇ」
姐さん口調だった。
ちなみに、今は闇市で肉屋を経営しているらしい。
他にも、この牢屋は何なのかと訊ねたところ、徳による統治で出た綻びを全て収容した場所であり、孔子ちゃんが作り出した暗部、刑務所的な施設だそうだ。言うことを聞かない連中を徹底的に此の牢屋に収容し場合によっては拷問していた歴史があるらしく、墨子ちゃんは、この牢屋で最も長く過ごしている、とのことだ。
「もはや牢番みたいなもんだねぇ」
などと言いながら自嘲気味に笑っていた。
ただ、孔子ちゃんが居なくなって風紀委員が崩壊したので、もはや脱獄し放題なのだという。
「ここに来て、多くのことを悟ったよ。色んな罪人の話を聞くこともできたからね。かなりの量の情報が流れてくるんだ」
「そうなのか」と驚いてみせる。
墨子ちゃんは頷いた。
「今の情勢を見ていると、もっと生徒は節約しないと備蓄が底を突いちまうかもしれない。それから、荒廃し切っている以上、本を丸暗記する勉強なんて無意味にも程が有るね、校舎内の連中は一体何をやってるんだか。試験の良し悪しで決めるよりも、生きるために必要な技能を身に付けていくべきなんじゃないのかねぇ」
なるほど、確かにそうかもしれない。
「ところで、こんなこと訊いていいのかわからんが、墨子ちゃんは、どういった理由で牢屋にぶち込まれたんだ?」
「いや、別に大したことじゃないねぇ。ちょっと小さな悪いことしちゃって捕らえられただけさ」
遠い目をして話す墨子姐さんの言葉が本当であるなら、それをやった風紀委員長の孔子ちゃんは何て悪いやつなんだろうか。生徒を牢屋にぶち込むなんて。
といっても、孔子ちゃんがやったと決まったわけではないし、『ちょっと小さな悪いこと』というのが傾国級のシャレにならない犯罪だった可能性もゼロではないし、それに、むしろ牢屋とか作って法律違反した人々をぶちこみそうなのは、俺のよく知る韓非子ちゃんであるような気がするけども。
「孫子ちゃんも、一時期ここに捕らえられて来てね、『親友に裏切られて冤罪くらった。絶対にあいつ許さないよ!』とか何とか言ってたけども。つまり、そうさね、孫子ちゃんとは、同じ釜のくさい飯を食った仲なんだよ」
「そうか。……その手錠は何なんだ」
腕の手錠を指差した。
「あァ、これかい? この手錠は、そうさね、意志の表明ってやつだね」
「何だそれ」
「絶対に、誰も傷つけない……っていうね」
「もしかして、孫子ちゃんの足を切断したの墨子姐さんか?」
「そんなわけないじゃないさ。失礼な子だねぇ。あの娘は出会った時には既にあの足だったよ。孫子ちゃんは唯一の友達で理解者なんだから、そんなことするわけないよ。絶対にね」
誰か大事な人を傷つけて、絶対に誰も傷つけないと誓った……というのが自然な流れだと思ったのだが、結局のところどうなのか突っ込んで聞く事はできなかった。ただ、何らかの理由で戦を憎んでいるというのは理解できた。
「守りたいんだよ。全ての人をね。そして全ての人に、全ての人を好きになってもらいたい。そうすれば、皆が楽しく生きられるだろ。それが、目標だねぇ」
そう言って微笑んだ墨子ちゃんを見て、俺は何だか鳥肌が立った。
入墨姿で、最初はずっと黙ったままだったからどうなるかと思ったが、墨子ちゃんは本当に心優しき姐さんだった。ここまで不特定多数の他人を思いやることができる人はなかなか居ないだろう。
戦乱の中なのに――。いや、戦乱の中だからこそ、彼女はこのような考えに至ったのかもしれない。




