第2話 運命の出会い 【表】
2話の【裏】は明日の土曜夜21:00頃に投稿予定です!
春の訪れを告げる温かな日差しが王宮の庭園に降り注ぐ午後、カイルは騎士団の訓練を視察していた。
「殿下、本日の訓練はこれで終了です」
「ああ、ご苦労」
カイルは軽く手を振り、庭園を散策し始めた。特に目的があったわけではない。ただ、執務室に戻りたくなかっただけだ。そうして、薔薇園の近くを通りかかった時、彼の耳に小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ!」
カイルが声のする方へ駆け寄ると、薔薇の茂みの前で、一人の少女が転んでいた。
ピンクブロンドの髪が陽光にきらめき、大きなはちみつ色の瞳には涙が浮かんでいる。垂れた目尻が、見る者の庇護欲を掻き立てた。
「大丈夫か?」
カイルは思わず駆け寄り、少女に手を差し伸べた。
少女は顔を上げ、カイルを見つめる。その瞬間、彼女の頬がぽっと赤く染まった。
「あ、ありがとうございます…」
少女は恥ずかしそうに視線を逸らしながら、カイルの手を取った。その手は小さく、柔らかく、温かかった。
「怪我はないか?」
「は、はい……少し足を捻っただけで……」
少女は立ち上がろうとして、バランスを崩した。カイルは咄嗟に彼女の腰を支える。
「無理をするな。ほら、ベンチに座ろう」
カイルは少女を近くのベンチまで抱えるようにして運んだ。その間、少女は申し訳なさそうにカイルの胸元を見つめていた。
「本当にすみません……お手を煩わせてしまって……」
「気にするな。ところで、君は?」
「わ、私はルリアーナと申します。騎士団長アルベールの娘です」
「騎士団長の?」
カイルは驚いた。騎士団長には娘が三人いると聞いていた。長女は既に結婚しているが、次女と三女はまだ若く、王宮にはほとんど姿を見せないという。
「ああ、確かそんな話を聞いたことがある」
「今日は父の用事で、王宮に来ていたのですが……薔薇があまりに綺麗で、つい見とれてしまって……」
ルリアーナは恥ずかしそうに笑った。その笑顔が、カイルの胸を打った。
——可愛い。
本当に可愛らしい。
カイルが理想とする女性像が、まさに目の前にいた。
「薔薇がお好きなのか?」
「はい……とても」
ルリアーナが頷く。その仕草さえ愛らしい。
「それなら、この庭園をもっと案内しようか? 他にも綺麗な花がたくさんある」
「え、でも……殿下のお時間を……」
「構わない。俺も暇だったんだ」
カイルは笑顔で答えた。ルリアーナは嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます、殿下」
そう答えたルリアーナの笑顔は、カイルの心を一瞬で虜にした。
その後、二人は庭園を散策し始めた。
カイルは白い薔薇の前で立ち止まり、一輪を手折った。
「この薔薇は『純潔』を意味する。君にぴったりだ」
そう言って、ルリアーナの髪に挿す。
「あ……ありがとうございます……」
ルリアーナは顔を真っ赤にして、うつむいた。その反応が、カイルには堪らなく愛おしかった。
シャロンなら、こんな反応は絶対にしない。彼女は冷静に「ありがとうございます」と言うだけだろう。だが、ルリアーナは違う。彼女は素直に、恥ずかしがり、喜びを表現する。
「殿下は、本当に優しい方なのですね」
ルリアーナが上目遣いでカイルを見上げる。
「そんなことはない。ただ、君が特別なだけだ」
「と、特別……?」
「ああ」
カイルは微笑んだ。
「君のような可愛らしい女性は、他にいないからね」
ルリアーナは、また顔を赤くした。
それから数日後、カイルは再びルリアーナと会う機会を得た。彼女が王宮の音楽室にいると聞き、カイルは迷わず足を運んだ。
「殿下!」
ルリアーナは驚いたように立ち上がった。
「また会えて嬉しいよ、ルリアーナ」
「わ、私も……です」
彼女は恥ずかしそうに俯く。その仕草が、また可愛らしい。
「この曲をご存知ですか?」
ルリアーナが楽譜を指差す。
「ああ、知っているとも。弾いてみようか?」
カイルがピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。流れるような旋律が、音楽室に響いた。
「素晴らしいです、殿下!」
ルリアーナは感動したように手を叩いた。
「殿下は本当に何でもおできになるのですね」
「そんなことはない。だが、君が聴いてくれるなら、いくらでも弾くよ」
カイルは笑顔で答えた。
ルリアーナは蕩けるような眼差しを向けてくる。シャロンには一度も向けられたことのない、そんな視線。カイルは有頂天になった。
音楽室を出たカイルは、上機嫌で廊下を歩いていた。
ルリアーナの笑顔が、まだ目に焼きついている。あの蕩けるような眼差し。あの無邪気な拍手。
(やはり、あの子は可愛い)カイルは鼻歌でも歌いたい気分だった。
だが廊下の突き当たりで、足が止まった。窓際に、二人の人影があった。
一人はアレクシスだった。
もう一人は……シャロンだった。
兄のアレクシスは、普段は執務棟にこもって目立たない存在だ。社交の場にもほとんど顔を出さず、貴族たちからは「地味な第一王子」と陰口を叩かれている。
そのアレクシスが、シャロンと二人で話していた。距離は、それほど近くない。だが、明らかに何かを話し合っている。シャロンの横顔は、いつもの冷静そのもの。
(珍しい)
カイルは思った。シャロンはいつも、社交の場で完璧な受け答えをする。だが、誰かと二人で言葉を交わしているところを、カイルはほとんど見たことがなかった。
アレクシスが、何かを言った。
シャロンが、静かに答えた。
その表情からは、何も読み取れなかった。
(何を話しているんだ)
カイルは、少し気になった。だが、すぐにその考えを振り払った。(どうでもいい)シャロンが誰と話そうと、カイルには関係ない。それよりも、ルリアーナのことを考えていたかった。
カイルは踵を返した。廊下の奥で、アレクシスがシャロンに向けて静かに何かを言った。カイルには聞こえなかった。そして、聞こうとも、しなかった。
それから二週間、カイルとルリアーナは毎日のように会った。
庭園での散歩、音楽室でのひととき、王都の街への外出。二人が一緒にいる姿は、何度も目撃されるようになった。最初は恥ずかしがり屋だったルリアーナも、次第に積極的になっていった。
「殿下、お時間ございますか?」
彼女は自分から会いに来るようになった。その積極的な態度が、カイルには愛情の証に思えた。
「ああ、もちろんだ。君のためならいつでも時間を作るよ」
「嬉しいです……」
ルリアーナは幸せそうに微笑む。
二人の間には、誰も入り込めない甘い空気が流れていた。
そんな中、(シャロンとの婚約を破棄して、ルリアーナを妃に迎えたい)それが、カイルの一番の願いになっていた。
だが、問題があった。ルリアーナの家は騎士団長の家系ではあるものの、爵位は男爵。シャロンのハウロイド侯爵家とは格が違いすぎる。さらに、ルリアーナは妃教育を一切受けていない。
「父上が認めてくれるはずがない……」
カイルは頭を抱えた。
執務室で一人、書類を前に溜息をつく。だが、ルリアーナのことを考えると、胸が高鳴る。
——どうにかして、彼女を妃に迎えたい。
だが、どうすれば。カイルは執務もほったらかして、日夜ルリアーナのことばかり考え続けた。
そんな時、運命は思わぬ形で彼に味方する。
ルリアーナが「聖女」として認められる日が、すぐそこまで迫っていた。
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