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番外編 とある王子の小話② 監視

「エドガー」


アレクシスが声をかけたのは、「シャロン」が王宮に来て十日ほど経った頃だった。


「あの女を、監視してくれ」


エドガーは眉を上げた。


「シャロン・ハウロイド様を、ですか」


「ああ。ただし——気づかれるな」


「……承知しました」


エドガーは一礼した。その表情には、疑問符が浮かんでいたが、理由を聞かなかった。アレクシスが「やれ」と言った時は、理由があるのだと長年の経験で知っていたからだ。


三日後、エドガーが報告に来た。

その顔が、珍しく困惑していた。


「殿下」


「どうした」


「監視なのですが——」


エドガーは言葉を選んだ。


「上手くいっておりません」


アレクシスは少し考えた。


「気づかれたか」


「それが……気づかれているのかどうかも、判断がつかないのです」


「どういうことだ」


エドガーが説明する。

シャロンの行動そのものは、把握できている。執務棟、図書館、社交の場、カイルの執務室。いずれも婚約者として自然な行動範囲だ。

だが、問題は従者だった。


「シャロン様の従者、ルイという男がおりますが」


「知っている」


「あの男が、厄介でして」


エドガーが続けた。


「監視の者が後をつけると、必ずどこかのタイミングで——自然な形で割り込んでくるのです」


「自然な形で?」


「はい。廊下で荷物を落として通せんぼをするとか、監視の者に話しかけてくるとか。一度などは、監視の者と同じ方向に歩き続けて、逆に向こうが立ち止まらざるを得なくなったとか」


アレクシスは、少し間を置いた。


「監視に気づいているな」


「おそらく。ただ——証拠がありません。あくまで偶然に見える動きしかしないので」


「なるほど」


アレクシスは静かに言った。

(従者まで使えるとは)

シャロンだけでなく、ルイという男も相当な手練れだ。二人で連携して動いている。


「監視の成功率は?」


「……四割程度かと」


エドガーは悔しそうに答えた。


「残りの六割は、ルイに阻まれています」


それでも、四割は把握できた。

エドガーが積み重ねた報告を、アレクシスは執務棟の窓際で読み込んだ。


図書館への訪問回数が、異様に多い。しかも、毎回閲覧している棚が違う。特定のジャンルを集中して読んでいるわけではなく、王宮の歴史、地下構造、古代の記録——脈絡がないように見えて、共通点がある。


(王宮そのものを、調べている)


アレクシスは頁をめくった。

北方公爵との会話の記録もあった。監視の者が遠くから見ていただけなので内容までは把握できていないが、会話の後、シャロンが図書館に向かったことは分かっている。


(北方公爵から、何かを得た)


それと——執務の合間に、王宮内を一人で歩き回っている記録が複数あった。散策と言えば散策だが、毎回歩くルートが微妙に違う。まるで地図を作るように、少しずつ範囲を広げている。


(王宮の構造を把握しようとしている)


アレクシスは報告書を閉じた。


「エドガー」


「はい」


「この女の目的は、情報ではない」


「……では?」


「王宮の中にある、何かだ」


エドガーが眉をひそめる。


「何か、とは」


「物だ。王宮のどこかに眠っている——何か特定の物を、探している」


アレクシスは窓の外を見た。


「図書館で調べ、王宮内を歩き回り、北方公爵から情報を得る。これだけの手間をかけているなら、相当価値のあるものだろう」


「……秘宝庫、でしょうか」


「可能性はある。だが——」


アレクシスは少し考えた。


「秘宝庫は正規の許可なしには入れない。あの女が力ずくで入ろうとしている様子はない。つまり——まだ、場所が分かっていないか、あるいは別の経路を探しているかのどちらかだ」


エドガーは黙って聞いていた。


「引き続き、監視を続けてくれ」


「はい。ただ——ルイという男がいる限り、完全な把握は難しいかと」


「構わない」


アレクシスは静かに言った。


「四割で十分だ。あとは——推測で補う」


それから数週間、アレクシスはエドガーの報告を積み重ねた。

把握できたこと。把握できなかったこと。ルイに阻まれた空白の時間。

空白の時間に何が起きていたかを、アレクシスは前後の行動から逆算した。


図書館に入る前と後で、シャロンが持っている書類の量が変わっている。持ち込んだものより、持ち出したものの方が多い時がある。


王宮の東棟を歩いた翌日、シャロンが北棟の古い回廊を歩いている。つながりのない二つの場所を繋ぐとすれば——地下の構造だ。


(地下を、調べている)


アレクシスは地図を広げた。王宮の地下構造。普段は誰も使わない古い通路。そして——使われていない古い塔。


(塔か)


アレクシスは静かに呟いた。

その塔の存在は、王宮の人間でも知っている者は少ない。古い記録の中にしか出てこない、忘れられた塔。


(あの女は、あの塔の中に何があるかを——探している)


確証はなかった。

だが、積み重ねた四割の情報と、推測が——そこに収束していた。


「エドガー」


「はい」


「王宮の古い塔について、調べてくれ。地下の構造も含めて」


エドガーが一礼して退室した後、アレクシスは椅子に深く座り直した。

この女の目的が——王宮の塔の中にある何かだとすれば。そしてその何かが、王宮に害をなすものでないとすれば。


(使えるかもしれない)


アレクシスは再び、そう思った。

ただの侵入者として排除するより——利用する方が、得策だ。この女には、目的がある。目的がある人間は、交渉ができる。


(もう少し、泳がせよう)


アレクシスは窓の外を見た。

王宮の庭園に、白い薔薇が咲いていた。

風が吹いて、花びらが一枚、空に舞った。

アレクシスはそれを目で追いながら——静かに、次の一手を考えていた。

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