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うしろの少年だあれ?

作者: 八本正幸
掲載日:2026/01/13

古くから伝わる子供の遊びの中には、不思議なものがあります。この「かごめかごめ」もそのひとつです。

これからあなたは、この不思議な空間の中へと入って行くのです。

 昔むかしの話じゃよ。

 わしらが子供の頃にな、「かごめかごめ」という遊びがあってな、今の人は知らんじゃろうが、よく学校の校庭の片隅やら、神社の境内なんぞで遊んだもんじゃよ。

 児童公園? そんな洒落たものは、わしらのガキん時にゃあ、なかったよ。

 簡単な遊びでの、鬼になった子供のまわりを、みんなで輪になって囲んでの、歌いながらぐるぐると廻るんじゃ。

 こんな歌じゃった。


 かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる

 夜明けの晩に 鶴と亀がすぅべった

 うしろの正面だぁれ?

 

 っちう歌詞でな、何でも地方によっては微妙に歌詞が違っとったみたいじゃが、わしらはこう歌っとった。

 鬼になった子供は、目隠しをするか、両手で眼をおおって、見えないようになっておる。 で、歌が終わったと同時に、鬼を囲んだ子供たちが動きを止める。鬼は、眼を閉じたまま、自分の真うしろの子供が誰か、声に出して言うんじゃ。そして眼を開けて振り返って、それが当たってるかどうか確かめる。当たっていれば、その子供と鬼を交代して、外れていれば鬼はそのままにゲームは繰り返される。そんな遊びじゃった。

 面白いかって?

 まあ、その時は面白くてやっていたんじゃろうが、幼稚園から小学校低学年くらいまでの、ごく短い期間にしか遊んだおぼえがないの。何しろ、単純な遊びじゃからの。そのうち缶蹴りや馬乗りなんぞをやるようになって、高学年になるにつれて、野球やサッカーみたいなスポーツに夢中になって行ったもんじゃよ。

 それで、その「かごめかごめ」をやっていた頃の話なんじゃが、夕暮れ近い頃に神社の境内でそれをやっていた時のことじゃった。

 何回目かに、わしが鬼になった。

 鬼になるのは、それが初めてじゃったから、わしはドキドキしながら、両手で眼をふさいで、みんなが歌いながら自分のまわりを廻る音に耳を澄ませておった。歌の声で、誰がどこにいるのかを把握しようとしておったのじゃな。でも、歌声は一体となって聴こえて来るもんじゃから、どれが誰の声か、なかなか判別出来るもんじゃない。あっという間に歌は終わって、みんなが動きを止めてしゃがみ込む気配がした。

 正直、誰がうしろにいるのかなんて、解らんかったよ。なもんで、当てずっぽうにひとりの名前を叫んで振り返った。

 うしろにいたのは、わしが名前を言った友だちではなかった。

「ハズレ~」と、みんなが笑ってはやし立てた。

 もちろんわしはがっかりしたんじゃが、その、うしろにいた友だちのそのまたうしろに、もうひとり別の子供がいて、こっちを見て笑っているのが見えたんじゃ。

 年頃はわしらと同じくらいの男の子での、学校でも近所でも見かけん顔じゃった。

 ちょっと不思議に思ったが、最近越して来た子供かも知れんと思って、あんまり深くは考えんかった。

 そうして再びゲームがはじまった。

 今度こそはと気合いを入れて耳に全神経を集中させておったので、見事、うしろの正面を当てることが出来た。

 今度もうしろの正面の友だちのうしろには、さっきの子供がいての、さっきよりも大きな笑顔で笑っておった。声も立てずにの。まるでわしが正解したのを祝福してくれているようでもあったので、まあ、悪い気はせんじゃった。

 やっと鬼から解放されたわしは、気配を悟られないように、あんまり大きな声では歌わないようにしながら、みんなと手をつないで、鬼のまわりを廻りはじめた。

 あらためて歌ってみると、何とも不思議な歌詞じゃなと思ったもんじゃよ。

「かごめかごめ」とは「囲め囲め」っちゅうことかな?

「籠の中の鳥」って、牢屋に閉じ込められているみたいだな。

「夜明けの晩」っていつだろう?

「鶴と亀がすぅべった」で、夜明けに近い真夜中に、鶴と亀が滑り台で仲良く遊んでいる姿が思い浮かんだ。

「うしろの正面」って、うしろなのか前なのか?

 そんなことを考えながら、何気なくあたりを見回すと、さっき「うしろの正面」のそのまたうしろにいた子供の姿が見当たらんかった。

 そろそろあたりも暗くなりはじめたので、もう帰ったのかな? と、その時は思ったんじゃ。わしらももう、家へ帰る時間が近づいていたからの。なので、そのあと二巡ほどして、その日は解散することとなった。

 わしはちょっと気になっておったので、同じ方向に帰る友だちと並んで歩きながら、さっき見た子供のことを訊いてみたんじゃよ。

「ねえ、僕たちが遊んでいた時、知らない子がひとり、僕たちの遊びを見てたよね? あれ、最近越して来た子かな?」

 すると友だちは、怪訝そうな顔をして、こう答えたんじゃ。

「どんな子? あそこには僕たちしかいなかったよ」と。

 その時は、たぶんこいつは気がつかなかっただけなんだと思ったもんじゃがの、それがそうではないらしいことが、解りはじめたのは、次に「かごめかごめ」をした時じゃった。

 それは、学校の昼休みのことじゃ。

 いつものメンバーに二、三人のクラスメイトが加わって、校庭に立った大きな楠の樹の下ではじまったゲームは、何巡目かでわしが鬼になった。

 みんなが歌いながらまわりを廻って、それがぴたりと止まった。

 わしは眼を塞いだまま、あるクラスメイトの名前を言って、振り返った。

 そこにいたのは、わしが名指したクラスメイトじゃった。

 じゃが、そのうしろにもう一人、知らない男の子がいた。

 同級生では見たことのない顔じゃった。

 この間見た子が笑っていたのとは打って変わって、その子は何だか哀しそうな顔をして、こちらをじっと見つめていた。まるで、仲間はずれにされたことを恨めしく思っているかのような表情じゃった。

 わしは、真昼の校庭にいるというに、深い井戸に落ちて行くような感覚に襲われて、思わずその場に尻餅をついてしもうた。

「何やってんだよ、おい」

 みんなはそんなわしの様子を笑ってはやし立ておった。

 じゃがわしは、冷たい汗が背中を伝わり落ちるのを感じながら、そのうしろの少年を指さしたまま動けなんだ。

「そこ、そこに……」

 すっかり乾燥して、乾ききった喉から、絞り出すように出した声は、まるで自分の声とは思えなかった。

 わしの異様な様子に気がついたクラスメイトたちが、指さす方に眼をやった。

「何か、見えるのか?」

 グループのリーダー格の少年が、真顔になってわしに訊いた。

 わしは、ゆっくりとうなずくと、やっとの思いで振り絞った声で答えた。

「そこに、森くんのうしろに、知らない子がいて、こっちをじっと見ている」

 先に「きゃーっ」と声を上げたのは、遊びに参加していた女子たちじゃった。

 一瞬遅れて、森くんが「ギャッ」と叫んで、カエルのようにジャンプして、その場を離れた。それを合図にしたように、みんなは口々に悲鳴を上げながら散り散りになって校舎の方へ逃げて行きおった。

 一人、取り残されたわしは、校庭の片隅で尻餅をついたまま、その見知らぬ少年と向き合っていた。他の子供たちが遊ぶ嬌声が、遠い海鳴りのように聴こえて来た。

 見上げると、その少年の眼が、じっとわしを見下ろしておった。最初は恨めしげに見えたそのまなざしが、何だか哀しそうに見えたのじゃ。

 きっと、一緒に遊びたいのに、遊べないことを悲しんでいるようじゃった。

 そう思うと、さっきまでの恐怖心が、すうっと消えて行くように感じた。まるでテレビの画面がホワイトアウトするようにの。

 すると、少年の口がかすかに開いたように見えた。何かを言うように……。

 その時、午後の授業再開の予鈴のチャイムが校庭に鳴り響いた。それと同時に、少年の姿も半透明になったかと思うと、口の中で綿飴が溶けるように、ふわっと消えてしもうたのじゃ。そう、遊びの時間はもう終わってしまったことを悔やむかのように、の。

 この一件があってからというもの、わしには不思議な能力が備わったようじゃった。

「かごめかごめ」の遊びをしていなくても、ふとした瞬間に振り返ると、その背後にいた人のそのまたうしろに、たぶんこの世のものではない人の姿が見えるようになったのじゃ。

 それを面白がって、わしを鬼にして「かごめかごめ」に誘う者もおったが、たいていの奴は恐れをなして、わしに近づかなくなってしもうた。それを哀しいとか淋しいとかは思わんかったよ。そう、わしには確実に世界が違って見えるようになったのじゃからの。

 いわゆる地縛霊とか、あるいは背後霊とか言われる者たちじゃな。

 必ずも少年ばかりではなかった。

 ある時は蒼ざめた顔をした女の人、ある時は頭から血を流した男の人、老人のこともあれば、赤ん坊が肩にしがみついていたこともあったのう。

 それぞれに事情をかかえた者たちじゃったのだろう。

 わしにはそれらの者たちの声まで聴くことは出来なんじゃった。じゃから、それを商売にして上手く金儲けをすることも出来なかった。不器用だったんじゃろうな。騙す気になれば、いくらでも騙すことが出来たのに、の。

 そんな経験の中で、いちばん印象的じゃったのは、ある同級生と久しぶりに再会した時のことじゃった。

 その男は小学校の同級生での、手のつけられん暴れん坊で、いわゆるガキ大将じゃった。なので、わしも近寄らないようにしていたのじゃが、ある時、共通して好きなアニメの話題で意気投合しての、以来、わしには手を出さないようになったのじゃ。 

 そいつと再会したのは、渋谷の雑踏の中じゃった。二人とも中年になっておったが、ぶつかりそうになって互いの顔を見た時に、瞬時に相手が誰か解ったもんじゃ。

「おお、久しぶりだな、元気にしてるか?」

 そう声をかけて来たそいつの風体は、明らかに堅気のものじゃなく、荒んだ生活の気配が漂っておった。

「まあ、ぼちぼちだよ」

 答えてふと見ると、そいつの肩越しに若い女性の顔が見えたんじゃ。色の白い美しい女性じゃった。わしは生涯で、あれほど美しい女性を見たことがない。怖いくらいに美しいとは、ああいうことを言うのじゃな。その女性と眼が合った。すると彼女は、眼を細めてにっこりと笑ったのじゃ。まるでひな人形のように、の。その瞬間、わしの身体は氷の柱のように冷たくなって、背中から奈落へ吸い込まれるような恐怖に襲われたのじゃ。

「じゃあまたな、今度ゆっくり呑もうぜ」

 言って足早に立ち去る同級生のうしろ姿が、妙にたよりなく、何だか薄く透きとおるように見えたものじゃ。

 そいつが敵対する暴力団によって殺されたのを知ったのは、数日後のことじゃった。

 そんなこんなで、わしも色んな「うしろの少年」を見てきたものじゃ。

 今でも見えるのかって?

 もちろんじゃよ。

 ほら、あんたのうしろにも……。

あなたは背後に気配を感じて、振り向くのが怖かった経験はありませんか?

そう、その時あなたの背後には、うしろの少年がいたのです。

それではまたお逢いしましょう。

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