壊れた聖堂:歪んだ思想【神崎視点】
◇ ◇ ◇
焦げた匂いが、まだ聖堂にこびりついていた。高い天井にまで焦げ跡が走り、美しい装飾は見るも無惨に壊れて砂埃を被っている。壁には巨大な穴が空き、ひゅうと風を聖堂内に引き入れた。
「ま、まずは王の安全を!」
「怪我人はこっちに移動させろ」
騒ぎを聞きつけ現れた騎士たちが、聖堂内を慌ただしく動いている。神官は怪我をした者の治療に走り、また別の神官は祈りを口にしながら崩れた祭壇の残骸を片づけていた。
「ざまあみろ」
その喧騒の中、俺はただ静かに呟く。穿たれた穴から外界を見下ろしながら──
小高い山の中腹に建つここは、神殿というよりも中世ヨーロッパの宮殿に近かった。石造りの豪華で巨大な建物は、周辺の森と遠くの街並みを見下ろしている。
「な、なあ……神崎、これ……大丈夫か……?」
外を見下ろす俺の隣で、如月が声を震わせた。
「さあな。でも、いいんじゃないか?」
俺は笑った。予想外の結果だが、予想以上の成果だ。
正直、ここまでを望んだわけではなかった。だがアイツが消えたことは、俺にとって好都合。眩い光でよく見えなかったが、アイツはあの魔族諸共、爆風でここから放り出されたように見えた。見知らぬ世界に放り出されたアイツは、どこかで野垂れ死ぬに違いない。
「……で、でも」
「如月、落ち着きなよ。慌てるのが一番良くないよ」
おびえて落ち着かない如月を、藤堂は静かに宥めた。相変わらず何を考えているのか読みづらいが、ひとまずはコイツの言う通りだと思う。
こう言う時は、慌てるべきじゃない。
「……お前ら、なんでそんなに落ち着いていられるんだよ」
如月が小声で言う。
「だってあの下級神官が言ってたでしょ? この国では誰も俺たちに手出しできないって」
ヘラヘラと、作りものみたいな笑顔で言う藤堂。
俺は眼下の森を見つめながら、わざとゆっくり答えた。
「……それに俺たちはただ、世界をあるべき姿に戻しただけだからな」
だから怯えることはない。
俺がアイツに支配される世界など、あってはならないのだから──
◇ ◇ ◇
──数刻前
中断された儀式の再開を待つ間、俺たちは控え室へと案内された。
「それでは勇者様方、準備が整いましたら呼びに参りますので、それまでゆっくりとお休みください。何かご入用の際は、外にいる下級神官へお申し付けを」
そうして頭を下げた神官が、丁寧に斎藤だけを別室へと誘う。
先ほどまで床に転がっていた男が、今やこの扱い。ガチャンと扉が閉じると、明確に俺とアイツの差を見せつけられた気がして、胸がざわついた。
「……あー! なんだよもう! わっけわかんねぇ!!」
如月が、泣きそうな顔で悲鳴のような声を上げる。まだこの現状を受け入れられないらしい。対する藤堂は、その様子をヘラリと笑って見つめながら、優雅にソファへ腰を下ろした。こういうところは少し、ネジが飛んでるんじゃないかと思う。
「でもさ、面白そうな世界でよかったじゃん。ただ……」
そこで藤堂は言葉を切る。瞳が暗く光った。そこに続く言葉を俺は容易に予想できる。
「アイツが俺たちを統べる存在……それだけは笑えない」
俺は藤堂の言葉につなげるように言った。口にすると余計に腹がたつ。豪華なソファに腰を下ろすと、苛立ちに足が揺れた。
「俺らって魔族と戦うんだよな? アイツを護るみたいに、こう……陣形組むってこと? 『行けーっ』とか、アイツに言われるってこと? 帰れないってだけでも最悪なのに?」
アニメやゲームの映像を想像したように如月が言う。俺の頭も同じよう想像が容易にできて気分が悪い。
「本当に面白い冗談だよ」
藤堂の優等生のような笑顔と、濁った瞳。
「あー!!」
如月は大袈裟に頭を掻いた。
本当に胸糞悪い。だが、まだそうと決まったわけじゃない。
「少し黙れ。まずは情報を集めるぞ。俺はそんな気持ち悪いこと、黙って受け入れる気は無い」
言って、二人を見つめる。
俺たちはあまりにも知らなさすぎる。この世界のことを。知りさえすれば、回避する方法はまだあるはずだ。
「そうだね。とりあえず、外にいる神官に話を聞こうか」
やはり行動が早いのは藤堂だった。俺の言葉に同意すると、すぐに席を立った。そのまま神官を伴い戻ってくる。
俺たち三人はソファに腰掛け、神官と向き合った。
「か、下級神官のビミナが、恐れ多くも勇者様にご挨拶申し上げます」
やって来た神官は、先ほど俺たちを案内した壮年の神官よりも、幾分簡素な服を着た少女だった。ビミナと名乗ったその少女はそばかすが特徴的で、歳の頃は中学生くらいだろうか。
「そんなに緊張しないで。僕たちはこの世界のことを知りたいだけだから」
強張るビミナに、藤堂は優しく笑う。するとほっと胸を撫で下ろすように、ビミナの表情は僅かに緩んだ。
「まずはこの国のことを教えろ。俺は何も知らずに救ってやるほど、お人好しじゃないからな」
そんなビミナに俺は単刀直入に問いかけた。聞かねばならぬことが山ほどある。
ビミナは一瞬肩を震わせたが、それが自らの使命であるかのように、真っ直ぐに俺を見据えると口を開いた。
「ここは大陸国家、グランヴァルト。ソリス様の加護の下、人々が安全に暮らしている数少ない国です」
「安全? なのに勇者が必要なのか?」
「はい。安全とは言え、王都から離れた地では度々魔族の被害が出ますから」
真剣に話すビミナは、嘘を言ってはいないようだ。
「それで、僕たちにその魔族と戦って欲しいわけね」
藤堂が口を挟む。
「はい。その通りでございます」
「……僕さぁ、魔族を殺すのはいいんだけど、殺されるのは嫌なんだよね。その辺りはさ、大丈夫なの?」
藤堂は口元だけは優しそうに微笑みながら聞く。殺されたくない、というのには俺も同意見だ。
「万が一のことがあっても、私たちは勇者様を見殺しになど致しません。勇者様は我々の希望の光ですし、簡単に召喚出来るものではありませんから……絶対にお守りします!」
ビミナはそう言い切る。その言葉に人一倍の安堵の表情を見せたのは如月だった。
「ならよかった……でもさ、魔族との戦いってどんな感じなの? 聖勇者リーダーにして、みんなでやる感じ?」
それからそう尋ねる。
「そうですね……聖勇者様を筆頭に、勇者様と王国軍が揃って行くようですが、私も詳しくは知らなくて……」
ビミナは申し訳なさそうに言った。
この話が本当なら、俺はアイツの完全にアイツの下を這いつくばることになるらしい。如月はわざとらしくゲェっという音を口にした。
「……なるほど。ところで今、俺たち以外にも勇者はいるのか?」
簡単ではないが召喚できるのなら、他に勇者がいてもおかしくはない。俺たち勇者が王に次ぐ存在とは言え、それが数多もいたら話は変わってくる。
「いえ、今はおりません。召喚は五十年に一度しか行えませんし、前回の召喚は……その……失敗したそうですから……」
「……つまり今は俺たちだけということか」
そうなれば俺の上に立つのは王と、聖勇者と呼ばれた斎藤のみ。
「はい。ですから私たちは、何があろうと勇者様をお守りします。それに勇者様は神の御使様──魔族の討伐にご協力頂く代わり、我々は皆様のお望みは可能な限り叶える所存です」
幼さの残るビミナは、口上のような言葉を恭しく述べると深く頭を下げた。
「俺たちが、何をしようが邪魔はしない、文句は言わない、ということか」
「仰る通りです。皆様は神の御使様。つまり皆様の行動は、神の意思と同義ですから」
思わずニヤリと笑う。
同じことを考えているのか、藤堂も似たような顔をしていた──
【公開初日限定、連続更新中】
本日、一挙14話まで更新
この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。
ぜひお楽しみください。




