不思議な森:不思議なオオカミ
──どれくらい眠っていたんだろうか。
まぶたの裏を、柔らかな光が叩いた。
熱も痛みも、もう感じない。ただ、頬をなでる風がひどく心地よかった。
ゆっくりと目を開ければ、そこは見たことのない森。
……死んだんだな
そう理解するのに、時間はかからなかった。
緑が、鮮やかすぎるのだ。どこまでも伸びる木々は陽光を透かして揺れ、地面には細かな光の粒が踊っている。
風の音、鳥の声、葉擦れの音──すべてが穏やかで、夢のように静か。
こんなに澄んだ世界は、きっと死後の世界に違いない。
「……ふう」
新鮮な空気を肺いっぱいに取り込み、吐き出す。どこまでも気持ちがいい。
俺はこの世界に身を任せ、もう一度目を閉じた。
クソみたいな人生の終わりは、本当にクソみたいだった。
訳のわからないことが起きて、訳もわからず死んだ。
いや、もしかしたら、あの旧校舎で殺されて、束の間の夢を経て、俺はようやく死後の世界に来たのかもしれない。
「だったら最後くらい、もっとマシな夢を見せてくれよ」
誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。
そのままもう一度眠ってやろうと、心を無にする。
そうしてただ、俺を取り巻く穏やかな音に身を委ねた。
風の音、鳥の声、小川だろうか、小さな水音、陽気な鼻歌──……陽気な鼻歌?
『……ーん、ふん……ふんふーん♩』
しかも、頭の中に直接流れてくるその歌は、徐々に鮮明になっていく。
『ふんふんふーん、ふふーん♫』
知らない歌。少女の声。
それはあの儀式の最中、助けを求めた声だった。
俺は思わず、その正体を探そうと目を開け──
「う、うわぁぁぁぁあ!」
オオカミと目があった。
思わず叫ぶ。ついでに飛び退き、暖かな地面の上を転がった。
『えぇぇぇ! 生きてるぅ!!』
同時に頭の中でも叫び声が聞こえる。あまりの大きさに、反射的に耳を塞ぐが意味はない。
『あんまり動かないから、死んでるのかと思ってお花摘んできちゃったよ!』
黒い大きなオオカミは、澄んだ瞳をパチクリと動かす。その言葉通り、オオカミは白い花を口に咥えていた。そしてその可愛らしい花とは反対に、頭には黒くて禍々しいツノが生えている。
「しゃ、喋った!? それに、そのツノ……」
『喋ってないよ、考えてるだけ〜』
どこかのんびりした口調で話すオオカミに、俺を襲う気はないらしい。が、恐怖心は拭えない。
なぜならあのツノ、見覚えがある。
「……お前、あの檻にいた……?」
魔族だ。
『あ、そうそう! おかげで助かったよ』
警戒する俺に対し、あっけらかんとした様子で話すオオカミ。豊かな毛並みはところどころ血で固まっているが、随分と回復しているように見えた。
「お前、怪我は?」
『大丈夫〜』
俺は思ったよりも長いこと眠っていたのかもしれない。
「いった……」
だがその時、氷に裂かれた頬の傷がチクリと痛んだ。指先で触れてみる。血は止まっているが、まだ塞がってはいなかった。
──そんなに時間は経ってない……?
でも、コイツの傷は?
だいたいここは……
考える俺を他所に、懐っこい犬のように尻尾を振るオオカミは、咥えていた花をおくと俺に近づた。そのまま鼻を寄せると、俺の匂いを嗅ぐ。
「……ひっ」
思わず声が出る。
それでもオオカミは構うことなく、フンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。黒いツノがチクチクと体にあたって痛い。
だがあれほど禍々しく見えたこのツノは、陽光の下では美しかった。艶やかに光を反射するそれは、まるで夜空を閉じ込めた結晶。
「ちょ、おい……いて、いててて!」
『ねえねえ、名前は?』
ひとしきり嗅ぎ回ったオオカミは、俺の周囲を観察するように歩きながら言った。
「斎藤蓮」
『……さー……あ?』
長いらしい。
「じゃあ蓮でいい」
そもそも、あのクソ親父と同じ名前を名乗る義理はないのかもしれない。俺は「斎藤」の名を捨てて「蓮」と名乗った。
『アレン?』
「レ・ン」
『レーン?』
「……まぁ、そんなところだ」
だが、「蓮」の名も諦める。
『ねえ、レーンってイラーの知り合い?』
「イラー?」
俺は地面にあぐらをかいて座った。オオカミもようやく落ち着くと、俺の前で立ち止まる。
『うん、イラー。知らないの?』
知るわけがない。
黙る俺を見て、オオカミは俺が知らないと判断したらしい。
『イラーと同じ匂いがするから、知ってるのかと思ったよ。それに魔力もイラーにそっくりだし』
そう言ってオオカミはまた俺の匂いを嗅いだ。
いい加減、ツノが痛い。
「……なぁ、俺って魔族なのか?」
儀式、魔族、魔力に加えて、イラーと言う名。知らないことしかない。それに勇者と呼ばれたり、魔族として殺されかけたり、もうわけがわからない。
『まぞく?』
だがオオカミもハテナを浮かべた。
「……は? お前も、魔族なんだろ?」
『なぁに、それ』
話にならない。
オオカミだから仕方ないのかもしれないが、誰でもいい、俺に全てを教えてほしい。もう、訳のわからないまま殺されるのは勘弁だ。
『あ、でもイラーならきっと知ってるよ! だから、イラーのところに行こ』
すると大袈裟にぴょんと跳ね、尻尾を揺らしたオオカミは、俺の制服の裾を咥えた。
そして、馬鹿みたいに強い力で俺を引っ張る。
「あ、おい! ちょっストップ、ストップ!!」
それでもオオカミは引くのをやめない。
知らない世界で、服まで破られたらたまったもんじゃないと、俺は立ち上がる。
「行く! 行くから! 一旦ストップ、ストップゥ!!」
しかしオオカミは止まらない。
そのままグイグイと引かれ、俺は森の中を歩き始めた。否、引き摺られ始めた──
【公開初日限定、連続更新中】
本日、一挙14話まで更新
この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。
ぜひお楽しみください。




