不思議な声:理不尽な虐殺
「悪い。手が滑っちまった──」
神崎の嫌な笑みと呟きが、炎の向こうに消える。
「うっ……!」
俺にはまだ、なす術がなかった。
反射的に、顔を隠すように手が出たが、こんな腕一本で炎が防げるわけがない。伸ばした腕に、熱が迫る。
「クソ……!」
俺はやっと手に入れたらしい力を見ることもなく、殺されるらしい。瞼を固く閉じて、俺は襲いくる熱から目を逸らした。
「光の盾!」
──閉じた瞼すら貫通する光に視界が白く染まった。ゆっくりと目をあければ、光の壁が炎を受け止めている。壁に阻まれた炎はしばらくゴウゴウと燃えた後、勢いを失って消え去った。
「……は、はぁ……はぁ」
助かった。
その安心感に、膝の力が抜ける。俺はヨロヨロと情けなく崩れると、冷たい床へと座り込んだ。
「カンザキ様、お戯れが過ぎます」
光の壁を放ったエリュナが、しなやかなその腕を下ろすと壁がすうっと消える。そのまま毅然とした態度で神崎を睨んだ。
「……力が不慣れなせいで、制御できなかったみたいだ」
美しい顔に睨まれても、ニヤリと笑う神崎はそう答える。その様子が癪に触ったのか、王がは額に汗を浮かべて立ち上がった。
「……! 貴様、この神聖な──」
だが、
「今はまだ魔力を行使する時ではございません。後ほどあのオオカミの魔物を滅していただくその時まで、お待ちください」
エリュナは、青筋を浮かべる王を制すると淡々と話した。王もその様子に徐々に落ち着きを取り戻したのか、ふーふーと荒い息を吐いた後に玉座に座る。
「……ああ、約束しよう」
元の世界では光のない、死んだような目をしていた神崎は、この世界に来て嫌な光をその目に宿している。
その神崎は足を進めると、座り込む俺に手を差し伸べた。
「悪かったな」
俺は神崎を見つめた。こいつの手など、取る気にはならない。
しかし神崎は俺の腕を強く掴むと、グイと引き上げ俺を立たせる。
「……よかったな。ここには守ってくれる奴がいて。だが、いつまで続くだろうな?」
そしてそう呟いた。
ひどく嫌な目をしている。
「うるさい……」
怯みそうになる心を抑え、俺は必死に搾り出す。それから逃げるように手を振り解くと、自分の盃へと向かった。
震えを隠しながら、盃に注いだライオンの血を一息で飲み干す。
王も、巫女も、俺を称えた。
この血さえ飲み干せば、俺は奴を超えられる。
俺はこれ以上、奴に屈しない。
熱い感情が湧き立った。応えるように盃が淡く光ると、体中をあたたかな何かが駆け巡る。
ああ、確かにわかる。
とてつもない力が、俺の中に溢れてくる。
これで俺も、こいつらに跪かなくて済む。
俺は、その力に体を委ねた。
「……くっ」
その時だった。ぽたりと雫を受け止めたように、体が小さな冷たさを感じたのは──
ドクリと心臓が脈打ち、背中が粟立つ。そして冷たさは、瞬く間に体を包んだ。エリュナや神崎たちの存在が遠のき、深い海に沈んだみたいに静かになる。
目を開けているのに視界は薄暗くて、まるで新月の夜みたいだった。少しの恐怖と静かな優しさを感じて、不思議な感覚になる。
『……け、て……た……けて……』
その時、小さな声が聞こえた。少女の声だ。
「誰?」
頭に直接響くように聞こえるその声は、冷たさが体を満たすごとに鮮明になっていく。
『たす……て……助けて!』
声は助けを求めていた。
俺は導かれるように、声の主を探そうと足を踏み出す。その瞬間──
「断罪の檻!」
闇が消え、焼くような光が目を差した。思わず瞼を閉じる。
「まさか貴方が、偽の勇者だったなんて……」
エリュナの困惑した声が鼓膜を揺らした。状況を理解しようと薄く瞼を持ち上げれば、冷たい目をしたエリュナが、俺に向かって魔力を放っていた。
「……なにを」
言っている? 何が起きた?
だがそんな俺の言葉は、エリュナの声に遮られる。
「魔族は、神の名の下に殲滅させていただきます!」
「は……?」
俺は光の牢獄に捕えられていた。おそらくエリュナの力だ。
周囲を見渡す。俺から守るように、王の前には神官が立ちはだかり、その他十数人の神官が俺を囲って敵意を向けている。
「魔族……殲滅って、どういうことだ」
檻の中から俺は問う。
エリュナも、王も、さっき俺を案内してくれた神官も、皆一様に俺に冷たい目で俺を見ていた。俺で遊ぶ神崎たちとも、俺を腫れ物扱いするクラスの奴らとも違う、嫌悪の感情に染まったその目に、心臓がギリギリと締め付けられた。
「貴方は太陽神ソリス様の遣わせた勇者ではなかった。貴方は魔族──私たちが抗うべき相手。だから殲滅する。ただそれだけです」
氷のような顔でエリュナは言う。
「……お、お前らが俺を召喚して……それで、俺が聖勇者で……」
何を言われても、状況が理解できない。
「それに、さっきは俺を庇って……俺は、勇者じゃないのかよ……?」
百歩譲って俺が聖勇者じゃなかったとしても、俺は勇者で、みんなに讃えられる存在じゃないのか。勝手に連れてきて、勝手に持ち上げて、挙句俺を殺すだと?
何度エリュナに目を向けようと、この凍てつく瞳は変わらなかった。
「──いいえ、貴方は魔族です。私たちは騙されていました」
「だから……どうして……」
「どうして? それは私にもわかりません。わかるのは、貴方が魔族だと言うことだけ。それ以外にはございません」
エリュナはそう言い放ち、隣の神官に何かを伝えた。すると神官は、空中に水の塊を浮かせる。ボコボコと揺れて沸き立ち、波がおさまった水は湖のように俺の姿を映した。
「どういう、ことだよ……」
そこに映った俺の姿は、俺の知っているものではなかった。背筋がゾクリと凍る。
顔の右側には黒い模様のようなアザが浮かび上がり、右目は赤みを帯びていた。
「その姿は紛れもなく魔族のもの。魔族が召喚されたのは、きっとソリス様が与えた試練……これを乗り越えてこそ、平和な世を手に入れられるのです」
エリュナは真剣な表情でそう話した。神官たちは、疑うことなど知らない顔でその話を聞いていた。
「そうだ。太陽の巫女の言う通りだ……皆の者、あの魔族を殺せ! 我がエルダレスのために!」
そしてエリュナが話し終わると、神官に守られる王が汗と唾を撒き散らしながらそう叫ぶ。その瞬間、さまざまな攻撃が俺に向かって飛んできた。
クソ、クソ! クソ!!
俺の命をなんだと思っている。
俺の人生はなんなんだ。
幸せとは到底かけ離れた家庭、虐げられる学校、そんな人生からようやく解放されたと思ったら、今度は理解できないまま殺される。こんなこと、受け入れてなるものか。
「いっ……くそ……!」
だが、鋭い氷が頬の皮膚を裂いた。その奥では俺を焼き尽くそうと、巨大な炎の球が刻一刻と形をなしている。理不尽なこの状況に、痛みと怒りが体を燃やした。
『戦って……!』
その時また、声が聞こえた。
「戦う……?」
どうやってと、尋ねようとしたが、すぐにわかった。俺の中で、何か力のようなものが暴れている。それは藤堂が言った通り、元から共にあったように使い方が理解できた。
「おりゃぁぁ!!」
両手を前に突き出し意識を集中させれば、ごうっと音を立てて巨大な火球ができあがる。神官たちが作る火球よりも素早く、巨大に膨れ上がったそれを俺は放った。ゴウッと音を立て、エリュナや神官たちを飲み込もうとする。
「光の盾!!」
しかしエリュナが叫ぶと、光の檻は消え、代わりに光の盾が立ちはだかる。その間に、氷柱がまた俺に向かって飛んできた。
「くそぉ!」
もう一度、指先に集中する。今度は自らを覆うように炎を出した。飲まれた氷が蒸発する。
数が多すぎる……!
突破口はないかと、炎を操りながら周囲を見渡した。だが、完全に包囲されている。
「……どうすれば……」
こんなところで、訳もわからず殺されるのはごめんだ。必死に逃げ道を探した。
「は……?」
そんな俺の目に映ったのは、神崎だった。口角をグイと上げ、悪魔みたいな顔で笑っている。
「……お前か」
俺が燃やす炎の中で、俺は呟く。揺れる炎の隙間で、ギラギラと嫌に光る神崎の視線と俺の視線が交差した。
「お前かぁ!!!」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。鳩尾のあたりが燃えるように熱くなって、思考が止まる。
何が、起き……──
【公開初日限定、連続更新中】
本日、一挙14話まで更新
この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。
ぜひお楽しみください。




