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祈りの果てに、俺は人間をやめた  作者: 石橋めい


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頂点に立つ男:卑劣な男の罠

 まるで美術館のような廊下を、壮年の神官に連れられて歩く。

 高い天井に、磨かれたタイルの床。白を基調とした空間は、気品と高級感に溢れていた。


「こちらのお部屋をお使いください」


 神官が開いた扉の先には、赤い絨毯が敷かれ、フカフカと体を優しく包む。中央のテーブルには精巧な彫刻が施され、宝石で飾られたソファが並んでいた。


「ゆっくりおくつろぎください」


 体を沈ませると、溜まった疲労をようやく実感する。訳の分からないことだらけで、頭も体も酷く疲れていた。

 一刻も早く休みたい。だが、つい先ほどまで俺を殴っていた奴らと同室では落ち着けない。


「はぁ……」


 小さくため息をつく。


「聖勇者であるサイトー様には別の部屋をご用意しております」


 するとそのため息に気がついてか、それとも元からその予定だったのか、神官はそう言った。


「そ、そんな……お気になさらず」


 と、謙遜しては見せるものの、正直コイツらと別室はありがたい。


「いえいえ。貴方は聖勇者様ですから、相応のもてなしをさせてください」


 しかし神官は、そう言うと俺に向けて微笑んだ。チラリと神崎たちに目を向ければ、おもしろく無さそうな顔で俺を睨んでいる。


「じ、じゃあ、ありがたく……」


 コイツらに痛めつけられた日々を思い出す。

 あれだけコイツらに楽しい思いをさせてやったんだから、このくらいの贅沢、許されていいはずだ。


 まさしく「ざまぁみろ」。


「それでは勇者様方、準備が整いましたら呼びに参りますので、それまでゆっくりとお休みください。何かご入用の際は、外にいる下級神官へお申し付けを」


 そうして頭を下げた神官は、神崎たちに背を向ける。


「さあ、サイトー様はこちらへ」

 

 そう言って、俺だけを神崎たちの部屋から少し離れた部屋へと導いた──


 カチャリと上品な音を立てて開いた扉の先は、まるで高級ホテルの一室。

 毛足の長い絨毯と、美しいソファとテーブルに加え、天蓋付きの巨大なベッド、美術品のような鏡、壺、絵画……先程の部屋よりも広くて圧倒的に豪華だ。


「ほ、本当にこんな部屋を……?」


 思わず口にする。

 あいつらに対する優越感より、場違いな自分への恥ずかしさが前に出た。


「他ならぬ、聖勇者様のお部屋ですから。これでも足りないくらいです」


 よくわからないが、聖勇者とはこの国にとってかなり重要なものらしい。

 

「ありがとう……ございます」


 ──ようやく俺にも運が回ってきた。

 誰かに虐げられる、クソみたいな人生とはこの世界でおさらばだ。


 家に帰りたくなくて、何度も立ち寄った古本屋。そこで見た漫画と同じ。つまらない人生を、異世界でやり直す。所謂『チート』と呼ばれるストーリー。


「サイトー様も、ご用命がありましたら、何なりとお申し付けください」

 

 そう言って部屋の外へと消える神官を、俺は唇に力を込めながら見送った。


 カチャン

 扉が閉じる。


「……ハ、ハハ……ハハハハハッ」


 もう、抑えきれなかった。


「……自由だ、この世界なら」


 声に出した瞬間、言いようもない高揚感が胸に広がる。

 磨かれた窓に近づけば、夕暮れの旧校舎とは違って昼間の陽光が俺を照らした。少し高い場所に建っているらしく、目の前には見下ろすように景色が広がる。緑が美しい森、その先には異国情緒の溢れる街並み。


 あそこに暮らす人々に、俺は称えられる人間らしい。実感はないが、この部屋の豪華さは嘘じゃない。


「ああ……もう何も、我慢しなくていい」


 弾む声で、独り言を口にした。踊るようにベッドへ向かって、その勢いのままベッドに飛び込む。ギッと僅かに軋むベッドが俺を包んだ。


「もう誰にも、踏みつけられない」


 ベッドに顔を埋めるようにして笑った。胸が熱い。息が震える。

 ゴロリと寝返りをうてば、豪華な天蓋の繊細な刺繍が俺を見下ろしていた。光を反射するように糸がキラキラと輝いている。


「……まるで祝福だな」


 こんなにも美しく、豪華な布団に身体を預ける日が来るとは思いもしなかった。

 酒瓶の転がる使い古した布団にはない柔らかさが心地いい。それを堪能するように大の字になれば、すぐに睡魔が俺を襲った。


* * *


「……ま…サ…トーさ、サイトー様──」


 俺を呼ぶ声に、遠のいていた意識が一気に戻った。


「サイトー様、お休みのところ申し訳ございません。準備が整いましたので、お声がけに参りました」


 瞼を持ち上げると、先ほどの神官が頭を下げる。


「す、すみません」


 慌てて飛び起きる。だが、神官は穏やかな顔で微笑んだ。


「こちらこそ、お疲れのところすみません。ゆっくりで構いませんよ」


 窓に差す光は先ほどと然程変わらない。この世界の時間の概念はわからないが、そう長い時間眠っていたわけではなさそうだった。

 俺は神官に導かれるまま、召喚された広間へと向かった──


「それでは皆様お揃いですので、早速始めて参りますね」


 広間に着くと、変わらず美しい笑みを浮かべたエリュナが俺を出迎えた。その奥では、王が玉座にはまり、神崎たちは面白くなさそうな顔で睨んでいる。


「まずは先ほどお名前を刻んだ盃に、こちらの聖水を注ぎます」


 エリュナは、俺たちが何の返事をする間もなく、儀式の準備を始めた。

 彼女の前には金の盃と、俺たちが血を収めた小瓶が並んでいる。その並んだ盃にエリュナは聖水を注いでいくが、ガラスの水差しから注がれるそれは、正直ただの水のように見えた。


「それでは心の準備ができた方から、こちらへお越しくだ……」


「まずは俺からだ」


 注ぎ終えたエリュナの言葉を、遮るように神崎は言った。チラリと俺を見る目に、背中が震える。

 ──何を考えている?

 だがそんなこと、俺にわかるわけもなかった。


 神崎は躊躇うことなく、小瓶の血を注ぐと盃を煽った。喉仏がゴクリと動き、神崎の中に聖水と血が流れたのがわかる。神崎は口の端を親指で拭うと、にぃと嫌な笑みを浮かべた。


「……はは、おもしれぇ」


 そしてそう呟くと、手を見つめる。その瞬間、手がボッと音を立てて炎を上げた。


 まるでアニメの世界。あれが俺にも出来るらしい。しかも、あの神崎よりも強く。

 興奮に胸が高鳴った。


「カンザキ様は火属性ですね。では続いて…」


「如月、藤堂、やれ」


 前に出ようとした俺を睨み、神崎は威嚇するように声を出した。聖勇者と称えられようと、長年の痛みを覚えた体はすくんで止まる。

 その隙に、藤堂がまず盃を飲んだ。


「なるほどね。力の感覚がわかる……それに、使い方も……」


 藤堂が、スッと空中に線を引くよう指を動かせば、広間の隅に置かれていた観葉植物の土がボコボコと暴れる。


「お、俺も…」


 慌てて続いた如月が空中に手をかざせば、ピキッと小さく音を立てて氷の塊が現れた。


「土と、氷属性のようですね。どれも攻撃力のある、素晴らしい力です」


 エリュナが微笑む。

 神崎も笑った。


「そうか。素晴らしい力か……」


 それから静かに呟く。

 嫌な光が宿った、ギラギラした目が俺を捉えた。その瞬間──


「悪い。手が滑っちまった」


 ジジッと音がして、赤く燃える炎が俺に迫った。ブワリと熱風が体を熱くした。


 

【公開初日限定、連続更新中】

 本日、一挙14話まで更新


 この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。

 ぜひお楽しみください。

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