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祈りの果てに、俺は人間をやめた  作者: 石橋めい


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砕けるガラス:生き血を飲む

「え、ライオンの血を飲むのか?」


 エリュナの言葉に、如月は眉間に皺を寄せて言った。流石に俺も、できることなら遠慮したい。


「もちろん、火を通したりしても良いんだよね……?」


 藤堂も微妙な笑みを浮かべて聞く。


「何をおっしゃっているのですか? 金獅子はソリス様の遣い。その高貴な血は、加熱も味付けもできませんよ」


 だがエリュナは、呆れたように答えるだけだった。


「だけど俺たち、生の血を飲む習慣はなくて……」


 その様子に、俺も口を挟む。ライオンの生き血など、想像しただけで鳥肌が立つ。


「飲むと言っても、聖水に一滴溶かして飲むだけですから、そうご心配なさらずに」


 だがニコニコと花のようにエリュナは笑った。そこには必ず飲めという圧がある気がする。


「まあ、水に薄めた一滴だけでいいのなら……」


 神崎を超える力が手に入るなら、一滴くらい我慢してやる。


「よかったです──ではまず、この金の聖杯にそれぞれお名前を刻みます」


 そう言って、神官が運んできた黄金の盃の裏に、エリュナは羽ペンで俺たちの名を記した。

 特殊なインクなのか、書かれた文字はほのかに光る。そしてその文字は見知らぬ形なのに、何故だか読めた。


 サイトー

 カンザキ

 トウドー

 キサラギ

 

 左から順に記される。


「続いてこちらの小瓶も同様に……」


 そう言いながら、慣れた手つきで書いていく。この盃も瓶も、『太陽球』と同じ素材なのだと、エリュナは書きならが誇らしげに話してくれた。


「では皆様、ご自分の名前が記された瓶をお受け取りください」


 4つ並んだ透明で四角い小瓶は、太陽の彫刻が施された金の蓋で閉じられている。

 まるで香水のような美しい小瓶。俺は『サイトー』と記されたものを手に取った。


 とんとん拍子に進む儀式に、どこか圧倒されている。


「ここからは御自ら、金獅子よりその血をお受け取りいただきます」


 そう言ったエリュナは、二つ並んだ檻の前に立つ。それから、ライオンの前に恭しく膝をついた。


 その時、弱ったオオカミに一瞬向けた視線がひどく冷たくて、俺の背中がぞくりと冷えた。それは俺を見つめる神崎に似ている。


「太陽神の御使様、我らにその高貴なる血をお分けくださいませ──」


 だが、視線が冷えたのはほんの一瞬で、すぐに女神の顔でライオンに頭を下げる。そして檻の隙間から手を差し伸べると、ライオンの前足をガラスのナイフで傷つけた。


 驚きの光景に声が出そうになったが、ライオンはエリュナの顔を静かに見つめたまま動かなかった。

 まるで神話の世界だ。


「……さあ皆様、金獅子よりその血を賜りください」


 エリュナは言った。

 だが思わず、足が止まる。大人しいとはいえ、相手はライオン。檻に手を差し伸べて血をいただくなど、本当に可能なのだろうか。

 如月も藤堂も、同じく逡巡しているようだった。


「──俺はやる。これで力を使えるなら、ビビることはない。お前らはそこで指を咥えて見ていろ」


 その凍った空気を割ったのは神崎だった。

 

「お、俺もやる」


 だから俺もそう言った。

 せっかく貰った、コイツらを凌ぐ力だ。使わない手がどこにあろうか。

 

 神崎を押し除けるように、俺は先に檻へと近づいた。そして恐る恐る、ライオンの檻への手を伸ばす。

 その時、グルルとライオンは唸るように喉を鳴らした。思わず俺の手が止まる。


「……ハッ、怖いんなら……」


 クソッ

 頭の中で舌打ちをする。


「やってやるよ」


 嘲るような声で言う神崎を遮り、俺は手を突っ込んだ。ライオンは品定めをするように俺を見据えたが、その爪や牙が俺に剥くことはない。

 震えを堪えて前足に触れる。ようやくその血を瓶に収めれば、ぽうっと瓶が淡く光り太陽のような温もりを感じた。


「……チッ」


 それ見ていた神崎は、俺の肩を乱暴に押す。それから躊躇うことなく手を突っ込んで、ライオンから血を貰い受けた。


「キサラギ様、トウドー様もどうぞ」


 エリュナに促され、二人も受け取る。

 如月の手は震えていたが、俺の視線に気づいた瞬間、グッと瓶を握りしめて血を受け取った。


「──お疲れ様でした。では続いてこちらの盃に……」


 ピシッ

 その時だった。乾いた音がしたのは。


「え?」


 俺は違和感に振り返る。

 その瞬間、カシャンッと激しい音がして、『光導球』のガラスが砕け散った。カシャンカシャンと音を立て、ガラスの破片が床に散る。最後にゴトンと大きな音がしたかと思えば、ガラス球に収められていた金属球が床に転がった。


「……そ、そんなまさか」


 エリュナは手を口にあて、目を丸くする。玉座から儀式の進行を見守っていた王も、顎が外れんばかりに口を開いている。


「一体何が……?」


 呟きながら、俺は周囲に意識を向けた。これがエリュナたちの言う魔族の攻撃なのかもしれない。


「──な、なんと素晴らしいことでしょう……」


「え?」


 しかし続くエリュナの声は、フワフワと柔らかく、緊張感など皆無だった。


「サイトー様の魔力に耐えられず、『光導球』にヒビが入っていたようですね!」


「は?」


 予想外の言葉に変な声が出る。


「秘宝の破損は残念ですが、それ以上に喜ばしいことです!」


 エリュナは輝く笑顔のまま両手を合わせた。


「サイトー様の、想定を遥かに超える魔力に『光導球』が耐えられなかったのでしょう。なんと尊い現象……!」


 言葉とは裏腹に、王と家臣たちは顔を見合わせ、ざわついている。どう見ても喜んでいるのはエリュナだけだ。


「ま、まさか……弁償……?」


 俺は瓶を持ったまま固まる。

 一国の秘宝だ。高いに決まっている。

 だが床一面に散ったガラスに、転がったままの金属球。俺にはもうどうしようもない。


「構いません。サイトー様の責任ではございませんから」


 エリュナの一言に、ようやく力が抜けた。

 握りしめたガラスの小瓶に汗が滲む。


「……しかしエリュナよ。儀式はどうする?」


 その時、玉座の王がようやく重い口を開いた。慎重な声音だが、その目には明らかな困惑が浮かんでいる。


「はっ。恐れながら──現状では困難かと存じます……一旦中断し、休憩を挟むのはいかがでしょうか?」


 エリュナはコテンと小首を傾げながら王に尋ねた。


「そうだな、それがよかろう。勇者一同は控えの間に案内せよ」


「承知しました。それでは勇者の皆様、お身体を休めてお待ちくださいませ。至急この場を整えます」


 エリュナの声に、ほっとしたような落胆したような、どちらともつかない空気が広間に広がる。


「……ちっ、仕切り直しかよ」


 神崎が舌打ちし、小声で吐き捨てた。


 だが、俺としては心底助かった。正直、色々ありすぎてついていけない。


「それでは勇者様方、こちらへ」


 扉脇で控えていた神官たちが、俺たちを誘導する。


 足元のガラス片を避けて歩きながら、俺は床に落ちた光導球の残骸を一瞥した。キラキラと光るガラスが、俺の背中を見送っていた。

【公開初日限定、連続更新中】

 本日、一挙14話まで更新


 この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。

 ぜひお楽しみください。

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