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祈りの果てに、俺は人間をやめた  作者: 石橋めい


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光の美女:拐かしの勇者召喚

 固く冷たい床に手をつき、立ち上がる。殴られた腹と頬が鈍く痛んだ。


「今年は勇者様が四人も……!」

「この国の未来は明るいな」

「しかし、文献で見た装いとはどこか違うような……」

「……あちらの世界の文明も変化しているのか」


 ぐるりと俺たちを囲む男たちが、口々にざわめいた。全員が西洋貴族のような、金糸と宝石を散りばめた衣を身にまとっている。

 埃と血の匂いが染みついた旧校舎とは、全く違う。


「……なんだよ、これ」


 如月が呟く。あの軽薄な笑みは消え、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 神崎も藤堂も、言葉を失ったまま、異様な光景を見渡している。


「驚かせてしまい申し訳ございません」


 澄んだ声が響く。声の主は右手を胸に当て、丁寧に腰を折った。


「わたくしはこのエルダレスの『太陽の巫女』、エリュナと申します。以後、お見知り置きを」


 光を反射する金の髪が揺れ、白い衣が床を撫でた。

 完璧すぎる笑み。神々しさすら漂うその姿に、誰もが息を呑む。


「……ここはどこだ。俺たちに何をした」


 神崎が言う。

 声は低く抑えられていたが、微かに震えていた。


「ここは勇者様方の世界とは異なる世界。太陽神ソリス様の加護を受けし地──グランヴァルトでございます」


「異世界、だと?」


 神崎は眉をひそめ、エリュナを睨む。だが彼女は一歩も退かず、微笑を崩さなかった。


「我が国は今、魔族に侵されつつあります。そこで勇者様の助力を得るため、『勇者召喚の儀』を行いました」


 あまりにも現実離れした言葉が並ぶ。

 俺の心臓は早鐘を打ち、指先は氷のように冷たくなっていた。


「つまり俺らが勇者で、お前たちの国を救えと?」


 鋭い視線で神崎は問う。


「左様でございます」


 いつの間にか周囲の歓声も沈み、皆、エリュナと神崎の言葉を待っていた。


「なぜ俺が、見ず知らずのお前たちを助けなければならない。お前らが信じる神にでも頼めばいいだろう」


 その静寂を裂くのは、神崎の低い声。


「ええ、願いました──それが勇者召喚の儀です」


 エリュナは胸に手を当て、恍惚とした瞳で続ける。


「そして神は、あなた方を遣わされた。全てはソリス様の思し召し。ですから勇者様、どうか我らと共に魔族を討ち滅ぼしてください」


 まるで舞台の一幕のような口調。その芝居がかった熱に、神崎は冷めた目を向ける。

 俺はただその二人のやり取りを、舞台を見つめる観客になったような心地で見ていた。


「……断ると言ったら?」


「そうですね……困ってしまいます」


 エリュナは眉を下げ、わざとらしく困ったように笑う。その仕草があまりにも自然で、男なら思わず見惚れてしまうようだ。


「お前らを助けて、俺に何の得がある? 勝手に呼びつけておいて、恩を売る気か?」


「……そう言われましても……」


 エリュナが視線を落とす。その様子に、神崎の眼差しはさらに冷たくなっていく。


「お、俺はやらない……帰してくれ、元の世界に……!」


 そこに如月が、引きつった声が割って入った。


「……残念ながら、異界の門は一方通行。元の世界へ戻る術は、存在いたしません」


「嘘だろ……」


 如月が膝をつき、肩を震わせる。藤堂も、表情を曇らせた。

 だが俺は、何一つあの世界に未練を感じない。


「ですが、勇者様はこの国で王に次ぐ高貴なお方。ここに集まった貴族をも凌ぐ存在。ご協力くださるなら、最上級の衣食住をお約束いたします。元の世界に戻ること以外、何も不自由はございません」


 膝をつく如月に、エリュナは女神の微笑みで手を伸ばす。

 その時、その光景を見る神崎の目が鈍く、暗く光った。


「ハハ……王に次ぐ、か」


 彼が笑う。あの無表情のまま、乾いた声で。

 そして玉座に座る、一人の男を指差した。


「……アレか? お前らの王ってのは」


 金糸のローブに宝石を山のように飾りつけ、肥えた体を椅子に押し込んだ男。動くだけで汗が滴りそうな男に、神崎は冷たく言い放った。


 静寂が、聖堂を包む。エリュナの笑みが一瞬だけ凍る。玉座の男──王と思しきその肥満体は、怒りに顔を真っ赤にして立ち上がった。


「ア、アレだと?! 無礼者め、勇者とはいえ、神の御前でその口を──!」


「神?」


 神崎が薄く笑った。


「お前らの神とやらは、人間を好き勝手に呼びつけるのか?」


 挑発に、周囲の神官たちがざわめく。けれどエリュナは、王を制して静かに言った。


「勇者様方。わたくしどもは、救いを求めただけです。この地は『魔族』という災厄に侵されています。ですから力ある者──すなわち勇者様を、神はこの世界に授けたのです」


 『魔族』という単語に、周囲の神官は顔を曇らせる。そんな中、藤堂の口角だけがわずかに上った。


「つまり僕たちは、その魔族殺せばいいの?」


 その目に宿ったのは、どこか楽しげな光。俺を見下ろすときとの、あの残酷な光。

 俺が嫌いな歪な笑顔だ。


「……藤堂?」


 如月が小さくつぶやく。

 だが藤堂は聞いていない。


「おっしゃる通りです。勇者様には、この地に蔓延る魔族の手から、哀れな民を救っていただきたい」


「でもどうやって? 僕らは戦い方を知らないよ」


 そうだ。勇者と言われようが、俺にも、奴らにも武芸の心得はない。


「問題ありません。皆様はソリス様に選ばれた存在。太陽の加護──つまり魔力を扱えます。それも、強力な」


「……へぇ」


 藤堂が、ニヤリと口角を上げた。そしてこう続ける。


「じゃあ僕はこの人に従うよ。どうせ帰れないなら、やるしかないし」


 藤堂の優等生らしい顔が、ニヤリと軋んだ。


「……俺もやってやるよ。あの王とかいう奴以外、誰も俺を縛れないんだろ? 俺に理想を押し付ける教師も、俺を家畜以下に扱う家族もいない世界……悪くない」


「……藤堂……神崎」


 如月がその名を呼ぶ。

 だが神崎は、わざと挑発するような目を向けた。


「お前も言ってただろ。『退屈だ、つまらない』って。どうせあっちに帰っても、何も変わらねぇ。ならここで好きに生きようぜ」


 如月の喉が動く。反論の言葉が見つからないらしい。そしてしばしの沈黙のあと、如月は目を逸らして小さく答えた。


「……分かったよ。俺もやる……」


 その瞬間、エリュナの笑みが戻った。まるで花がほころぶように、静かで優しい微笑み。

 それから俺に目線を向けて、つま先から頭の先までを見つめると尋ねた。


「……あなたは?」


 俺はコクリと小さく頷く。

 ここには、ノーという余地はない。それに俺も、あのクソみたいな世界に未練はなかった。


「そうですか」


 エリュナはそれだけ答える。そして天を仰ぎ、両手を広げると清らかな声で言った。


「勇者様方の決意は、神ソリス様の光と共に──この国を照らすでしょう」


 ワッと、俺たちを見下ろす人々から歓声が上がる。あの王も、額に汗を浮かべて拍手を送った。

 女神の笑みを浮かべて、エリュナはその歓声を浴びている。それからゆるやかに右手を上げて歓声を鎮めると宣言した。


「それではこれより、勇者様方の力を確かめる『太陽測定の儀』を行います。太陽の加護を──我らの前に示していただきましょう」


 その言葉に応じ、神官たちが巨大なガラス球を運び込んでくる。そのガラス球の中には、淡い黄金の光を放ちながら金属球が浮かんで回転していた。


「勇者様方、こちらにお越しくださいませ」


 エリュナが笑う。

 次々と起こる出来事に、すでに頭はパンクしている。知らぬ言葉を飲み込むことで精一杯だ。


 そして、どこか、この巫女と名乗る女の手の上で、踊らされているような冷たい違和感が頭にあった。

【公開初日限定、連続更新中】

 本日、一挙14話まで更新


 この後も20時ごろまで、怒涛の連続公開が続きます。

 ぜひお楽しみください。

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