王の器:制御不能
思い沈黙があたりを包む。
魔族の王。
その言葉の響きだけが、やけに大仰に耳に残っていた。
「そんな大層な……冗談ですよね?」
勇者に王。
まるで子どもの空想だ。
そう思わなければ、頭が追いつかなかった。俺は笑って流すつもりで、そう言った。
「いや、本気だよ」
即座に返ってきたイラーの声は、冗談の余地を一切含んでいなかった。
「月の民は、強き者に従う。レンは一度は聖勇者とまで呼ばれた器の持ち主だ。魔力の扱いを身につければ、間違いなく多くの月の民がレンに従うようになる。だから奴らは、必ずレンを消そうと動くはずだ」
淡々と語られた言葉の一つ一つが、胸の奥に沈んでいく。
イラーはそう言うと、クルグの頭からそっと手を離した。濡れた黒髪が肩に落ち、クルグはくすぐったそうに小さく身じろぎする。
「そんな……」
声が、かすれた。
──俺が、何をしたというんだ。
どうして、こんな目に遭わなければならない。
理不尽さに、奥歯を噛み締める。
気づけば拳を強く握りしめていた。胸の奥がチリチリと焼けるように熱を帯び、その熱が腕を伝って拳に集まっていくのがわかる。
「だがレンは強い。戦う力がある」
イラーの視線が、まっすぐ俺を射抜いた。
「それに、レンが望むなら──同じ痛みを返すこともできる」
「……復讐か」
その言葉が、意外なほど自然に口をついた。
ただ耐えることしか考えてこなかった。
奪われ、押し付けられ、黙って受け入れるしかなかった人生で、考えたこともなかった選択肢だ。
「でも、気をつけなさい」
イラーの声が、少し低くなる。
「月の民の魔力は、感情と強く結びついている。喜び、怒り、恐怖、哀しみ……どれか一つが大きく揺れれば、魔力もまた同じだけ揺れる。今だってそうだ。怒りで、レンの魔力が揺れている」
「レーン、炎を出したらイラーのお家が燃えちゃうよ」
クルグの無邪気な声に、はっとした。
視線を落とすと、握り締めた拳の隙間から、淡い赤色の光が漏れかけている。
俺は無意識のうちに、炎を生み出そうとしていたらしい。
「……っ」
「息を深く吐いて、心を落ち着けなさい」
言われるまま、ゆっくりと息を吐く。
細く、長く。胸に溜まった熱を外に逃がすように。
拳の熱が、わずかに引いていく。
「月の魔力は繊細で、暴力的だ。制御を失えば、本人の意思とは無関係に溢れ出す。敵味方の区別なく、全てを巻き込むほどにね」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
──聖堂。
魔族だと告げられた瞬間。
怒りと恐怖で、視界が真っ白になった、あの感覚。
「……もしかして、あの時……」
思わず、口を挟んでいた。
「何か、覚えがあるのかい?」
「……魔族だと言われて、殺されかけた瞬間……目の前が真っ白になって。気づいたら俺は、クルグに助けられて森にいました……おそらくあの時、俺の魔力は暴走した」
自分で話しながら、背筋が冷える。
「月の民の暴走は、自覚よりも先に起きる。感情が限界を越えた瞬間、理性は後回しになる」
イラーは静かに続けた。
「特にレンの場合、器が大きすぎるんだ。わずかな感情の揺れでも、外に漏れる量が違う」
「それって……」
「レンには力がある。月の民の頂点に立ち、我々を迫害した奴らを跳ね除け、レンを虐げた奴らに報いるほどの」
一拍、沈黙。
「だが同時に──」
イラーは、そこで言葉を切った。
「扱いを誤れば、最初に傷つくのはレン自身だ」
その声音は、脅しでも警告でもなかった。
ただの、事実だった。
最強。
そんな言葉では、到底片付けられない。
制御できなければ、破壊になる力。
「……つまり俺は」
喉が渇き、声が少し震える。
「強いんじゃなくて……危ないってことですか」
イラーは否定も肯定もせず、静かに頷いた。
「だからこそ、学ばねばならない。感情を知り、揺れを知り、抑える術を」
その目は、まっすぐ未来を見据えているようだった。
「そうすれば、自らが進む道を選び、進める。誰かにひれ伏すことも、虐げられることもなくね」
俺は、深く頭を下げた。
「お願いします。俺に、魔力の扱いを教えてください」
俺が、自らの意思で生きるために。




